君への日記
文芸部の活動で書いたものです。
六月二十五日
朝、また君に教わった淹れ方でコーヒーを入れてみたんだ。
僕にしては上出来だったけど、やっぱり何かが足りない感じがしたよ。
君みたいに、はあって息が出るほど美味しいのはどうしても淹れられないな。
砂糖とかミルクとかも色々入れてみたんだけど、やっぱりダメだった。そのままが一番おいしかったよ。
昔はブラックは苦手だったけど、君が入れたブラックだけは飲めたんだよね。
そのうち、いろんなブラックにも手を付けるようになって、今じゃブラックが一番好きだなんて、角砂糖にミルクが当たり前だったあの頃の僕の様子からは想像もできないだろ?
そうそう、コーヒーメーカーも買ってみたんだ。テレビとかでよくやってる自宅用のやつ。
ついこの間通販で買って、今日送られてきたんだけど、結構大きいのを買っちゃったんだ。台所に入るスペースがなくてさ。仕方ないから自分の部屋に置いたよ。
それで、試しに一杯入れてみたんだ。
美味しかった。普通に美味しかった。でも君の程じゃなかったね。
そういえば、君はそういう機械で入れたコーヒーは嫌いだったよね。
「邪道だ」とか言って、ファミレスとか行ってみたときも、コーヒー飲みたかったくせに、見向きもしなかったし。そのあと、僕がとってきてあげたのを「捨てるのはもったいないから」って言って嬉しそうに飲んでたのは、見てて面白かったけどね。
今度会えるのはいつだろう。
また入れ方を教えてもらいたいな。
七月三日
ここのところずっと雨が続いていたけど、今日は珍しく晴れだった。
天気予報で今月の中旬あたりが梅雨明けって言ってたから、もう少ししたら晴れの日が続くのかな。
久しぶりに学校に行ってみたけど、君の姿は見つからなかった。一人で一日、学校で過ごすのも怖いから早退したよ。
あ、でも屋上には行ってみたんだ。ずっと雨で最近行けてなかったから、新鮮な感じがしたな。
時間が遡ったみたいで、初めて会ったときのことを思い出した。
最初、屋上で出会ったとき。お互いにいじめられてて逃げ込める場所がそこくらいしかなかったんだよね。
貯水槽の裏なんて、人がいなさそうな場所で君を見つけたときは驚いたけど、話をきいて同じ境遇だって知ったら、何か親近感湧いてきちゃったんだ。
コーヒーについて興味を持ったのもそれからだった。
僕が微糖の缶コーヒーを飲んでいたら、君が急に、それを飲ませてくれって言ってきたんだよね。飲んだ後に不味いって言われて、缶コーヒーが結構好きだったこともあったから、僕も食って掛かって反論したんだ。
そしたら君が次の日の学校でわざわざ僕のところまで来て、屋上に連れていったんだ。コーヒーを目の前で淹れだして、絶対に手で入れた方が美味しいってさ。
僕がブラック飲めないからって、さらに言い合いになって……。
今考えたらどうしようもないし、めちゃくちゃな言い合いだったけど、でも正直ちょっと楽しいとも思っていたよ。
言い合いなんて、今までできる友達とかいなかったから……。
懐かしいな。早く君に会いたいよ。
早く君と、あの日みたいに楽しい言い合いがしたいな。
七月八日
去年の冬ごろ、君と二人で行った喫茶店にまた行ってきた。
店長のおじいさん、まだ元気にしてたよ。
オリジナルブレンドコーヒーを頼んだ。君と一緒に来たときに、君にすごいおすすめされた一杯だったからね。
香りとか味とか、そんなに詳しいわけでもないけど、それでも格別な一杯だって分かった。君が一人で毎日来たがる理由も分かる気がするよ。
コーヒーの淹れ方を習ったのも、ここの店なんだっけ?
君のも美味しいんだけど、店長さんの淹れた一杯にはまだまだ及ばないな。
こんなこと言うと、まだまだ修行中のお前が何を言ってるんだ、って叱られそうだけどね。
君にしばらく訊けそうにないから、今日は無理を言って店長さんに教えてもらうことにしたんだ。
淹れ方は君と全く同じだったよ。でも不思議と君のとは味が違うんだよね。
僕も真似してみた。以前のよりは味がよくなったと思うけど、それでも店長さんの淹れたコーヒーとはちょっと違う感じがしたな。
店長さんが言ってた。味の違いは心の違いでもあるって。
相手にもてなしの心で格別の一杯を提供すること、これが一番大事なんだってさ。
実際、心を込めたところで味が変わるわけではないけど、相手に喜んでもらうために手間をかけて淹れようとする。それによって、味が引き立つんだ。
聞いててなるほどって思ったよ。長い間たくさんのお客さんを相手にしてきた店長さんが言ってたから、余計説得力があったな。
いつか僕も、君に美味しいって言ってもらえるような一杯を淹れたい。君に喜んでもらうために、今は頑張って練習するよ。
まだ一度も言ってもらったことはないからね。
まあ、君の場合、そのあとに色々な愚痴がついてくるんだろうけどね。
そういえば店長さんに、君の所在を知らないかきいてみたんだ。
一瞬戸惑って、それから悲しそうな顔をしてた。
訳の分からないことも言ってたんだ。君がもういない、って。
いないから探しているんです、って言ったら、探せないんだよ、って答えたんだ。
何でそんなことを言ったのか、僕には理解できなかった。
だって君はどこかに存在しているのに。
ねえ、いるんでしょ。いるよね。
またいつか、僕の淹れたコーヒー、飲んでくれるよね?
七月十三日日
また君を探しに学校に行ってみたんだ。
でも、君はどこにもいなかった。
最近は、また学校に来なくなっちゃったのかな?
その代わり、嫌な奴らに会った。
僕をいじめてた不良グループ。僕は授業は別室で受けてるから、校内で彼らに会うことはそんなにないはずなんだけど、今日はたまたま、職員室から戻るときに鉢合わせてしまったんだ。
先生に目をつけられてるから、直接的な暴力はふってこなかったけど、からかいの言葉をたくさんかけられたよ。
まあ、言葉なら適当に聞き流せばよかったし、あんまり気にならなかった。
でも僕が屋上に君を探しにいかなきゃいけないことを話したら、彼らは聞き捨てならない言葉を発したんだ。
あいつが死んで頭がおかしくなったのか、何でいないヤツのことなんか探しにいくんだよ、と。
下卑た声で笑いながら、彼らは「ぼっちに逆戻り」だの「精神病んでるんじゃないですかー」などとからかい続けてきた。
君が死んだ? 何だよそれ。お前らも頭が使えるようになったのか。僕を怒らせる言葉をかけてくるようになるなんて。
久しぶりに、体の中から黒い衝動が湧いてきた。
君の存在を嘲笑いながら否定する奴らが許せなかった。
だから壊したんだ。ポケットに入ってたナイフで。
壊した。壊した。壊した。壊した。壊した。壊した。壊した。
君が死んだなんて嘘だ。
そんな幻を見ている奴は、僕がこの手で目を覚まさせてあげなくちゃ。
結局奴らにそれほど大きな傷は与えられなかった。
途中で駆け付けた先生によって止められ、警察も呼ばれたけど、傷が深くなかったことと、不良グループがいじめをしていたこと、それに僕の諸事情が重なって、カウンセリングを受けたうえで、一週間の自宅謹慎で手が打たれた。
学校なんて、全然行かないから、僕には痛くもかゆくもない。
ねえ、君は本当にどこへ行ってしまったんだ?
頼むから教えてくれよ。
帰ってきてなんて言わない。ここに君の居場所はないのだから。
その代わり、僕が君を迎えに行くよ。
待ってて。
五月二十八日
死んだ。
君が死んだ。
何でだよ……。
七月二十一日
謹慎明け。
やっと君の居場所が見つかったんだ。
今僕は屋上にいる。今から君に会いに行くよ。
僕の淹れたコーヒーをもうすぐ君にも届けられるんだね。
美味しいって言ってくれるかな。
謹慎中にあの喫茶店にこっそり行ったりして、店長と一緒に練習したから、ちょっとは上達しているはずだよ。
今日は学校は終業式だったんだ。明日から夏休みか。
ねえ、そっちにも夏休みってあるの?
もしあるのなら僕は海に行ってみたいな。僕結構泳ぐの好きなんだよ。
君はそういうの苦手そうだよね。浜辺でお城とか作ってそう。
あ、それから花火も見たいな。大きな打ち上げ花火。
友達と一緒に見るの、昔から夢だったんだ。とびきりの特等席をとろう。
何かやりたいことがたくさんありすぎて大変そうだな。
まあ、そっちのことは、そっちで考えればいいか。
でもそっちに行くってことは、もうこっちには戻ってこれないってことなんだよね。思い残すことがないと言ったら嘘になるな。
喫茶店の店長さん。あそこのコーヒーがもう飲めなくなると思うと、少し寂しい感じがする。
すごくお世話になったし、お礼が言いたいけど、もう今からは言いにいけないな。
せめて一杯、僕の最高傑作を飲ませてあげたかった。
ありがとう、あなたの言葉、ずっと忘れません。さようなら。
さて、そろそろ行くとするよ。
怖いけど、ワクワクしてる。ジェットコースターに乗るときみたいな感覚だな。
向こうで君がほんとに待っててくれているのか、今になって心配になってきたよ。
でも、もう僕は行く決心をしたんだ。今更後戻りはできない。
だから、もう一回言うことにするよ。
随分と待たせてしまったけど、これから僕が向かう先で
「待ってて」、と……………