番外編・仕事後の話
「よっしゃ五時!帰ろかえろ!」
私が報告書とにらめっこをしていると、そんな三好先輩の声に引き戻された。いつの間にか五時である。とりあえず、あの人格異常者達の観察をしなくても良いのだと思うとすごくホッとする。
「ってヤバい…完全にあいつらに毒されてる……」
あいつらとは、まぁあれだ。あのクズとかレズビアンとかストーカーとかハーレム爆破野郎のことだ。うん。すんごい毒されてる。
「報告書、家で書こうかなぁ……」
ツッコミ多すぎてほんと疲れる。なんなんだろ。……家でリラックスして考えるか……っていうかまだ課長怒られてるのね。専務に怒られ常務に怒られ……まぁ自業自得だけども。
「三好主任、飲みに行きませんかー?」
「飲みにって……まぁ良いけど後輩ちゃんからなんて珍しいね」
「ちょっとあいつら見てたら……」
「うーん、だけどヤケ酒は体に悪いからあんまりしちゃ駄目だよ?」
三好先輩の何気ない心配がとても嬉しい。SAN値が削れるというのか、クトゥルフとか怖そうであんまり興味はわかないけど。本当になんだ、うん。早く仕事に慣れたいものである。
「なっ三好さん、居酒屋行くんですかそれなら俺も」
「け、建築先輩も来ます?」
三好先輩が一緒に飲みに行くのを聞いてぐいぐい来る建築先輩。私は別にこの人のこと嫌いではないけど、三好先輩が……おぉ、あからさまに嫌そうな顔をしてらっしゃる……
「あんたも来んの? 自分の家に籠ってさんどぼっくす? ゲームでもしてな」
先輩、それ箱庭RPGのことであって、別に一メートル四方のブロックを使って物を作ったりするゲームだけの括りじゃないです。世間一般的に誤解されがちですけど。
「そんなつれないこと言わないでください。三好さんの為なら破産してでも願いを叶えますよ」
「そこがキモいって言ってんの。どこのカルト教団さ。帰れ帰るか帰ろう家に」
「帰りませんよ。じゃあ行きましょうか奈津美さん」
「女の子の名前をきやすく呼ぶなと、何度言えばわかるのお前は」
呆れたような顔をしながら建築先輩の額を人差し指で押す先輩。そして結構力が強かったのか、彼は大きくのけぞって真後ろにあった自分の机に倒れこんだ。
「あぁ! 俺の作ったダンジョン立体模型の玄関口がぁぁぁ!!」
「趣味を会社でやってんなよ造ぃ」
社内で建築というあだ名で呼ばれている造先輩。趣味は建築、家とかの模型作りに加えて三好先輩への貢ぎというあまりにも奇抜な先輩。彼がこんなに三好先輩にぞっこんなのは結構有名な社内の噂だった気がする。
そして会社での仕事中に何やら炎みたいな、赤いプラ板みたいなのが組み合わされた無駄に大きい変なオブジェ。どこか狂気のようなものを感じるその一端のコの字をした物体がぐちゃぐちゃに潰れていた。
「あ、ごめ……お前も筋肉付けずにひょろっひょろなのもどことなく悪い気はするけど、ごめ」「え? 別にもう直したので大丈夫ですよ。三好さんが俺に謝ったりなんて」「わかった、もういい黙ろう」
アイアンクローを造先輩に食らわせる三好先輩。入社してからも良く見ている光景なので特にツッコミはしない。どこか幸せそうな表情をしている造先輩に、技をかけつつ三好先輩が私の方を見て言った。
「まぁいつものとこでも行こうか」
そんな三好先輩の言葉に、入社三か月めの新入社員。金井 奈津子は頷くのでした。
☆
私達がやって来たのは東京都のとある街の一角にある、ちょっと古風な感じがありつつも自動ドアがついてたりする、結構繁盛している大衆居酒屋。「あま・テラス 東京支店。つく・ヨミ」であった。東京支店っていうことは、どこかに本店があるそれなりにおっきい会社の店なんだろうけど、ネットで調べても何もヒットしないちょっとミステリアスなお店である。
「今何時?」
「六時です」
「そっか。じゃあ結構お客さんも先に居そうだね」
「飲みましょう飲みましょう」
ガラリと自動ドアが開いて私達三人は店内へと入った。すると店長が私達を迎えてくれた。中性的な顔立ちや体つきをしていて、声も中性的なために性別の判別がつかないけど、相当の美人……イケメン? さんで接客も上手でとても人気のある人である。そういえば、この人が店に出てない日を見たこと無い気がするけどいつ休んでるんだろう。
「いらっしゃいませー! 何名様でございましょうか!」
「三人ね」
「三人……申し訳ございませんが、御座敷が満員ですのでカウンターにお座りください」
「はーい」
「お冷をお持ちしますね!」
そしてトコトコとお店の奥へと歩いて行く。自分でもどうなのだろうと思うので、他の人に言ったことは無いけど。
「お冷お持ちしました」
…………来た瞬間に飲み干してしまった。あぁ、店長さんに笑われた……恥ずかしい……けど仕方ないじゃん、私の故郷の名水百選とかに選ばれるような水が霞むくらいに美味しいんだもんここの水……水でありながら目の覚めるような清涼感と、すっきりとしつつしっかりと存在を感じるこれ……テイクアウトでも出来るなら普通に買って帰るよほんとに。
「ふふ、お冷のお代わりをおもちしますね」
「すいません」
自分でも笑ってしまう。
「えっと、注文いいですか?」
「あぁ、はい」
三好先輩の声に、注文を書きこむ紙をエプロンのポケットから取り出して書きこんでいく店長さん。居酒屋なのにもの凄い種類のお酒も料理もあるんだよねここ。
「お腹も減ってるし、焼き魚定食に中ジョッキで」
「私は油麩丼に小ジョッキを……」
「では俺は焼き鳥「お前はいい加減に食生活を正せって、何度言えばわかるんだっての!」
三好先輩が隣に座っていた造先輩の額にデコピンをした。
過去に関東最強のレディースと言われたほどの不良だったらしい、先輩のデコピンの威力は凄まじいものだったらしく、貧弱な体の造先輩はかなり悶絶して声も出せないようだった。確かに先輩に景気づけで背中を叩かれたとき、何分か立てなくなったもんなぁ……
「えーっと、焼き鳥はとりあえず無しにして、芋煮定食で」
「はーい」
店長さんがくすくす笑っておられる……まぁ傍から見ればすごい仲が良いですよね。
「しっかし相変わらずここのメニューどうなってんだろうね?」
「油麩丼っていう私の故郷の料理を食べられるのも、ここくらいですからね。私ここしか知らないです」
「本当に居酒屋なのかここ……」
相変わらずの謎である。東京を除いた四十六道府県のB級グルメ? が一品ずつメニューに書かれている。それにおつまみや定食などを合わせると七十品目くらいあるんじゃなかろうか。お酒の種類もカクテルなんかがあるし、本当に居酒屋なのかバーなのかファミレスなのか良くわからなくなる。
「しかし疲れましたぁ……」
「お疲れ様。よしよし頑張ったよ後輩ちゃんは」
三好先輩が私の頭を撫でてくれた。気分が落ち着く手だ。
「しかし今日は課長が怒られてばっかりでしたね」
と、造先輩。
「かちょーアホだから。あれは直んないから仕方ないね。昔から馬鹿だったけど直ってないから」
「課長って先輩が昔いたところのリーダーさんなんでしたっけ」
「そそ。私がヤンキーだったころのね。更生して死にもの狂いで勉強して二流大学くらいに通った後にこの会社入ったらしいけど、一流企業にでも入れば昔がチャラになるとでも思ったんじゃないかな。まぁ私が最難関大学に一発で受かって会社に入社したっていうの聞いて、凄い鬱な気分になったとか言ってたけど」
笑いながら語る先輩。なんという不憫な課長。いやまぁ先輩が色々盛りすぎな感じでおかしいだけなんだけど。関東最強のレディースにして、最難関大学に一回の受験で合格できた頭の良さにこの人格者と、反則的な体つきだもの。憧れないはずがなかろうが。天は一人にいくつものものをくだされたのだ。
「はい、料理をお持ちいたしましたー」
それぞれの前に料理が置かれた。とても美味しそうである。写真に撮りたいが、この店は写真撮影禁止だし、SNSで呟いたりするのも駄目という不思議なルールがあるので我慢することにする。まぁ確かにこんな穴場をあんまり人に教えたくないしね。
「それではいただきます」
とりあえずご飯を食べることにする。
☆
後輩ちゃんが酔っぱらってしまった。
「うぅぅぅぅ……憧れの企業がこんなに辛いものだとはぁぁぁぁ」
「悪酔いしちゃ駄目だって言ったのに……まぁここのお味噌汁飲めばすぐに分解されるし良いけどさ」
やれやれと思いつつ慰めるように背中を撫でてやる。隣に座っていた建築はトイレに行っている。
「まぁまぁ。慣れてくると楽しいもんだよ。私も昔はそんな感じだったもの」
ううぅんと唸る後輩ちゃんを撫でつつ、彼女のバックをチラっと見た。真面目な後輩ちゃんらしく、うちの会社の新入社員向けの企業説明などが書かれた冊子が入っている。ボロボロになっているそれを見るに、どれだけこの仕事に就きたかったのかがわかる。
まぁそうだろう。オタクな後輩ちゃんが憧れないはずが無さそうなものだし。
八百万永明株式会社。
現代に生きる陰陽師の末裔で、その界隈ではかの有名な安倍 晴明の生まれ変わりとも呼ばれるほどの男性、嵩野 永明が会長を務める会社だ。
永明は陰陽師などと言うとおり、様々な不思議なことが出来るらしいけど私はあまり知らない。永明は現代の科学などにも通じていて、現代の技術と陰陽術を何か組み合わせたり出来ないものかと考えていたらしい。そして、永明が三十歳の頃、長く使われた物体に宿るという“付喪神”というものに機械越しで会話することに成功したのだそうだ。
「付喪神ってあんなに変なんですかぁ……?」
「仕方ないね。本のだし」
いずれ研究を続けるうちに、今まで存在しないと陰陽師界隈で言われていた本の中に存在する付喪神を見つけたらしい。彼らは通常の付喪神とは違い、一つの物体に複数の付喪神が存在していて、本の中で小さな世界を作り出して生活していたのである。
その付喪神達は本に出てくるキャラクター達で、その性格は本の内容とは本の内容と同じであったり、全く違うものであったりしていた。永明はそのバラバラなところにどこか人間味あふれる彼らが好きになり、古書店に行っては古い書物などをかき集めていたらしい。
そして小説などの付喪神は性格が書物の内容と似ていることが多く、絵本などのすぐに完結する話では性格が違うことが多いことに気が付いた。描写が多ければ多い程、その性格は形作られていたらしい。
「小説のがいいれす……イメージがぁ……」
「まぁまぁ。そのギャップが楽しくなったりするから」
永明は絵本の方に興味を持ったらしい。性格が破綻していたりする付喪神というものがひどく面白かったらしい。その後、更に勉強をすると遠く離れた場所の書物にアクセスできるようになった。永明は面白がり、様々な世界を覗いた。そしてそこで見つけたらしい。
捨てられた付喪神達の居る本が処分され、その世界が消える様を。
永明はその様子にショックを受け、なんとか出来ないものかと研究の方針を変えた。その頃には永明の研究に世間が騒然となっており、多くの研究資金などが集まって来ていた。私が研究を知ったのもこのころである。私がヤンキーの頃だから、後輩ちゃんなら中学とか小学校くらいだろうか。
「ゲーム感覚で期待してましたぁ……」
「それはどうなのよ後輩ちゃん」
賛同した機械制作の第一人者などの人々が集まり、永明は更に研究に没頭した。そして永明が四十歳の頃、永明は陰陽術で使う祭壇の中に一つの異空間を作る事に成功した。
それがD-World。Douwa(童話) -(の) World(世界) である。
D-Worldの出現により加速度的に研究は進んだ。永明らが造った機械さえあれば、いくらでも手を加えることのできた世界は、まるでゲームの世界のような様相を呈した。その事に子供達も含め、大人達も熱狂した。後輩ちゃんもきっとこれから興味を持ったのだろう。
そんな世間の熱狂を受け、永明は興味が無いといたもの周りの後押しによってこの会社を設立した。当時行われた社員募集の倍率はなんと百倍を優に超え、そんな途轍もない倍率を潜り抜けたのが課長である。永明が面白い人物などを欲していたのが功を奏したのか、奇跡的に受かったらしい。なんという幸運。
受かった人員はオペレーターという、D-Worldに送られた付喪神を観察して報告書にまとめるものや、D-Worldにおける新たな動植物などを作り出すクリエイターという仕事に割り振られた。私と後輩ちゃんはオペレーター、建築と課長はクリエイターである。
そしていざ付喪神達を送ろうというとき、とある想定外のことが起きた。どうやっても一体の付喪神しか移動させることが出来ないのだ。更に、焼失した童話の世界から破損したデータが流れ込み、“廃神”というバグが発生したのだ。“廃神”は破損したデータの塊であり、その容量は異常に大きいため多くの機械が熱暴走を起こして故障した。
「はやく住人全員が移動できると良いんれすけどねぇ……その方が楽そうです」
「うん、確かにねぇ。人数多い方があんまりひどい行動取ったりしないかもだし」
永明は一度絶望したものの、諦めずに再び機械を作った。D-worldも壊滅的な被害を受けていたが、まず廃神の発生する確率を押さえる為に研究をした。しかしその結果、一体の付喪神しか送ることが出来なくなってしまった。
今現在も研究は続いているものの、やはり同一地域に廃神が複数体現れれば機械は故障やフリーズをおこしてしまうそうだ。そうなると仕事がなくなるので困る。丁寧に研究を進めて欲しい。
「三好さん、そろそろ帰らなくて大丈夫ですか?」
「ん? あぁ、もう二時間もこの店に居たのか。すいませーん、お前は要る?」
「俺は良いです」
「はいはい。お味噌汁二杯いただけますかー?」
「はーい」
無料サービスの味噌汁を頼む。ここのお味噌汁を飲むと、どれだけお酒を飲んでも明日に響いたりしないから凄いものだ。
「明日も頑張りましゅ……」
「うんうん」
ツッコミ役はなれてないのであろう後輩ちゃんを撫でつつ、気長に味噌汁を待つのだ。うん。いつもの日常。
あの世と現世。二つの世界があるって良く考えると結構不思議なものだなと、ちょっと思った。