屋上の明星
短めBL。
僕は人が嫌いだった。家庭環境が一番根っこの原因だと思う。
今時離婚なんてよくあることなのに、親が離婚したことでいじめられた。
小学校の間、6年間と中学校3年間。9年間もの間、適当な理由でいじめられ続けた。
もしかしたらそれはただの言い訳で、僕のことがそもそも好きではなかったのかもしれないけれど。
そのいじめはひどいものだった。僕の精神はそれによって崩れ、バランスが取れなくなった。
だから僕は前を向けない。僕は青い空を見ることができない。
空を見ると自分のちっぽけさを馬鹿にされているような気になるものだから。
高校も問題なく入った。そのへんのそこそこ学力がいいところに。
しかし、高校に入ったって僕の人嫌いは変わらない。人と上手に話すことなんて不可能なのである。
入学から数日たって今も僕は誰とも話せずにいた。
昼はどこで昼食をとってもいい。だから僕は一人、屋上に行く。
屋上は、本当は立ち入り禁止だけど、居心地の悪い教室にいるよりはいい。怒られたって、後悔しない。
始業式の日からずっとこの調子だった。
屋上にいても下を向いてばかり。
その日も僕はいつも通り、一人屋上で昼食をとっていた。すると一人の男がやってきた。そいつはびっくりするほどきれいな顔をしていた。人が騒ぐほどの。
そんなやつがここに何をしに来るのだろうか。教室も居心地悪くないくせに。人望も厚いだろうに…。
そんなことを考えていたら、そのイケメンが話しかけてきた。
「ね。いつも一人なの?」
なんだ。何か悪いとでもいうのか。殴りたいなら殴れ。癪に障るのなら早く殴れ。
「うん。そうだけど…。何?」
「昼飯、ここで食っていい?」
別に僕が屋上の番人であるわけではないのだから、聞かなくてもいいと思う。好きにしたらいいと思う。
「別にかまわないよ。」
そういうと彼は僕の横にどっかりと座った。
ねぇ、近いよ。もう少し離れてくれないかな…?
そんなことを僕が思っていることなど彼はつゆ知らず。彼のお口は止まらない。
「君、名前は?」
ずいぶんさっくり聞いてくるものだな。名前って聞きにくくない?
「桐谷志乃。」
ぼそりと名前だけいう。
すると彼は納得するようにうなずきながら言った。
「そんな感じするよ!!似合ってる~!可愛い名前だね。」
そんなこと初めて言われた。多分冗談なんだろうけど、今までずっと女みたいだと言われ、からかわれてきた名前だから。あまり好きではなかった名前だから。
冗談でも少しうれしかった。
「あの…あなたの名前は?」
「そんな固くなるなよ~!俺は佐々木俊也だよ!下にやんちゃな弟がいるんだ~。」
おまけ情報まで追加してくれた。弟、ね。僕には兄弟はいない。
「そうなん…ですね。」
「おっと、固いのはやめよう。ため口だ。ため口。俺のことは俊也と、呼び捨てで呼んでほしいな?志乃って呼んでいいかな?」
心の距離が近い人だ。今まで関わった人間の中にはこんなふうに根元に接近してくる奴はいなかったような気がする。いたとしても気にならなかった。
しかし今は、そのことにひどく気をとられているようだ。
僕の心がほぐれている…?
「ああ、うん。いいよ。」
「あ、俺委員会あるんだった!!志乃、明日も来るから、志乃はここにいてね?」
僕に拒否権なんか存在していないと思う。いてねと言われたら、肺としか答えられないじゃないか。
でもそれぐらいの関係を僕は求めていたのかもしれない。
「うん。ここにいるよ。」
突拍子もなく、イケメンとの学校生活が始まってしまった。
一日目。変な目で見られた。
ご丁寧に朝から僕の教室に顔を出した俊也。どこで僕の学年とクラスの情報を手に入れたのかが分からない。僕言ってない気がする。
笑顔でおはようと言われた。
クラスメイトからはたぶん、なぜおまえがあの天下の佐々木俊也と知り合いなんだという目で見られている気がする。僕もわからない。
とりあえずニコニコしている俊也に挨拶を返す。すると、俊也は満足そうな顔をして去って行った。
その時、僕の視界の端っこに、窓の向こうの青空がうつった。
もちろんその日、昼ごはんは屋上で二人で食べた。昨日より僕の口数が増えた。
なんで今まであんなにも人と関わるのが嫌だったのに、今こんなに人と楽しく話せているのかが僕にはわからない。
俊也は魔法使いかもしれない!
二日目。また変な目で見られた。
やっぱり朝から顔を出しに来た俊也。彼はまぶしいような笑顔でにかっと笑い、おはようといった。
僕も少し笑って返した。俊也に対しての警戒心はほぼ皆無。
昼も一緒に過ごした。たびたび、僕の顔には笑みが浮かんだ。
やっぱり俊也は魔法使いだと思う。
三日目。クラスメイトに話しかけられた。
今まで僕に一切話しかけようとしなかった、あのクラスメイトが僕に挨拶をしてきた。
僕は無視することもできないので、おはようと返した。
相手は笑顔になった。どうして相手が笑ったのか、僕にはさっぱりわからなかった。
そのことを俊也に言ったら、あーわかる、って言われた。
何故なのかは教えてくれなかった。
ねぇ、どうして教えてくれないの?嘲笑っていたりするのかな?僕にはわからない。
人とのかかわりが乏しすぎた。でも俊也はきっとニコニコしているから、きっといいことなんだと思う。きっと。
信じているよ、俊也のこと。
四日目。僕はすっかり俊也との生活になじんでしまった。
あんなにぎこちなかった会話も、今じゃスラリスラリとテンポよく進んでいく。
たった三日間でここまで自分が変わるなんて想像もしなかった。
変化は突然やってくるらしい。
僕は自分から話しかけることもできるようになった。それは俊也限定だけど。
とにかく楽しかった。ずっと見ていなかった、頭上に広がる青空も僕の目いっぱいに広がっている。
授業中にはクラスメイトに話しかけられた。だから俊也とはすらすら話せるようになったけれど、まだ慣れていないクラスメイトとはぎこちなくだけど話した。
でも話せただけでも上等だと思う。会話にも入れてもらえた。
青空は、屋上にいる二人をじっと見つめていた。
五日目。笑みの意味を知った。
突然クラスメイトの、比較的地味な感じの女の子に話しかけられた。
「あの、桐谷君。少しいい?」
きっと勇気を出して話しかけたんだと思う。手をぎゅっと握りしめていたから。
なんせ無言無表情を貫いていた僕だ。最近少し話し始めたからといって、話しかけるのが苦手な人間にとっては僕に話しかけるのは容易なことではないだろう。
「大丈夫だよ。」
こうやって返せるようになったのも俊也のおかげだな、と思う。前なら無視か、無理と答えていたことだろう。
クラスメイトの女の子は数秒後もっていたが、意を決したように話し始めた。
「私ね、あなたの笑顔を見るとなごむの。いうか言わないかすごく迷ったんだけど、どうしても伝えたくて。」
そんなふうに思っていたんだ。勇気を出して伝えてくれたぐらいだから、きっと僕は彼女に何かしらの影響を与えることができたのだろう。
これはたぶんいいこと。
でも、彼女の口から理由を聞いてみたい。
僕は小学生のようにっどうして?と聞き返した。
「最近笑うようになったでしょ?なんかね、幸せそうなのよ。あなたの笑顔には幸せがあふれている気がするの。」
幸せ?そんなことあまり考えたこともなかった。
でも、何も言わないと彼女が困ってしまいそうだから、とりあえず返す。
「…ありがとう。」
「どういたしまして。ごめんね、突然時間取らせて変なこと言って。」
僕が首を横に振ると、彼女はにっこり笑って去って行った。
そのことを昼には俊也に話した。俊也はそれは良かったねと言って笑った。
全く同感だと、うなずいている俊也。
僕はなぜ、自分の笑顔に幸せがあふれているようにみられているのかがさっぱりわからなかった。
でも確実に、笑えるようになったのは俊也のおかげだった。
一か月目。僕は教室の真ん中にいた。
たくさんの人に笑顔で応答した。でも少し足りなかった。
少し前から俊也が屋上に来なくなったからだ。
僕は、クラスメイトと仲良くなっても屋上に行くことは怠らなかったのに。
とても寂しかった。俊也に会えないことが。なぜ俊也に会えなくてさびしいのか、よくわからない。
一か月と十五日目。物足りなさに限界を感じた。
ずっと俊也のことを考えていた。
思えば全部俊也からだった。僕に話しかけたのも、笑顔を向けたのも。
僕は自分から行くことにした。そして自分の中にある、俊也への恋心の存在を知った。
昼、俊也を屋上に誘った。一緒に来てとすがりつくつもりでいたけど、俊也はすんなりとついてきてくれた。
しかし彼の目は以前とは打って変わって冷たいものだった。
「もう俺は必要ないだろ?」
そんなことを言う俊也に、僕はすごく悲しくなった。こんなにも僕の心を揺さぶるのは俊也だけだというのに。
僕は一気に、ありったけの思いをぶつけた。
「俊也がいなくて、俊也と話せなくて、すごいさびしかった。僕には俊也が必要だ。僕は…僕は俊也が、好き。」
こんなに恥ずかしいことをすらすらと言えるのは、一生俊也にだけだと思う。僕が思っている以上に、僕にとって俊也は大切な存在だったのかもしれない。
俊也はとても驚いた顔をしていた。そして僕が大好きな笑顔をその顔に浮かべた。
「ごめんね、志乃。俺も大好き。」
すごく嬉しかった。こんなにもうれしいと思ったことは初めてかもしれない。
初めての自分への明確な好意に困惑しつつも、これ以上ない程に幸せを感じた。
「俊也。」
名前を呼べば振り向いてくれる存在がそばにいるのはとても安心感があるし、居心地がいい。
「志乃がここまでになると思わなかった。驚いたよ。」
笑顔が消えない俊也の顔。
俊也は続けて僕に言う。
「君ほど可愛い顔をした子を恋人にもてるのはとてもうれしい。ま、性格が好きなんだけどね。」
「かお?」
自分の顔が醜いから、みんな話しかけなかったんじゃないの?
「もしかして気づいてなかった?志乃は僕に並ぶぐらい、きれいな顔として有名なのに?」
ずいぶん自分の顔に理解があるらしい俊也。そんな俊也が言っている。嘘じゃない?
「知らなかった。鏡嫌いだし…あんまり考えたこともなかった。嘘じゃないの?」
「いまさら嘘をついてどうする、本当だよ。みんなが君に笑顔を向ける理由の一つだろう。男女構わず、君の顔に対して少しは羨みを持っていると思うけどな。」
そんなの知らなかった。みんないじめてきたじゃないか。今まで散々いじめてきたのは…嫉妬か何かってことになるの?
馬鹿みたい。そんなので病んでいたなんて。僕をいじめてたやつもバカ。
「でも、俊也の方が格好良いよ。初めてここに来たときね、イケメンが何しに来たんだ!って思ったんだ。少し顔で判断してたな…。」
「俺も同じだよ。顔の良さを持て余しているんだろうなって。」
僕らはお互い、顔を気にしあっていたようだ。変なの。
「そうだったんだね。俊也も…。」
「初めはそう思っていたんだよ。でもね。一人で屋上に行く姿を見て、純粋に興味がわいたんだ。なんかすごい話しかけたくて。俺、人と関わるの面倒くさくて好きじゃないから、すごい自分でも珍しいなって思ってさ。話しかけてみた。」
今日はいろいろ発覚してる。俊也は僕に対してそんなことを思っていたんだ。
「ところで俊也は何年生?」
今日はいろいろ進んだ。一か月と十五日。とても短い期間でこんなにも僕は変わった。
俊也が2年生だということも知ったし、上等。
これからは、ちゃんと。俊也とも、クラスメイトとも、家族とも、向き合っていこうと思う。今まで、トラウマを言い訳にして身をそらしてきたことに、しっかり向き合うことにする。
やさしい恋人がいるから、大丈夫。多分。
展開が早すぎました。
読んで下さった方、感謝いたします。