絶体絶命なようで…
あれから帰れたのは結局しばらくしてからだった。
俺は久しぶりに二人きりでマツリの家に遊びに来ていた。二人でココアを飲みながらのんびりしていると唐突にマツリが俺に質問をしてきた。
「ねえ、スイ。ほんとに男になったの?いつ戻るの?」
「男になっちゃったのはほんと見ただけどいつまでって言うのはわかんないかな。」マツリは少し嬉しそうにそっか…と呟く。
「なんで、今更そんなこと聞くの?」俺がそう聞くとマツリは言おうかやめようか迷っているかのようにたっぷり一分は使って返事をしてきた。
「あ、あのね。だったら私と付き合ってほしいなって、思って。」俺は突然の言葉に返事をかえせずにいた。俺はマツリのことは好きだ。しかしそれは友達としてであって、男になったから突然マツリを女として見れるかって言われると正直無理な話だった。
「ごめん、俺マツリのことそんな風に見たことなかった。」
「それは、ダメ…っていう、こ、と?」マツリが悲しそうな顔をしてこっちを見ていて胸が痛くなる。なんだか今日はマツリを悲しませてばかりな気がする。ごめんの気持ちで心はいっぱいだった。
「マツリ、ごめ…」
「あー、やっぱりスイも同じなんだぁ。」マツリは何かの糸が切れたんじゃないかと思うほど突然ケタケタとわらいだした。壊れたように笑うマツリに恐怖を覚える。
「マツ……リ?」
「スイだけは、スイだけは違うって信じてたのに!あの男どもとは違うって‼」あの男たちとは誰のことを言っているのだろう。それにマツリはどうしてしまったのだろう。
「マツリ、落ち着こう。それにあの男たちって誰のこと?」
「私の昔仲良かった奴らのことよ!みんなみーんな私にいろいろしたくせに用が終わったらぽいって!所詮私なんて都合のいい女だったんだって何度もおもった!でもでもスイは違うって思ってたの!なんで裏切るの?そんなの私のスイじゃないね。」
「俺そんなこと思ってな…」なおもマツリは俺の言葉なんて聞いてもいないように話続ける。
「だって、スイだって私のこと好きって言ったのに!そんなつもりじゃないなんて。絶対に、離さない。スイは、私のことを好きなスイはわたしのもの。私の、私だけのスイなの!すいまでいなくなっちゃやなの。」俺は声をかけることもできずただマツリの手をぎゅっと握った。
「あは、あははははは。スイは優しいね。彼氏を取った私にまでこんな優しいの?なんでぇ?」マツリが首をグイっと傾けて尋ねる。怖い。マツリはなんのことを言っている?身におぼえがない。
「彼氏をとった…?なんのことだ、マツリ?」
「あれれー。やっぱり知らないんだー。スイの大事なだぁいす・き・な原村くん、じゃないや武士くんをとったのは私。だってスイが私以外に笑いかけるんだもん。仕方ないよねー。ふふ。」え、あ…。そういうことか。武士が突然俺と距離をおいたのもマツリのことを好きになったからで。いまだに好きなのは私だけなのか俺、マツリにも武士にも嘘つかれてたのか。
いまだにマツリは俺に追い打ちをかけるように話かけてくる。
「ねえ、ねえ、ねえ、スイ。私のこと嫌いになっちゃった?いやだ。いやだよぉ。だって私のスイなのに、わたしのなのに、私から奪うだけじゃとどまらずわたしの前でのろけるの。だからね、うっかりスイとわかれてくれたらツきあうっていちゃったの。わたしが本気だせばぁ誰でも落とせちゃうの…ごめんね、ごめんね。ダメってわかってたのにごめんね。ごめんねスイ。でもスイは私のことを好きだからそんなのどうでもいいよね。」俺の知っているマツリはどこに行ってしまったのだろうか。さきほど掴んだ手をそっと離すとマツリは怒ったように奇声を発した。
「ねえマツリー。マツリ‼なんで手ぇはなすの?怒った怒ったの?でも私もっと怒ってるから。」
俺はもうどうすることもできなかった。
なにも反応をしめさない俺をマツリがどう思ったのかはわからないが、ブツブツと何かを呟きながら部屋のカギを閉めた。
「ねぇ、マツリ知ってる?黒魔術って本当に効くんだね。その体は私からスイへのプレゼントなの。気に入ってくれてたみたでうれしかった。なのに、なのにね男の子になってもスイは私のことうけいれてくれないんだもん。」だんだんと考えることすら嫌になってきた。もう全て忘れてしまいたい。
「私のお母さんたち来月までおばあちゃんの家でここにいないの。だからね、いっぱい遊べるよ。もちろんふたりきりで。」にっこり笑うマツリの顔ははじめて会った時となにも変わらない笑顔だった。
もしかしてはじめからぜんぶこうなる運命だったのかもしれない。