緊急時における哲学的思考の有用法
「シュレディンガーの猫をご存知ですか?」
「はぁ……まぁ、なんとなくは。」
「箱の中の猫。
それが生きているか、死んでいるかは、箱を開けるその瞬間までわからない。
すなわち、箱を開けるまで、箱の中には死んだ猫と生きた猫が同時に存在している。」
「世のすべての事象は、観察されるまであらゆる可能性が平行に存在した、
不確定な物なのですよ。」
「ご理解いただけましたか?」
「はぁ……まぁ、なんとなくは。」
「つまり、この防犯カメラの映像を録画したビデオには、
私が下着を取った決定的瞬間が映っているという可能性と、
映っていないという可能性が同時に存在しているわけです。」
「つまり、真実は観察するまで、完全なるグレーだ。」
「ご理解いただけましたか?」
「はぁ……まぁ、なんとなくは。」
「この不確定な状態を、ビデオの再生ボタンを押すという破壊行為で、
台無しにしてしまうのは、シュレティンガーの猫への完全なる冒涜だ。
そうでしょう? ですから、刑事さん、その再生ボタンに伸びる手を
降ろして頂けますか。 頂けますよね。」
「ご理解いただけましたか?」
「はぁ……それはちょっと違うんじゃないですかね。
大体、不確定とかなんとか言ってますけど、再生すればはっきりするじゃないですか。」
「ああ、なんということだ。 貴方には哲学というものが理解できないというのか。」
「いやいや、それとこれとは話が違うでしょう。」
「ふむ……では、パブロブの犬をご存知ですか?」
「猫の次は犬ですか。 勘弁してくださいよ。」
「犬に餌を与える時に、常にベルを必ずベルを鳴らすようにする。
すると、犬はベルを鳴らしただけでも、条件反射的によだれを垂らすようになった。」
「これが、パブロブの犬です。 条件反射の例としてよく用いられますね。」
「ご理解いただけましたか?」
「はぁ……まぁ、なんとなくは。」
「私は、アダルティーなビデオを見た後常に、自宅に買い置きしてある、
女物の下着を観賞することにしています。
私が下着を盗んだその日、何時ものようにアダルティーなビデオを見た後、
下着鑑賞を始めようとしました。しかし、生憎すべて使用済みだった。
そこに、向かいのベランダにヒラヒラと風に揺れるパンティーが……
私が盗ったのは、故意ではありません。 条件反射です。
これを無視して私を有罪にするのは、パブロブの犬への完全なる……」
「警部、容疑者吐きました。」
「ああ、なんということだ。 貴方には哲学というものが理解できないというのか。
かくなるうえは……刑事さん、カルネアデスの板をご存知ですか?
船が難破し」
「部屋に戻ってください」
「船が難破して、二人の男が海に投げ出された。 そこには板が一つ浮かんでいて、
片方の男は命からがら板にしがみ付いた。もう片方の男も続けて板にしがみ付こうとした。
しかし、板は小さく大の男二人の重さには」
「部屋に戻って」
「はい」