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あなたに逢いたくて

作者: 愛田雅

 私が、中学3年の時、それはあった。そう、あの時、あの先生と私は出逢ったのだ。先生は、教育実習で私の学校に来ていたのだった。見た目は、はっきり言って二枚目タイプではなかった。でも、私はなぜか先生に惹かれるものを感じたのだった。

 教育実習の始まる数日前には、担任の先生から教育実習生が来ることを告げられていた。たったそれだけのことなのに、新しい先生が来ると思うだけでわくわくしてしまった。もちろん、先生はずっと私たちの中学校にはいないけれど。

「今日から2週間、教育実習としてこの学校に来ました。えーっと、名前は、大塚秀平です。よろしく!」

 まだ大学生の大塚先生は、黒板に大きく自分の名前を書くとそう言った。さわやかなんだけど、字はとても汚かった。


 大塚先生の授業を終えた直後の休み時間になると、私は真後ろの席に体を向けた。

「ねぇねぇ、陽子。あの教育実習の先生のこと、どう思う?」

「ほぇ?」

 私の友達の、吉田恵がそう言ってきた。

「どうって、何が?」

 私が、恵に聞き返した。突然、どう思う? って言われても、あまりにも質問の内容が漠然としていて、何が聞きたいのかがわからない。

「さわやかな感じで、ちょっとイイ感じじゃない?

 恵は、大塚先生にかなりの好印象を持っているらしい。

「そうだね。若々しくっていいかもね」

 恵の言葉に動揺していた。もしかして、ライバルなのかなって思った。決して二枚目ではとは言えない大塚先生だけど、誠実そうで憧れてしまう。

「やっぱり、そう思う? 同級生たちとは違うさわやかさがいいんだよね」

 頬杖をついて、さっきまで大塚先生がいた教卓を恵は見ていた。

 さすがに、私は恵ほど大塚先生に好意を持っていないなと思った。そこまでうっとりした顔は、今の私にはできそうにない。

 そんな私が、教師になるんだと思わせるようになったのは、この直後であった。

「ねぇ、陽子って看護婦になるんでしょう?」

「うん、看護婦になって人の命を救うのだ!」

 私は、いつもそう言っていた。小さいころから、看護婦にあこがれていた。白衣を着て、患者さんに優しく接し、そして、患者さんの命を救う。なんて、かっこいいんだろう。

「看護婦って大変だと思うけど、まぁ、陽子なら平気かな?」

 こんなことを言っていた私が、何故教師の道を選ぶことになったのか・・・・・・。

 放課後、恵と私は、大塚先生にいろいろと話を聞くことにしてみた。ホームルームが終わると、二人揃って大塚先生のいる教卓へ行った。

 間近で大塚先生を見ると、とても背が高い。他の男子と比べても背が高く、今までこんなに背の高い男性を近くで見たことはなかった。ほんの少しドキドキしてしまった。

 教室をすぐに出ようとしていた大塚先生だったけれど、私たちに気がついてその場で待っていてくれた。その表情はにこやかで、学校の先生という職業が好きなのだろうなと思わせた。

「ねぇ、先生ってどうして先生になろうと思ったの?」

 単刀直入に聞いてみた。今、先生って仕事は大変だって思うし、つらいことも多いはずなのに、どうして中学校教師を選んだんだろう? って思って。

 大塚先生は腕を組んで、少し間をおいてから答えてくれた。

「そうだなぁ・・・、俺が中学のときの担任がすごく良い先生でさぁ、俺もあんな先生になれたらって思ったって感じだな。」

「へ〜。」

 恵がなるほどと言いたげにそう言った。

 その後、私たちは、いろいろな話を大塚先生とした。それが、ものすごく楽しかった。きっと、この時に私は先生に惹かれるものを感じていたのだろう。そして、私も教師になりたいという心の種を蒔かれたのだと思う。


 次の日も休み時間に質問をしたり、放課後には世間話などをしていた。たったそれだけのことなのに、とても楽しく感じた。

 まだ、恋だとは気付いていない自分。でも、先生と話がしたいと思う心。その心だけで、私は、毎日先生と話をしたのだった。

 1週間がたち、その週は私が教室の掃除当番になった。

「おっ! 今日から田辺は教室当番だな。しっかり、掃除しろよ〜!」

 放課後になると、すっかり仲良くなった私に大塚先生がちょっかいを出してきた。

「失礼ねぇ。私は、先生と違って、ちゃんと掃除します!」

「言ったな。目を皿のようにして田辺が掃除してるところを見るからなっ!」

「どうぞ、ご覧ください!」

 もちろん、私はしっかり掃除をした。しかし、先生も手伝ってくれた。

「頑張ってるじゃないか。」

「先生もね。」

 そう言いながら、みんなで掃除をした。私が、机を運ぼうとして、机をずるずるひきづっていたら・・・・・・。

「お前、ちゃんと持てよ。みんな、ちゃんと持ってるだろう。」

「重いじゃん!」

 そうなのだ。すべての机の中が空というわけではなく、教科書を置いて行っている人や、掃除中の人の鞄が置いてあったりして、重たい机が多かった。

「力ないなぁ。よし、俺が運んでやるから、しっかり掃くんだぞ。そのあとは雑巾がけな。」

「らじゃ!」

 優しいなぁ・・・・・・。怒られるかな?って思ったけど、怒られなかった。普通は、何が何でも机を持たせると思うんだけどなぁ。こんな私のことを女の子としてみていてくれてるんだ・・・。そう思った。クラスの男子とは大違いだ。


ズキンッ


えっ?


もしかして・・・、私・・・。


 この時に、初めて気がついた。先生に恋してるんだって。先生のやさしさに触れて、やっと気がついたんだ。教室掃除の当番にならなかったら、気がつかずに終わっていたかもしれない。そして、教師になることもなかったのかもしれない。

 そんなこんなで、2週間はあっという間にすぎてしまった。

「えーっと、今日でみんなとはお別れです。寂しいけれど、みんなからいろいろなことを教えてもらいました。俺からもみんなにいろいろなことを教えたつもりですが・・・・・・。俺が、みんなから教わったことのほうが多いかな? えっと、俺は、これから頑張って中学校の教師になりたいと思います。みんなも自分の夢をあきらめずに、頑張ってください。夢は、かなえるためにあるものだと思いますから。もし、道端で俺に逢ったら気軽に声でもかけてください。」

 先生は、照れながら最後のお別れの挨拶をした。

 私は、心の中で、たくさん先生には教えてもらったよって言っていた。そして、頑張って良い先生になってね! って。そう思いつつも、やっぱり、心の中では泣いていた。もっと、ずっと先生と一緒にいたかった。教育実習生なのに、とっても教育熱心だったし、優しかったし、明るくて、楽しくて・・・・・・。

「良い先生だったねぇ。」

 恵が言った。気が抜けて寂しそうに聞こえた。やっぱり、先生は誰から見ても良い先生なんだなって思ったら、ちょっとだけ嬉しくなった。

「そうだよねぇ・・・・・・。ちょっと寂しいよねぇ。」

「うん。ずっとあの先生に教わりたかったよねぇ。」

 先生は大人気だった。若いって言うのもあるんだろうけど、明るくて元気で優しくて・・・・・・本当に良い先生だったから。

 偶然に先生に逢える事を期待してみたけれど、結局、そういうことはなかった。でも、私は先生に逢う為に、先生に刺激を受けて、中学校教師になろうと決意した。


 そして、今、私は教員免許を取った。そう、大塚先生に逢う為に。大塚先生のような先生になりたい為に。看護婦になりたかった私を教師の道に変えてしまった。本当に良い先生だったから。教育実習生のときにあんなに良い先生だって思わせたんだから、きっと、今でもすごく良い先生でいるはず。

 大塚先生と同じ学校に行けるかな?それは、ちょっと難しいと思うけど・・・・・・。

 いつの日か、大塚先生に逢えますように・・・・・・。

数年前に書いた小説です。続編を近日公開予定です。

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