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18.一蓮托生



「清司、やめて!」

 私の悲痛な叫びにも動じることなく、清司はいつもの調子でのんびりと答えた。

「オレは神に仕える身だからなぁ。神の命令は絶対なんだ。ザクロが神に願ったことだ。神は願いを聞くのが仕事だから」

「私がやめてって願ったら聞いてもらえるの?」

 光明が見えた気がしたのに、清司は冷たく一蹴する。

「無理。一度受理された願いは願った本人以外に撤回できない。もっともただで撤回もできないけどな。神は代償なしで働かないものなんだ」

 神様ってギブアンドテイクなの? なんか腑に落ちない。私は眉をひそめて指摘する。

「それじゃ神社で気軽にお願いなんてできないじゃない」

「いやぁ、そういうのは全然大丈夫。そいつの交わしたのはただのお願いじゃなくて正式な誓約。神との誓約をたがえたら手痛い罰を食らうんだ。オレもこれに縛られてるから、うちの神様には逆らえない」

 なるほど。ザクロは神社でお賽銭払ってお参りしたわけじゃなく、神様に直接お願いしたということらしい。

 妖怪のザクロは人ならざるものとも交流できるということか。でも私にはどうすれば神様に直接お願いできるのかわからない。

 途方に暮れる私に、清司は今度こそ光明を与えた。

「何かを失ってでも撤回を望むなら、おまえがザクロを説得しろ。ただし、何かを失うのはザクロだ」

 お願いしたのもそれを撤回するのもザクロだから、代償を支払うのもザクロ。理屈はわかるけど、自分じゃないのが辛い。撤回を望んでいるのは私なのに。

 それでもザクロにいて欲しい。彼が何かを失うなら、私がそれを補えばいい。

 あんまり時間はないようだ。雲の中から現れた大蛇は、合図を待つかのように、清司の頭上で円を描くようにぐるぐると回り続けている。

 私は意を決して、ザクロに呼びかけた。

「お願い、ザクロ。誓約を撤回して」

「もう決めたことです。私が誰かを傷つけて頼子が泣くのを見たくはありません」

 即答することないじゃん。本当に私の言うこときかなくなったんだね。

 私がザクロを必要とすればするほど、依存度が高まりザクロは力を得るわけだから、自業自得といえばそれまでだけど。

 頑固というか、聞く耳持たないっていうか。大好きだったはずの穏やかな笑顔が恨めしい。

 知ってるはずの私の気持ちをまるっきり聞かない振りをして、ザクロは話を終わらせようとした。

「あなたの幸せを心よりお祈りいたします。どうか私のことは忘れて幸せになってください。頼子と過ごした日々は、今まで繰り返してきた主との生活の中で、一番幸せでした。その思い出と共に、私は永遠に眠ります」

 どうしてわかってくれないの? こんなにザクロを欲しているのに。

 どうして想いが伝わらないの? 命も心も繋がってるはずなのに。

 もどかしさに涙があふれ出した。

「いやよ。絶対いや」

 駄々をこねるように頭を振ると、ザクロは困ったような表情で静かに言う。

「泣かないでください」

 その時、私の中で何かが弾けた気がした。

 誰のせいだと思ってるの!? ザクロに慰められる筋合いはない!

「私を泣かせてるのはザクロじゃない。ザクロがどうしても眠るって言うなら、私は絶対幸せになんかなってやらない! 一生泣いて暮らしてやるから! 私を不幸にしたこと後悔すればいいわ!」

 泣くのを見たくないと言いながら、泣かせるようなことをしてる。矛盾したザクロの言動に私はキレていた。

「頼子……」

 さすがに焦ったのか、ザクロが手を差し伸べながら私に二、三歩歩み寄る。その後ろで清司が、冷めた目で見つめながらつぶやいた。

「おい、それ説得じゃなくて脅迫だろ」

 ザクロは気まずそうに私と清司を交互に見つめる。そして清司の隣にいる少女に目を留めた。

「……スサカガミヒメさま、いらっしゃいますか?」

「なんじゃ?」

 ザクロが話しかけた途端に、少女の表情ががらりと変わる。凛とした佇まいはそのままに、あどけなさの残っていた瞳が威厳をたたえ、口調も今時の少女のものではない。全身からは神々しさが漂っていた。

 清司の奥さんだと思ってたけど、神様だったの!?

 呆気にとられて見つめる私に、清司は頭をかきながら軽く説明する。

「いやぁ、うちのかみさんは神さんの器でもあるんだ」

 そんなダジャレはいいから。

 ようするに霊能者が霊を自分の体に取り込むように、少女が神様を体に取り込んでいるということらしい。

 少女に神様が降りていることを認めたザクロは、少女に向かって頭を下げた。

「わざわざ願いを聞いて頂いたのに申し訳ありません。私は頼子が泣いていると心が痛いんです。一生泣かれたら自分だけ幸せな夢の中で眠っていることなんてできません。この期に及んで恐縮ではありますが……」

 やばっ。キレて投げやりに言ったのに、ザクロが本気にしちゃったらしい。

 気が変わってくれたのは嬉しいけど、なんとなく後ろめたい。

 少女は腕を組み、こうなることを心得ていたかのように何度も頷く。

「わかっておる。おまえがその娘に懸想けそうしておるのは知っておったわ」

「懸想……?」

「なんじゃ、自覚がなかったのか」

 呆れ顔の少女を見つめながら、ザクロは胸に手を当てて首を傾げた。

「私は今まで主を好きとか嫌いとか考えたことはありません。ただ、頼子に対しては今までと勝手が違うっていうか……。この気持ちがそうなのですか?」

「おまえに恋人の身代わりを望んだ主もいたであろう。その主と自分を比べてみればわかる」

 少女にかみ砕いて説明され、ザクロはようやく納得したらしく、大きく頷く。

「……確かに、似ています」

 やっぱり恋愛感情を理解してなかったんだ。ていうか、もしかして初恋?

 主が望めば夜のお相手もするとか言ってたのに?

 私が密かに苦笑している間に、話はまとまりつつあった。

「では、誓約は撤回してよいな?」

「はい」

「そのかわり、当初の予定通り、娘との絆が切れた折りには必ずここに来い。加えておまえの妖力を半分もらう。そうしておけば悋気りんき(嫉妬)で人を傷つけたとしても大したことはできぬだろう」

「ありがとうございます」

 無事に誓約は撤回されたようだ。

 深々と頭を下げるザクロを見つめながら、清司が安心したように深く息を吐いた。

「やれやれ」

 そして着物の懐から小刀を取り出し、後ろで結んだ自分の髪を根元からばっさりと切り落とす。それを頭上に向かって放り投げた。

水蛇みずち、これで勘弁してくれ」

 清司の頭上で旋回していた白い大蛇は、放り投げられた清司の髪束をパクリと大きな口でキャッチする。そして身を翻し、雲の渦の中に消えて行った。

 空を覆っていた暗雲が散り、雲間から日が差し始める。

 空を見上げていた清司がこちらを向いた。目の前の結界に向かって手刀を真一文字に振る。その直後、結界が作り出していた光の壁が消えた。

 ザクロは少女に歩み寄り、上向きに広げられた彼女の手のひらに自分の手のひらを重ねる。重ねられたふたりの手のひらが一瞬目映く光り、そしてすぐに光は収束した。妖力を半分渡したのだろう。

 振り向いたザクロが心配そうな表情で、小走りに私の元へやってくる。私は夢中で彼を抱きしめた。

 ザクロもためらいがちにそっと私を抱きしめ返す。

「ザクロ。よかった」

「頼子、もう泣かないでください」

「だって嬉しいんだもの。バカね。ザクロがいない世界で私が幸せになれるわけないじゃない。こんなにザクロが好きなのに。知ってたでしょ?」

「はい。だから離れるべきだと判断しました。私では頼子を幸せにできないからです」

 それ、何度も聞いたけど、なんでそんなに卑下してるんだろう。

「どうしてそう思うの?」

「好いた人と夫婦めおとになって子を成し成長を見守ることが女の幸せだと以前の主に伺いました。私が人との間に子を成すことができるかどうかはわかりませんし、法律上私は夫婦になることができません」

「法律上って……」

 いったいどこからそんな情報を仕入れたの。テレビの法律相談番組あたりだろうか。

「そんな二百年も前の女が言ってること真に受けないでよ。幸せなんて人それぞれなんだから」

「頼子の幸せはなんですか?」

「ずっと、一生、ザクロがそばにいてくれること」

「かしこまりました。頼子を一生幸せにいたします」

 ザクロは腕をほどき、一歩さがって恭しく頭を下げた。

 顔を上げたザクロと笑みを交わし合う。そこへ清司が少女を伴ってこちらにやってきた。

「話はまとまったみたいだな」

「清司、髪切っちゃってよかったの?」

 不揃いでバサバサに短くなった髪をガシガシとかき回しながら、清司はのんきに笑う。

「んー。まぁ散髪に行くのが面倒で切りそびれてただけだし。他に水蛇にやれるものなかったしな」

 あの大蛇は神様の眷属なので、やはり代償なしでは使役できないらしい。呼び出したからには何か与えなければならないという。

「おふたりにこれを。うちの縁結びのお守りです。末永くお幸せでありますように」

 清司の隣にいた少女が、人懐こい笑みを浮かべて私の前にお守り袋を両手で差し出した。

 神が抜けたのか、すっかり普通の少女に戻っている。

「ありがとう」

 私は礼を言ってそれを受け取った。

「またいつでも、お立ち寄りくださいね」

 手を振る少女と清司に別れを告げて、私とザクロは神社を後にした。




 ワンルームの玄関を入ると、そこには大好きな赤い髪の執事がいて私に恭しく頭を下げる。

「おかえりなさいませ。すぐお食事になさいますか?」

 優しくて心配性で料理上手な執事は、私を何よりも一番大切にしてくれる。そして無償の愛で包んでくれる。

 これからも、ずっと一生。彼は私と神に誓った。





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