冒險十四話 勝負後の代償と戦利品
【黒曜の一族】…この世界では珍しい黒い瞳に黒い髪をした者を指す言葉なのだが、その言葉の意味にはもう一つ大きな特徴がある。
黒い瞳に黒い髪を持った者の多くは、この世界にはない技術や能力を持っているのだ。
技術や力の秘密を暴こうと学者はこぞって黒曜を調べた…しかし、彼らがそろって口に出す『チキュー』という言葉の意味さえも分からずに頭を抱えている。
黒曜の一族と接触して直接調べたいと動いている学者もいるのだが…もってした技術や能力に目をつけられて、ほとんどの黒曜の一族が権力者や金持ちにかこわれてしまっている…つまり、独占されて情報が表に出ない状態なのだ。
その為か、よほどの情報力や知識がある者でなければ黒曜の一族という言葉さえ知る事はできないだろう。
とある学者は、異世界からやってきたという異世界転移説をとなえているが…その真偽を確かめようにも黒曜の一族と出会うのは難しいのだ…
クロロは黒曜の一族についての噂は知っていた。
しかし本気にしていなかった…今日その目で見るまでは…
(あの形状…見た事もないが何の武器や?見たことのない技術やで…なんや?黒い髪、黒い瞳…見たことない技術?まさかやけど…)
「…黒曜の一族?本物か?」
「黒曜?…それ、マーズベルトさんも言ってた…」
「まさかマーズベルト=ウィズスか!?」
「知り合いですか?」
クロロは木から飛び降りてティアに近づこうとする。
「近づかないで!近づけば攻撃します…逃げても攻撃しますけど。」
クロロはすぐに動きを止める。
(つまり遠くまで攻撃ができるようになるって事やな…)
「すまんすまん。動かんから攻撃せんといてな。ついついなつかしい名前聞いたもんやから…」
「マーズベルトさんとは友達なんですか?」
(友達なら攻撃するのはマズイよね…)
「ちょいまった。人に尋ねたい事あるんやったら、まず自分から答えるんがスジやろ?」
「質問じゃなく尋問ですから一方的で大丈夫です。」
(くーっ…その返し方といいめっちゃ好みやわ。)
「尋問やったらもっと激しく攻めてくれんと答える気になれんで?」
(なんなの!?攻撃してやりたいけど…ココは冷静に…)
「ふぅ…私はギルドカードをつくる時にマーズベルトさんにお世話になりました。」
「あいつそんな事やってるんか!?にあわなさすぎやろそれ!あははははっ…」
「あなたとの関係は?」
「そんなにわいとあいつの関係が気になるんか?心配せんでもティアちゃん一筋やで。」
「拳銃発砲っ!!」
バンッ!
ティアは拳銃状に変化したラムネをクロロに向けて発砲した。
ただし、当てるわけではなくクロロの頬をギリギリかすめた威嚇射撃である。
ハラッハラッ
弾はクロロの髪の一部を焼き切っていて、切れた髪は地面に舞い散った。
(なんちゅースピードや!?マジヤヴァやな…)
「見ての通り、スピードが自慢のあなたでもよけれないでしょ?次に変な事を言ったら今度は当てますから。」
「あいつとは昔の友達や。大人の関係…詳しく話そか?」
(え!?大人の関係って…)
「いいです!…とにかく今は関係ないって事でしょ?おとなしく捕まってもらいますから。」
ティアは動かないクロロにゆっくりと近づこうとするが、後ろから服のすそをゼロに引っ張られる。
「…ダメ…」
「ちょっとだけ離れるけどすぐに戻ってくるから。」
「…ダメ…危ない…」
「大丈夫。おねぇちゃんの方が強いんだから。」
「…ティア…あ…」
(言わせんで!)
「ごちゃごちゃやりたいんやったらわいは席はずすけど?行ってもええか?」
ゼロの言葉をさえぎりクロロが挑発するようにティアに呼びかける。
「ダメ!両手をあげて動かないで!」
クロロはにやけながらゆっくりと両手をあげる。
「分かったって。おとなしくティアちゃんに捕獲されたるわ。やさしくしてな。」
(さぁ、近づいてくるんや…)
「変な動きをすれば今度は当てるからね…」
(大丈夫。絶対に逃がさない。)
ティアは改めてクロロに近づこうと動きはじめるが…
ズボッ、ドンッ!
「キャッ!痛っ…」
(…何がおきた?暗い?)
ティアが三歩程動いた先にはクロロがあらかじめしかけていた落とし穴があったのだ。
「いたたたっ…」
「ありゃ?ティアちゃんが消えてもーたわー。」
穴の上からわざとらしいクロロの声が聞こえてくる。
(くっ…落とし穴?ゼロ君はこの事を教えてくれようとして…私のバカ!)
「ラムネ!解除!足強化っ!」
ラムネは拳銃状から溶けるようにティアの足元に流れ落ちて、足元を覆ってしまう。
靴裏はコイル状に変形してバネのようになっている。
ビョンッ
落とし穴の底から飛び上がり一瞬で地上に戻ったが、そこにはクロロやダイアウルフ達の姿はなくゼロが立っているだけだった。
(…逃げられた!?もぉっ!…でも…)
「…ゼロ君大丈夫!?」
(無事だっただけ良かったかな…)
「…大丈夫…でもティアは大丈夫じゃない…」
銀髪の隙間から赤い瞳を心配そうに覗かせるゼロ。
その瞳の先には、血で滲んだティアの両手がある。
ダイアウルフの牙を止めた時うけた傷だ。
「大丈夫。こんなのすぐに治るから…」
「…その薬草…使って…」
「薬草?残念だけどおねぇちゃんは薬草持ってないんだ。」
「…薬草…」
「…え?」
(まさか!?)
ゼロはティアの腰元にあるポシェットを見つめている。
本来ならココにティアは、銀貨や銅貨やクリスタルや指輪など貴重品を入れていたのだが…あわててポシェットを開いて中身を確認すると…中身は全部なくなっていた。
正確にいえば、代わりに入れた覚えのない薬草と、何やら書かれた紙切れ一枚が入っていたのだ。
「わっ…私の全財産が…」
紙にはこう書かれていた。
『わいのティアちゃんが傷モノになったらあかんから薬草いれとくで。わいの愛が詰まった特別の薬草やから料金は特別料金でこの袋の中身だけで勘弁な。ネックレスは今度受け取りに行くから大事に持っといてや。黙っておらんくなっても心配せんといてな、必ず会いにいくから安心してええで。』
ティアは読み終わると紙をクシャクシャに丸めて地面に叩きつける。
「…絶対に…許さないんだからぁあぁっ!!」
ティアの悲痛な叫びはジャラシーの森の奥まで虚しく響きわたる。
それは、森の奥でダイアウルフの背中に乗って移動していたクロロの耳にも届いていた。
「あははははっ…ええ感じで怒ってんなぁ…」
クロロは盗みとったクリスタルを見ている。
ティアと粘着属性でくっついた時にすでに全部盗み出していた。
落とし穴にしてもあらかじめしかけてあった罠であり、クロロが狩りをおこなう狩場にはいくつもの仕掛けを前もってしている。
戦利品を見つめながらもクロロは考え込んでいた。
「グルルッ…」
「心配せんでも次はもっと上手くやるって…しかしクリスタル持ってるなんて珍しいな?あの戦い方といい、あの黒い髪も黒い目も…珍しいもんだらけや…」
(黒曜の一族…ティア…めっちゃめちゃ気に入ったわ…必ずわいのもんにしたんで!)
恐狼騎乗師はティアとの再会を誓い森の奥へと消えていく。




