冒險一話 丸い物体を連れた少女
大きな扉の前で深呼吸をしている少女。
「――ふぅ~、大丈夫……だよね?」
少女は自分の右肩にその黒い瞳を向ける――嫌、正確には右肩に乗っている半透明でゼリーのような丸い物体に話しかけているようだ。
「第一印象が大事ってジルおばぁちゃんが言ってたでしょ?」
少女は黒い長い髪を整え、首や指や腕につけたアクセサリーをチェックする。
冒険者というには心もとない軽装な服をはらいながら、身だしなみのチェックが終わる頃と同時に右肩に乗っている丸い物体がプルルンッと揺れた。
「――うん、そうだね! ここまで来たんだからやるっきゃないよね!」
少女が丸い物体に語りかけると答えるように小さくポヨンッと跳ねた。
ガチャッ、ギィーッ……
「こんにちわ!」
扉を開けると中には十人程の人がいた。
タバコを吸う者、酒を飲む者、ウロウロしている者――やってる事は様々だが共通して言えるのは、みんな鎧を着こなした屈強でムキムキな男臭い奴らだというとこだろうか?
あきらかに少女は浮いていた。
「あの、えっと……実は私――っキャッ!」
緊張していたせいか少女は何もない所でつまづく……
それを見ていた何人かの男達はとっさに助けようと動くが――誰よりも早く、丸い物体が動いていた。
体を大きく膨らまして少女の下に滑り込んだのだ。
ボヨヨーンッ
誰もが想像もしていなかった音が響く。
助けようとした男達は目を丸くさせ、それ以外の男達も聞いたこともない音に反応していた。
「……やっちゃった?」
「ぷっ」
「くっくっくっ」
「なんだよそれ? ひーっひっひっ」
「「「あっはっはっはっ」」」
クッションのように膨らんだ半透明なゼリーのような物体の上で横たわる少女――
男達はこの不思議な光景に笑いはじめていた。
少女は顔を真っ赤にさせながらも小さく深呼吸すると男達の笑い声に負けない声で叫んだ。
「私はココに騎乗師になる為に来ました!」
笑い声がピタリと止んだ。
「騎乗師だと? 相棒はどんな奴だ?」
「まさかとは思うけどよ……それじゃねぇだろな?」
男達が見つめる先には少女が立ち上がった後で、プヨプヨしながら縮んでゆく丸い物体がいる。
「私の相棒はラムネです。」
ラムネと呼ばれた丸い物体は少女の右肩にポヨンッと飛び乗る。
「それ……スライムだよな?」
「はいっ! スライムのラムネです!」
「「「ぎゃーっはっはっはっ!!」」」
男達は腹を抱えながら笑い出した。
それは涙目になる程である。
「ひーっひっ、やめてくれよ、腹が壊れちまう」
「どうして笑うんですか? 私は本気ですよ?」
「くっくっくっ、お嬢ちゃん冗談きつすぎるぜ」
「ここは遊びで来る場所じゃねーぜ? 遊びてぇならベッドで相手してやるよ――ただしスライムプレイはなしだからな、ぎゃーっはっはっ」
「ワシはスライムプレイ大歓迎だな――ぷっぷふーっ」
男達が笑い続ける中で少女はうつむいていた。
「おっと、泣かしちまったか?」
「お嬢ちゃんは騎乗師の事が分かってないようだからお兄さん達がやさしーく教えてあげてるんだよ? 分かる?」
「「そうそう!」」
「騎乗師ってのは人や物を乗せて目的地まで安全に届ける仕事だぜ? そのスライムで何百㎏も運べるわけねぇだろ? あっ、あれか? 手紙を届ける仕事なら三つ隣の建物に行きな…郵便屋ってとこだ!」
「「ぶはははっ!」」
「日にちや時間の指定もあるんだ……そのスライムじゃ隣町に行くだけで何日かかるか想像できるか?」
「三日だな」
「いや一週間だろ?」
「バーカッ、一ヶ月だよ!」
「「ありえるわーっ!」」
「途中で盗賊や魔物に襲われてもみろよ――女とスライムに何が出来るんだ? 護送って言葉の意味分かってねぇだろ?」
「それとも魔物と戦えるのか? そのスライムが? ぷふーっ」
「ひーっひっひっ、無理過ぎるだろ? 魔物の中でもスライムは最弱のFランクだぜ? 笑わせんなよ、ひーっひーっ」
少女は下を向いたまま動こうとしない。
「あんなぁ、意地悪で言ってんじゃないんだぜ? 騎乗師ってのは危険と隣り合わせなわけだ……だからこそ相棒選びが一番重要なんだよ。世界的に活躍する騎乗師なんてのはな、ドラゴンやペガサスやグリフォン…どいつもこいつもDランク以上の相棒がいるからこそだ」
「騎乗師は楽な仕事じゃねぇんだ……お嬢ちゃんの夢を壊して悪いだが今すぐ帰んな」
少女がゆっくりと顔をあげた。
少女は長い黒髪をなびかせて、黒い瞳を男達に向けた。
少女は泣いてなどいなかった――それどころか笑顔なのだ。
ゴクリッ
男達が生唾を飲む音が分かる……それ程にこの場にいる男達がみな魅力されるような笑顔だった。
だが、その笑顔からは想像も出来ない少女の言葉に男たちは驚く事になる――
「良かった~……私とライムで簡単に出来そうな仕事みたい。安心しました」
少女の発言で間違いなく空気が凍った。
あれ程に笑っていた男達が静かになり……そして鋭い目で少女を睨み付けている。
「今、なんて言った?」
「はい、皆さんのおかげで騎乗師としてやっていく自信がつきました。ありがとうございます。」
「ふざけてんのか?」
「ふざけてませんよ? だってそれだけの事で騎乗師になれるなら楽勝でしょ?」
「「なんだとてめぇ!」」
ガタガタンッ
座っていた男達が椅子を倒して立ち上がり、少女を囲むように近づいていく。
もちろん元々絡んでいた男達も少女に掴み掛りそうな勢いで迫っていた。
「ちょっと痛い目みないとわかんねぇようだな」
「謝るんならいまのうちだぜ?」
「謝った所で今からイタズラすんのはやめねぇけどな――くくっ」
「お前も鬼畜だよなぁ」
「自業自得だろ?」
「「ちげぇーねぇー!」」
鎧を着たムッキムキな男達に暴言を吐かれながら囲まれる少女……普通なら怯える場面だが、少女の黒い瞳には怯えなどまったく見えない――それどころか、今の状況を楽しむような輝きが見えていた。
「……覚悟の上なんだろうな?」
「もちろん。」
「今さら冗談ですなんて通じねぇぞ?」
「はい。」
「ったく……度胸があんのかバカなのかどっちだ?」
「バカなのは偏見を持った目でしか物事が見れないあなた達の方でしょ? 謝るなら今のうちですよ?」
「何ほざいてんだ?お嬢ちゃ――」
「――お嬢ちゃんではありません。私の名前はティア=フレアハート! 相棒はスライムのラムネ! 今日から大活躍して世界的有名となる最強の騎乗師……になる予定です。」
ティアの右肩でラムネはプルプルしていた。