第12章 ーAfter Darkー
陽がもう少しで眼の前にそびえる山にその身を隠そうという黄昏時
既に両軍が撤退した戦場のイデア平原にラルクは独りで来ていた
彼らの血を吸う大地に見渡す限りの両軍の兵の亡骸
体の一部を失った者、原型すら失ったしまった者様々だ
ここに横たわる者達は自分にはこういった終焉が訪れると思い描いていたのだろうか
「すまない…」
ラルクは亡骸の前に自分は彼らに対し言ってはいけないことを言ってしまったと思いながら跪いた
「ラルク?」
自分の名前を呼ぶ声がした
振り返るとシルヴィアが自分を夕陽のような紅で自分を見下ろしていた
「どうしたんですか?戦いは既に終わったのにこんな場所へ来て」
シルヴィアは自分の足元に特に注意を払わずにラルクに歩み寄る
「いや…勝ったのは俺達なのにたくさん人が死んだなって……」
目線をシルヴィアから外しながら言う
…勝った?
最悪の勝利の味だな…
ラルクはそう思いながらシルヴィアの言葉を待った
「ですが、被害は相手方の謀反軍の方が大きいですね。僕達連合軍側の被害は最小限に抑えることが出来ました」
シルヴィアがいつものように淡々と話す姿にラルクは胸が抉られるような感覚がした
「シルヴィア…」
違う、違う…!
そうじゃないんだ…!!
しかし、"シルヴィアは何も感じないのかよ?!"と聞いたら迷うことなく
"感じない"と返ってくると想像すると怖かった
「俺、たまに思うんだ…感情が無ければなって……」
遠まわしにそう言ってみた
真正面からそう聞く勇気がラルクにはなかったからだ
だからそういう表現でシルヴィアがどう反応するか試してみた
するとシルヴィアは遠くの方を見つめるようにして口を開いた
「そうですね、僕もそう思います。感情なんていうものは無い方がいいですね。感情が無ければ幾ら人を殺したとしてもそれに苛まれることはありませんからね」
その言葉をシルヴィアの唇を通して受け取ったラルクは
自分の手から血の気が引いて行くのを感じた
その言葉が憎むべき仇や悪党だったらこんな感覚は味わわないだろう
ただ、はシルヴィアの唇から出たこの言葉の感触は…
怒り?
いや、違う。
これはシルヴィアや他の仲間の場合でも当てはまる感情…そうだ、
これはきっと哀しみというやつだ
それも、手の届かないすれ違いだ
「シルヴィア…お前本気でそう思ってんのか…?」
ラルクは声を低くして聞き返した
本当は否定して欲しかったのだ
「戦場において1人の人間というのは全体の一部の歯車に過ぎません。壊れれば取り替えるし、もし歯車が私情をもって勝手な動きをすれば全体が狂っていきます」
「違う!!シルヴィア、お前はこれを見て何も感じないのかよ?!!」
一瞬シルヴィアは黙り込んでから一瞬の沈黙を経て再び口を開いた
今度はその唇からどんな哀しみが奏でられるのだろうか
「ラルク、これは戦争です。僕達の知っている常識というものはここでは通用しません」
シルヴィアのその言葉はラルクの体から力を奪い取っていった
どう返していいかわからずラルクはただ言葉にならない感情を眼で訴えるしかなかった
「ラルク、そろそろ戻りましょう。敵の残党が出て来ても厄介です」
シルヴィアは何事もなかったかのようにラルクに背を向け陣営へと真っ直ぐ歩いていった
「シルヴィア…何も、感じないのかよ…」
ラルクは小声で呟きながらもシルヴィアを追って陣営へと戻っていった




