第10章 ーFate of the Judasー
振り向くと長い黒髪と服は濡れ毛先からは水滴が滴り落ちている
「あぁ、別に隠すつもりはなかったんだけどね。アタシはルアだ。このミラク海域で海賊やってんだ…つってもこいつらと変わらずここらの治安を守る傭兵みたいなもんだけどね…」
みるからに海賊というような風貌のルアは彼女の仲間に混じる黒獅子達を見る
「手前ぇらの船が行っちまった後ちょうどルアの船が港に入って来てなぁ、命拾いしたな!」
ゲルダはラルクの前にしゃがむルアの頭を乱暴に撫でる
「ったく…なんで女海賊のアタシ達が野郎共を船に乗せなきゃなんないんだい!」
ルアはゲルダの手を彼女の頭からどける
「俺達がミラクを制圧してなかったら港に入れてなかったと思うけどな?ルア」
ゲルダにそう言われるルアは嫌そうな顔を浮かべる
「そうじゃなくてもこの女海賊団"人魚の歌"の首領のルア様があのヒモ男のハーロットに一発くれてやってたよ!」
「半魚人の間違いじゃねぇの…?」
「何か言ったかい?!」
ルアは拳を握りながらライカを睨む
「水掻き付きですか…」
「おいガキンチョっ!」
ついでにシルヴィアにも睨みを効かせる
「半魚人ってなんですか?」
「セレン様、半魚人と言うのは………」
「つっこむとこそこかよ……」
「それはそうと、そのハーロットですが今頃はあの船と共に海の底ですね」
シルヴィアの言葉にさっきまでハーロットと戦った光景が思い出される
「やはり仕留めたか…?」
ゲルダの眼が鋭くなる
「正確に言うと、あいつが俺達と一緒に心中しようとしてなんとか俺達だけ逃れたんだけどな…」
ラルクがシルヴィアの話しを補足する
「そうか……よくやった…」
ハーロットが死んだ、その報告だけ受けるとゲルダはその場を何も言わずに去っていった
「あぁそうだ、仕方ねぇからアンタ達をルシア側の港のニンフまで送ってやるよ」
ルアは溜息交じりに提案した
「いいのか?他の船員達は?」
一応聞いてみる、せっかくミラクに上陸出来たのにすぐにまた出航では色々と都合が悪いだろう
「いんだよ、さっき必要最低限の船員以外は降ろしてきたからね、久しぶりの陸ではしゃいでんだろ。それにここからニンフだったら2日もかからずに
着くしな」
そう言いながらルアは左手を挙げて去っていった
それから陽は地平線に沈み空が薄暗くなり始め海もその色を紺碧に変え始めた頃
ラルクがルアの船の甲板に風を受けようと出てくると
メリッサが壁にもたれかかり座りながら惚けているのに気づいた
「どしたメリッサ?船酔いか?」
ラルクが呼びかけるとメリッサは一瞬瞬きをしてラルクに視線を向けた
「あ、ラルク。ちょっと考え事…」
メリッサはそう言って前に投げ出していた両足を抱えこんだ
「今日に限って珍しいな、船で流された時に頭でも打ったか?」
「それどういう意味?」
メリッサは少しむくれ
そしてひと呼吸置いて再び口を開いた
「ねぇ…ハーロット、本当に死んじゃったのかな?」
メリッサにしてはやけに静かにそう言った
「さぁな、さっきシルヴィアが俺達は運良くハーロットかアルトが開けた穴から上手く出られたって言ってたけどな。逆にハーロットは完全に水に飲まれてたし、命は無いだろ」
そう考えれば自分達が助かった事に説明がつけられる
「そっか…でも、でもだよ?もしかしたらさ、ハーロットはアタシ達と同じでこの戦いから自分の仲間達を守りたかったのかな?だからアタシ達にたった1人で挑んだのかな?」
ラルクはメリッサの言葉に一瞬黙った
薄々ラルクもそれは感じていたからだ
メリッサも同じように感じているとは思わなかった
「そうかもしんないな…けどアイツのやってる事は裏切りだ、俺はそんなのが正義だとは思わないけどな…」
メリッサはそれを聞いて眼を伏せた
「じゃあ…アタシ達のやってる事は正義だって言い切れるのかな…?」
メリッサはラルクを澄んだ茶色の瞳でまっすぐ見つめた
「そうだな、メリッサの言うとおりだけど俺はなんの罪もないセレンに戦いを終わらせるために死ねとは言えねぇよ」
セレンは被害者だ、そのセレンが誰かの都合によって犠牲になるなんてラルクには許せない
「それはアタシだってそうだし、みんなそう思ってるよ…」
よほどハーロットのあの言葉が14歳の少女の心を惑わせているのだろう
「やっぱりやり方を間違えるとちゃんと伝わらないんだね」
「そういう事かもしんないな」
例えハーロットとラルク達の目的が一致していたとしても彼のやり方は許されるものではない
「ハァーァ…難しい事考えてたらなんかお腹空いてきちゃった!なんかライカに作ってもらおっと…じゃあねラルク!」
メリッサは勢いよく立ち上がり
いつものように元気よくラルクに手を振って船室に戻っていった
それを見届けたラルクはメリッサの居た場所の壁にもたれかかった
「…アイツ、一体何がしたかったんだろうな……」
思わずそんな言葉がハーロットの沈んでいった海に投げ入れられる
「んな事考えたって分かりゃしねぇよ」
その声に振り向くとルアがラルクに歩み寄ってきていた
「聞いてたのかよ…」
ラルクの言葉をよそにルアは甲板の手摺に肘をかけ深い紺碧の海に視線を落す
「あのませたちびっ子から聞いたよ、ハーロットの奴とうとうガルシアを裏切ったんだってね」
「あぁ、まぁ今となってはアイツの動機も結局なんだったんだか…」
ラルクもルアの左隣で手摺に肘をかける
「アイツは昔っからこの国のやり方が気に食わなかったんだとさ…」
そう言いながらルアは短く溜息をつく
「そういやそんな事言ってたな…そんなにガルシア王のやり方が気に食わないのかねぇ」
確かに本人の口からもラルクはそう聞いた
しかし、腑に落ちない点もいくつかある
「アイツがそう言ってたのは先代の王の頃からだ、だからこれが裏切るいいきっかけになったんじゃねぇか?」
裏切り者の末路がこれかとラルクは視線を紺碧の海の中へと落とした
「意地でも俺達の側には付きたくなかった……か」
そんなハーロットの思惑と謀反軍側の貴族院の企みが一致したからこのような結果を生んだのだろう
そして、海の紺碧は月が昇るにつれて黒く染まっていった




