第8章 ーinto the Labyrinth of Darknessー
「んで、ここはノスタルギア回廊つって大昔に造られた地下通路らしいぜ?」
ライカの声は延々と続く冷たい闇の中をゆっくりと抜けていく
声が反響する壁に手を触れてみると
かなり大雑把ではあるが人の手で掘り進められた跡が確かに残っている
「じゃあここを抜ければダンケルク城に潜り込めるのね?」
だが、アルトの声に対する反響の大きさからすると先はまだ長そうだ
「道を間違えなければねぇ、実はこの回廊、いろんなとこに繋がってるらしいんだ」
「他にはどんな場所に繋がっているんですか?」
セレンは知識欲をくすぐられたのかメリッサに質問で返す
「う~ん…ホントは軍事機密だから話しちゃいけないかもだけど、経路が分かってるのはダンケルク城、岩窟島とそれから西のラメント砂漠ぐらいかなぁ……あ、あとは噂だとレギオンとアークの王城にも繋がってるらしいよ?」
メリッサが指をおりながら答える
「そんな大事な事を僕達に話してもいいんですか?」
シルヴィアは疑るような視線を送る
こんな事を仲間であれ他国の者に知られてしまえば
いずれ、それが仇に可能性も無い訳ではないシルヴィアは言いたいのだろう
「いいんでない?軍事機密って言えば聞こえはいいけどさ、ノスタルギアの経路は複雑過ぎて把握してる奴なんて軍の上層部や地理学者の中でもほとんどいないって。それに……」
そこでライカが言葉を濁らせると
ライカの最後に口にした言葉が闇の彼方で小さく消えていき
変な沈黙がラルク達の間に流れる
そして、沈黙の中でラルク達は広い場所に出てきた
その場の形状を確認すると10ばかりの別れ道がラルク達を招き入れようと待っていた
「それで、さっきの続きは?」
ライカの言葉の濁りが気になったアルトはラルク達の1番後ろで立ち止まった
「噂では新しい経路を見つけようとした冒険者や軍から派遣された調査員は次々と行方不明になったらしいです。元々、ここノスタルギア回廊は昔から異世界に通じる道があると言われているらしく…」
シルヴィアがライカに代わってそう説明している内に
アルトの白い頬は段々と固まり始めた
「そ、その人達は……?」
アルトが心の準備をしながらシルヴィアに恐る恐る結末を聞こうとすると
アルトの背後の闇に紛れ込む人影があった
「みーんな引きずりこまれちゃった……」
「キャァッッ…!!」
メリッサに耳元で囁かれた
アルトは短く悲鳴を上げ両耳を塞いでその場にしゃがみこんだ
「おぉ!なかなかかわいい声だすねぇ」
メリッサは十分過ぎる程乙女な反応をしたアルトの顔を覗きながら楽しそうな笑顔を浮かべる
「お、おいおい…そ、そんなのただの迷信だろ…?」
この話しはライカにも効果的だったようだ
そんな少し砕けた雰囲気の中
靴底が交互に地面を叩く音がその場の雰囲気を張り詰めさせる
「誰か来ます…!」
ラルク達の中で1番最初に気づいたシルヴィアが武器を構えた途端
地面を叩く靴底の本体がその暗闇からラルク達を照らす灯りの中に飛び込んでくる
「ッ…!?」
シルヴィアは相手が見えないながらもなんとか受け止める
相手が敵だと判断したラルクも剣を抜きその人影を突くがバク転で瞬時に距離をとられる
「話しの途中に水を差して悪いね、オチてからの方がよかったかな?」
その人影は闇の中に紛れ込むための黒いマントを脱ぎ
長い四肢とその端正な姿を現す
「ハーロットッ…!?」
ライカの呼ぶ彼の名が響き渡る
そして、彼の四肢が光を放っている様子からすると
ハーロットはライカと同じ魔導体術を駆使して戦うようだ
「心配しなくてももうオチましたよ、そちらこそこんな所にまで探検にくるとはよっぽどの物好きですね」
シルヴィアが軽く挑発してみると
ハーロットは喉の奥からククッと笑いを漏らす
「久しぶりに君達の顔が見たくなったんだよ。それに、父親を眼の前で殺された哀れな傭兵が今どんな顔をしているのかも気になるしね…?」
ハーロットの視線はラルクの心に怒りを注いだ
体の内側から抑えられない熱と震えが湧き上がりラルクの体を操り
剣の柄を強く握りしめ引き抜く
「ッ…!!」
「ラルク!挑発にのるなっ!!」
アルトの制止など今のラルクにとってはとるに足らなかった
今従うべきなのは体を操る怒りという熱と震えなのだから
ラルクは剣を斜めに斬り上げるがハーロットはそれを最小限の動きでかわし
ラルクの剣を持つ腕を右手で抑えて左肘を折りたたんでラルクの右頬にぶつける
「グッ…!!」
剣で斬られたような痛みと裂傷が頬を滑るように拡がっていく
ラルクは頬の亀裂から血を流しながらめバク転で距離をとり
その反動で前方への宙返りをしてハーロットに向かって剣を振り下ろすが
またも、光を放つ手で剣を掴まれ足を引っ掛けて転倒させられる
そこにシルヴィアが踏み込みナックルダスターを装着した拳を繰り出すが
ハーロットは頭をずらしてシルヴィアの懐に入り込み右の脇腹を殴り
殴られたシルヴィアは小さく呻き声を上げてその場に崩れる
「この前逃げた落とし前はキッチリつけてもらうぜっ!!」
次は、ライカがハーロットに向かって飛び上がりながら回転し頸部を落とす
「さぁて、この前っていつの事だろうねぇ」
ハーロットは悪戯な笑みを浮かべながらかわし
着地して大勢を崩したライカに飛び膝蹴りを出すが
ライカはなんとか上体を反らしてギリギリの所でかわす
そして、ハーロットは空中で一回転して着地し
すかさず、セレンとメリッサを守るアルトに向かって突進していく
対するアルトはハーロットがこちらに向かってくる事を想定し詠唱を既に始めていた
ハーロットが眼の前に迫ってくる頃には詠唱が完了し
地面が鋭い槍のように隆起しハーロットの体を貫こうとするが
彼はそれさえもかわしてアルトの槍の追撃さえも難なくかわしてしまう
「さっきから僕に触れてすらいないみたいだけどどうしたんだい?嫌われてるのかな?」
ハーロットの舞う様な動きはラルク達を一緒に踊りに誘うような動きであったが
きっと彼はまだ本当の力を出していない事はラルクにも容易に分かった
そんな厳然と立ちはだかる力の差を感じている最中
光のようにハーロットに肉薄する影があった
その影は黒の顔を覆い隠すフード付きのマントを身に纏い
瞬く間にマントの隙間から除く片刃の剣を抜剣しハーロットを一閃する
突然の事でハーロットは辛うじてかわしたが
左の頬に小さな裂傷が走った
「アイツ…!」
次の瞬間にはハーロットを囲むラルク達とその真ん中には勿論ハーロットと
ラルク達の岩窟島における窮地からラルク達を救ったマントの男が立っているといった状況だった
今日の彼はラルク達の味方としてハーロットに対峙しているのだろうか
それとも………?
「やれやれ…また君かい?最近僕の周りを嗅ぎ回っているみたいだけど、生憎僕は美しい女性にしか興味がないんだよね…」
ハーロットは頬の傷から流れる血を人差し指に伝わせて舌でそれを舐めとる
「…………」
男は少しの沈黙のあと再び男に肉薄し抜剣し
ハーロットは男の剣を止めるため前蹴りをだすが男は剣で払い
それを皮切りにハーロットとマントの男の乱舞が始まった
戦いの最中でありながらラルク達は2人の攻防に見入ってしまっていた
普通では戦いというものは負の感情のぶつかり合いで
見ている側の者は恐怖を感じる事も少なくない
だが、この2人の戦いは美しい
それは舞台で繰り広げられる演舞のように見る者を魅了する
そして、ハーロットの拳と男の剣がぶつかり合い
それを最後に2人の乱舞は終演を迎える
「なぜ本当の力を出さない……?」
マントの男は低く落ち着いた、どこか寂しさを覗かせるような声で問う
「君こそ僕とこんな演舞まがいみたいな事して……力づくでも僕に聞きたい事があるんじゃないのかな?」
問われたハーロットも口元に笑みを浮かべながら答える
「さぁ、知りたかったら僕を捕まえてごらん!」
ハーロットが指を鳴らすと暗い通路の深奥から40程の大鴉が出てきた
「さぁ、君達も僕の相手ばかりしていていいのかな?」
ハーロットは笑い声を上げながら闇の奥へ紛れて消えていった
「カラスって鳥目じゃなかったっけ?」
ライカがふぅと息をつきながら陣形を整え直す
「ライカ、ふざけてる場合じゃないぞ」
アルトも再びメリッサとセレンを背にする
「僕が魔術で敵を撹乱しますから、ラルクとライカはいつも通り斬り込んでいって下さい、アルトは後方支援をお願いします」
シルヴィアもテキパキと指示を出しながら魔導書の魔術陣に手をかざす
「俺も力を貸そう……」
ラルク達と大鴉の間に立つマントの男が意外にも協力を申し出て来た
「力貸すってお前……分かった、協力してくれ。相手はみんな魔導体術使うから後衛に手が伸びないように戦ってくれ」
男はコクリと頷く
素性はよくわからないが
言ってしまえば今の状況は俗に言う万事休すという状態だ
協力してくれるなら素性にこだわっている場合ではない
「よし、いくぞっ!」
ラルクの合図と同時にシルヴィアの詠唱が完了し
氷の槍が閃光のように飛んでいき大鴉達の闇にまぎれる翼を貫いていく
そして、陣形が崩れたところに前衛の3人が踏み込んでいき確実に各個撃破の戦法をとった
いくら三大傭兵団の大鴉の爪の団員と言えど
やはり首領のハーロットと比べればかなり動きが劣る
マントの男の鮮やかな剣術の前にはなす術なく羽を散らしていく
そうこうしている内に勝負が決し
残りの鴉達はもと来た闇の中へと帰っていった
「あの、ありがとうございました。でも、どうしてこんな所に…?」
セレンは右手に持った鞘に剣をゆっくり収める男の顔を覗きこむが
その場の暗さのせいか彼の顔を見る事は出来ない
「あの男を追っている……」
男はハーロットの消えていった先を見据えながら答える
「まさか…アタシ達のあとつけてた…?」
メリッサが恐る恐る身を屈めて彼の顔を覗きこみながら聞く
そのやり取りを見ているライカの眼も自然と鋭くなる
「またいつか会うだろう………」
男は噛み合わない台詞だけを残しラルクが止めるのも構わず黒い虚空の中へと消えていった




