第8章 ーDetermination of the Princesー
翌朝、ラルクが作戦本部に入ると既に皆が揃っていた
いつもラルクが来るのは1番最後だ
「来たか、始めよう」
シリウスは皆が揃ったのを確認すると卓上に広がる地図に手を伸ばした
「まず、謀反軍が現在占拠していると見られるダンケルク城だが、もう既に黒獅子の牙が周辺に到着したとの報せが入った。私達もこれから敵の視野の手前まで移動し、深夜から作戦開始する」
そう説明しながら
次にシリウスはダンケルク城の攻略を議論すべくダンケルク城内の図を広げる
「もし、夜まで待たせるのなら逆に血の気の多い黒獅子の士気が下がるんじゃないでしょうか?」
一国の軍の頂点に立つ将に向かって意見をするシルヴィアの姿に少しひやっとした
「さっすがシルヴィア君!よく分かってらっしゃる」
ライカもシルヴィアの意見に便乗する
「確かに黒獅子の人達にそれはキツイ注文かも……」
メリッサも苦笑いを浮かべる
確かに待機を命じればゲルダが憤激する姿が容易に眼に浮かぶ
「ではどのようにすれば…?」
クラウディアはダメ出しを受けたにも関わらず和やかにシルヴィアに聞き返す
「単純な方法は彼等に思う存分に戦わせる事ですね、その辺の援護は僕達が引き受けさせてもらいます。勿論、ルシア軍にも戦果が出るようにね…?」
少し嫌味な言い方でシリウスを見る
「シルヴィア!……全く…」
アルトはシルヴィアを肘で小突くがシルヴィアは一向に気にしていない
「それは良かった、それなら私達も黒獅子の牙に協力できる。それで、他にも策を考えているのか?」
シルヴィアは嫌味を言ったつもりが
シリウスはその嫌味が無かったかの様に爽やかに返され少しつまらなそうにする
「まず僕達が城内に潜入し、セリエ女王の捜索にあたります。それが済み次第城門を中から開門するという手筈を考えています」
「………策自体は悪くないのだが、潜入はやはり夜中の方が良いのではないか?」
シリウスの言っている事は正論だ
シルヴィアの提案する策は戦術の常識から外れている
城内の侵入経路もはっきりしない上に潜入は真昼間なのだから
何か考えがあっての事だとシリウスも気づいているかもしれないが
建前上シルヴィアに質問しているのだ
「あぁそうそう、侵入経路なら問題無いんでない?ほら、ダンケルク城って切り立った険しい崖に面してる天然の要塞みたいなもんでしょ?だからそれを利用した隠し通路が用意されてんだよ」
「でもライカ……その…あの通路は軍事機密でしょ?マズイんじゃない?」
意外にもメリッサがライカの提案を止めようとする
メリッサの様な性格でもやはり軍事機密までいくとかなり絶対的な意味を持っているようだ
「まぁ……ラルク達だけならいいんでない?他言無用って事にしてくれりゃあさ、そもそもガルシア王から依頼受けてるわけだし」
「適当ね……でもこの前から私達潜入の様な事ばかりしていない?」
この人数のせいという事もあるが
騎士は白兵戦が主な騎士のアルトからすると慣れない事のようだ
「いんじゃねぇの?俺達らしいっちゃ俺達らしいだろ?それにこっちはこの手の専門家のライカがいるから真昼間でも潜入できるしな」
「まぁ潜入とか陽動ってのは特別師団の得意分野だからな」
ライカは頭を掻きながらわざとらしく照れたような仕草をする
「腐っても一応隠密機動の師団長だからな」
「タダじゃ褒めてくんねぇか…」
ライカの照れの笑顔は苦笑いに変わった
「それで、どれくらい時間はかかるの?」
「そうだなぁ………まぁ、日没ぐらいまでには片付くんじゃない?」
ライカはアルトに向かってウィンクして見せた
「では、私達も開門と同時に突入できるように準備をしておこう。任せたぞ」
シリウスはセレンに一礼すると天幕を出て行った
「それじゃ、アタシ達も行く?」
「…あの………?」
ここで初めてセレンが口を開いたが
大体言いたい事は皆が分かっていた
「セレン様、今回はお留守番ですよ?」
クラウディアが笑顔でセレンに釘を刺す
「あ、クラウディア違います…みんなが出発するのでお見送りしたいんです。ダメ…でしょうか……?」
セレンはクラウディアの表情を伺う様に上目遣いで彼女を見る
「そうでしたか、疑ってしまい申し訳ありません」
クラウディアは意外にもあっさりと疑うのをやめた
普段セレンは素直にクラウディアの言う事を聞くからだろうか
「いえ、すぐに戻って来ますね」
セレンは笑顔で言うと彼女が先頭となって天幕を出て行った
「んじゃ、セレン行ってくるわ。父さん母さんと宰相の事、心配しないで待ってろ」
陣営の出口まで来たラルク達はセレンを振り返る
「へ?私も行きますよ?」
セレンは自分が今回ついていくのがさも当たり前であるかのように言う
「セレン様いけません!!シリウス将軍からも言われているでしょう?!」
アルトじゃなくても今のセレンの言葉には誰もが騙されて安心していた
「ダメだセレン、今回は敵の拠点にこの人数で乗り込むんだから危険に決まってんだろ?」
「でもっ…!!」
セレンはいつになく強い口調でラルクの言葉を遮った
「私、本当の事を知りたい…!ただ報せを待っているだけなんて嫌っ…!!ちゃんと真実と向き合いたいんです!!」
彼女の茶色の瞳には普段ラルク達の持つ覚悟と言っていい程の光が宿っていた
その場に彼女の瞳に宿る光を遮れる物をラルク達の中で誰も持っていなかった
「そんじゃあ、一緒に来るかい?…いいだろラルク?」
ライカはセレンの頭に手を起きラルクを見る
いつものような女性の頼みだから、というわけではなさそうだ
「どうだ?アルト、シルヴィア?」
「……セレン様がそこまで言われるのなら仕方ないだろう…?」
「足でまといにならないのなら僕は別に…」
セレンの身に危険が及ぶ可能性があるからアルトが渋るのは仕方ない
シルヴィアは作戦に支障をきたさなければという条件だが一応了解はとれた
「それじゃあ決まりだねっ!」
どうやらメリッサには改めて聞く必要はないようだ
それから2刻程
ダンケルク城の隠し通路があるという場所にラルク達は向かっている筈だが
どうも隠し通路の気配はしないし
道中にあった森の深い所まで入って来てしまった
「なぁライカ…」
「あん?」
「お前ってさ、もしかして方向音痴…?」
陣営から出てダンケルク城の逆方向に来てしまえばそうも言いたくなる
いや、むしろ逆方向に向かった時点で止めるべきだったと少し後悔すらしている
「バカだなぁラルク、隠し通路は隠されてわかんない場所にあるから隠し通路なんだよ」
バカはお前だ、と言いたくなった
「じゃあ、あれか?わかんない場所にある隠し通路がわかんなくなっちゃったクチか?」
「おっと…そう来るか?」
ちょっと悔しくなって言い返した
それに普通に考えて切り立った岩壁に面しているダンケルク城なら
隠し通路はその岩壁の中にある筈だ
とは言っても、案内しているライカ自体普通ではないからと半分割り切れていたりもする
「ねぇライカ、あれじゃなかったけ?」
メリッサが木漏れ日の柔らかい陽に照らされる小さな小屋を指差す
ライカに引っ張られて中に入ってみるとやはり外見通りの普通の小屋で
蜘蛛の巣や置いてある物には埃がかぶっていて
隠し通路があるなどとは微塵も感じさせない雰囲気だ
「ライカいい加減にしろ、見つからない隠し通路をどうやって使えと言うんだ?」
散々焦らされたアルトはライカを睨む
当の本人はそれを楽しんでいるようだが
「へいへい、怒ってるアルトの顔見てるのもいいけど。時間もねぇしさっさと始めますか…」
ライカがメリッサに目配せをするとメリッサはニコッと口角を上げ魔導書を取り出す
「それじゃ、今から始めるからみんなアタシの近くに集まって」
言われるがままメリッサの周りに集まると
メリッサはラルク達が自分の近くにいる事を確認し詠唱に入る
詠唱が終わるとラルク達の足元に囲うように魔術陣が結ばれ蒼い光がラルク達を包み
次の瞬間には意識が遠退いていった
眼の前から蒼い光が段々と弱まっていくと
強い光を受けていたからか辺りが自分の姿さえ見えないくらいの闇と冷たく湿った空気の中に
ラルク達は放り出されていた
「ここどこだよ……ッ…!?」
ラルクの額に鈍い音をたてて何かがぶつかった
「すまない、大丈夫?」
どうやらアルトの頭だったようだ
「メリッサいるかぁ?また失敗してどっか消えたりしてないよなぁ?」
ライカは手探りの中で見つけた細い腕を腕を抱えこんだが
「ライカやめて下さい、僕にはそっちの気はありません」
「アルト~どこですか?……わっ…!……あれ?アルトの胸こんなに小さかったでしょうか…?」
セレンは眼の前に触れた柔らかい感触を手探りで確かめる
「セレンそれアタシ………」
混乱している中でシルヴィアが光の球を浮かび上がらせ視界をつくる
「あれ?やっぱりアルトじゃない…」
視界ができてようやくセレンはメリッサの体を触っていた事に気づいた
「もうお嫁に行けない……」
メリッサは胸を押さえながら肩を落とす
「大丈夫だ、もしそうなったら……いや、やっぱやめとくわ…」
ライカはその浅い褐色の肌を人差し指で掻きながらメリッサから眼を逸らす
「なになに?最後まで言ってよぉ!」
メリッサが期待に胸を膨らませながらライカの服の袖を引っ張る
「おいライカ、本当にここであってるんだよな?気がついたら冥府の彼方でしたってマヌケはごめんだぞ」
メリッサとライカがいちゃついているのを他所にラルクが確認する
「あぁ大丈夫大丈夫、そんじゃあさっさと行こうや…」
ラルク達はひっそりと沈黙の中に漂う闇の中へと足を踏み入れていった




