第7章 ーthe Raven's Nestー
そして日が暮れ、闇と光が入り混じる黄昏時
ラルク達はライカの案内でミラクの外れにある館らしき建物の前に来ていた
館の周りは深い緑の葉を持つ樹々に囲まれ
怪奇小説にでも出て来そうな雰囲気の不気味な館だ
「ここが大鴉のアジトなの?」
アルトが樹々の陰から館を覗き込みながら
案内役を買って出たライカを見る
「そんなとこだな、ハーロットは普段はミラクの領事館にいるけど、大鴉の拠点はここ…ってわけ」
ライカも見張りに見つからないように足音を消しながら様子を伺う
「ハーロットいるかなぁ…?」
メリッサの言うとおり彼の消息を辿りに来たのだから
いないと困るが
いたらいたで戦いになったら勝てるという保証もないわけだ
「まぁ、とりあえず聞いて見ようや」
またもライカが見張りに注意していたにも関わらず
館の門へと走っていく
「また先程と同じ手ですか……」
「エルクの時みたいに侵入するよりかはマシかと……」
旅の始めならセレンは皆を止めるはずが
苦笑いを浮かべながらライカ達の背中を追いかけていく
「何だお前達、何の用だ?」
人目につかない立地のせいか
館の首領のハーロットの力を形容する広い門に見張りは1人しかついていなかった
「俺達はハーロットに用があるんだ、会わせてくれないか?」
と言って…はい、そうですかと通してくれないのは当たり前だが
半ば社交辞令のように聞いてみた
「ハーロット様は不在だ、帰れ…」
こちらが社交辞令なら相手も社交辞令で返してくる
そんな事はラルク達には当然想定内で
ラルクはアルトに目配せをし
アルトはウインクで返す
「嘘言っちゃいやぁ…ホントの事言ってぇ……?」
アルトは彼女の細い指先で見張りの男の鎖骨の辺りから顎までなぞり上げ
艶のある声で耳元に甘~く囁きかける
囁かれた男は羞恥に顔を紅くし
その熱をアルト達に悟られないように顔を離す
「うっ、ウソでは…ガハッ…!!」
見張りの男がその場に崩れ落ちた
ピクピク体が痙攣しているから気絶程度で済んだようだ
「肘って……もうちょっと優しいやり方なかったのかよ?」
ラルクは苦笑いしながら肘をさするライカを見た
「いやぁ、肘打ち久しぶりに使ったから当たるかどうかドキドキだったわ」
ラルクが言いたいのはそういう事ではない…
という雰囲気をライカに向けながら
右肘を縦に振るライカを眺める
「んじゃ、さっさと中に入りますか!」
ライカはいつも通りヘラヘラしながら門をくぐっていく
「結局こうなっちゃうんですね…」
セレンは倒れている見張りの男に一度頭を下げてからライカ達の後を追っていく
裏口から館に足を踏み入れると
人影は全く見当たらない
他所に任務へ出ているのだろうか
気になる所だがそれならそれで好都合だ
館の中は黄昏の朱の樹々の間から洩れる光が窓に優しく差し
芸術に疎いラルクでも思わず眼を留めてしまうような装飾が所々に施されている
そんな大鴉の爪の一面を見てしまうと
彼らは完璧な悪ではないのではないかと揺らいでしまう
「やっぱハーロット自分の部屋にいるのかなぁ?」
メリッサはボーッと前を歩くライカに聞く
「ライカ、メリッサが聞いてるぞ?」
アルトが考え込んだ様子で歩くライカの肩を叩く
いつも反応のいい聞き上手のライカにしては珍しい
「え?あ、あぁ…確かこっちだったような…」
ライカはあやふやな記憶を辿るように指を指すが
何となくいつもと違う感じだ
いつもは口笛を吹いて緊張感がないとアルトに叱られるくらい緊張感がないが…
「なんだ、来た事あんのか?」
「まぁな……」
ライカの返事はその一言だった
何かこの館にまつわる話したくない事でもあるのだろうか?
「おっ!ここだな…」
しばらくしてやっとラルク達はハーロットの部屋らしき扉の前に辿り着いた
それだけ大鴉の館が広く
ガルシア三大傭兵団のひとつを担うだけの力があるという事を示している
「ノックした方がいいですよね?」
「それより何か決め台詞で行かない?」
ライカがクスクス笑いながら趣向の凝らされた扉の取手に手をかける
「だったら覚悟ぉーっとかがお約束なんじゃない?」
メリッサも面白がって話に乗っかってくる
「何でもいいですから早く入りましょう」
シルヴィアは話し合いをしているライカ達を他所に扉を開ける
余談だが、今さっきのライカの様子からすると
先程のライカに対するライカへの危惧は単なるラルクの思い過ごしなのかもしれない…
扉を開けて中に入ると
ハーロットのあの端正な顔立ちから想像つくような
整理整頓のゆき届いた部屋だった
シルヴィアやアルトに掃除しろと小言を言われるラルクの部屋とは大違いだ
「誰もいないわね……」
アルトがハーロットの影が無いか警戒するが本当に誰もいないようだ
「ハズレかなぁ…」
メリッサはつまらなそうに如何にも値段の張りそうな黒革のソファに背中から身を投げる
「これは…手紙?でしょうか……?」
セレンがハーロットの使っているであろう机の上に
意味在り気に置かれている黒い紐で結ばれた手紙のような書類に気がついた
「恋文、というわけじゃなさそうね…」
アルトがセレンの代わりにそれを手にとった
黒い紐で結ばれたそれは羊皮紙であった
という事は何か重要な事が記されているに違いない
「奴さん告る時は恋文派なんだ?」
ライカはぶざけた様に茶化す
「アタシは直接の方がいいなぁ…」
と期待を含ませてライカを見るが
頭をポンポンと叩かれただけだった
「ふざけてる場合かよ?とりあえず読んで見るぞ」
話しをまとめてラルクはアルトの手から羊皮紙を取ろうとした次の瞬間アルトの手から羊皮紙が消えた
いや、もちろん手品の様に消えたわけではない
セレンがラルクの手が届く前にアルトの手から取り上げたのだ
「おい、セレン…」
呆れた様に息を吐きながら彼女を見ると
セレンはその羊皮紙を誰にも渡さないと言わんばかりに胸の前で抱えていた
「だめですよ!人のお手紙を勝手に読むなんて!!」
と、ラルクの方に気を取られていると
反対側にいたライカにあっさりと羊皮紙を抜きとられてしまった
セレンはライカから手紙を取り返そうと
ライカに手の届かない高さにあげられた羊皮紙めがけてぴょこぴょこと子供のように跳ぶ
「大丈夫、大丈夫、見た後に元に戻しときゃ」
ちょっとライカも楽しそうに結びを解いて羊皮紙を広げると
やはりハーロットの部屋と同様綺麗な読みやすい文字で綴られていて
羊皮紙に書かれているから重要な書類ではあるようだが特に暗号化もされていないみたいだ
メリッサが横から読ませてとライカに代わって羊皮紙を手にとる
「えっと…親愛なる信託の剣諸君、君達に直接会えないのをとても残念に思うよ」
メリッサは全く似ていないハーロット口調で読み上げ始める
「これは私達宛て…?」
アルトがメリッサの向かいから手紙を覗き込む
そこに書かれている内容は確かにラルク達に宛てられた物だ
「続きを読むね…君達は僕の動向を探りたいみたいだね、あのガルシア王の差し金かな?そんなにこの僕の事を知りたいなら教えてあげるよ。君達が察している通り、僕はルシア女王から離反した黒金騎士団と手を組み、そして今ダンケルク城にいる。急がないと本当に戦いが始まっちゃうんじゃないかな?……だって」
メリッサは若干他人事のような口調で締めくくった
「やはり黒金と繋がっていましたか、それにこちらの思惑も筒抜け状態と…」
とは言え、一応ハーロットの動向は確認出来た
「ダンケルク城ねぇ…こっからそんな遠くねぇし、奴さん達の動向も分かったとこで王都に戻りますか」
ライカはパンと手を打ったがそれに意を唱える者がいた
「反乱軍の指揮はお父様が執っているのでしょうか……?」
セレンはそんな事をラルク達に聞こえるか聞こえないかギリギリの声の大きさでポソっと呟いた
「例えグレイド様がそこにいたとしても直接会うのは難しいですね」
アルトはセレンの言いたい事を先読みして答える
もしセレンが言うようにするならそれは危険すぎる
「忘れてないか?今回の任務、ハーロットの動向もそうだけど、謀反の真相を突き止めんのも俺達の任務じゃなんじゃねぇの?」
完璧にセレンの意見には賛同出来ないが
実際はその条件でオルドネスに宣戦布告を待ってもらっている
今回の任務の醍醐味はやはりそこにあり
謀反の真相を突き止めなければならない
だからセレンの意見を後押しした
「それに今回の謀反はルシア王城内だけで起こったのになんで奴らガルシアに乗り込んで来てんだ?」
「国を獲って俺達いけんじゃね?ってなったって言ったらそれまでだけど…」
メリッサが憶測を立てる
「何か裏がある、そう言いたいの?」
「反乱軍がガルシアを攻めようとしている事に関してはそうかもしれません、しかしハーロットの行動が読めませんね…ダンケルクは囮かもしれません」
シルヴィアの言うとおり
わざわざ手紙を残すというのも十分罠に思えてしまう
「何とかならないでしょうか?」
セレンが彼女の澄んだ瞳を潤ませてシルヴィアに迫る
迫られたシルヴィアは少しの間じっと考え込み口を再び開いた
「少し様子を見るために一度ミラクに行きましょう」
「おい、そんな呑気な事……!」
当然アルトが割って入ってくる
「まぁまぁ、小さな参謀殿が言ってんだしさ…セレンもどうよ?」
ライカはその場を丸め込むように
アルトの肩に手を置きセレンに向かってウインクする
「ハイ……」
セレンはシルヴィアの意図が解らず力なく返事をした




