第6章 ーthe Looming Dark Handー
朝日が完全に昇りきった頃
街に戻ってきたラルク達はアルトとセレン以外は宿で休む事にした
セレンはガルシア王都レギオンに戻る前に街を見ときたいとアルトを連れて出て行った
誘拐事件が解決して街にひと気が戻ってくるだろうからそれもいいだろう
ラルクは昨晩あった出来事で頭が一杯だったから
ゆっくり寝て頭の中を整理したかった
ベッドに横になるとすぐに体が沈んでいくような感覚と共に微睡みに侵されていった
微睡みと眠りの境というのは変な感じだ
普段自分が思ってもいないような言葉が口から零れてしまうんだ
自分の心の本当の奥底の本音なのかもしれない
「このまま…ずっと…寝てたい…」
だってずっと眠っていればこれ以上俺の手を血に染めなくて済むだろ…?
「…ルク…ラ…ク…起きて下さい!」
数刻の時間が経っただろうか
シルヴィアがラルクの体を揺すりながら自分を微睡みから呼び戻そうとしている
しかし、ラルクも簡単には起きたくないと寝返りをうつ
だが、次のシルヴィアの一言はラルクが起きるのに十分だった
「セレンがさらわれました!」
まだ寝ぼけているラルクの頭にその言葉はすんなり入って来なかった
理解するのに数秒を要しやっとシルヴィアの言葉が頭に入って来た時には
ラルクはベッドから飛びおきていた
一応部屋を見回すと確かにセレンの姿はない
そのかわり、ラルクの眼には傷だらけでベッドに横たわるアルトの姿が入ってきた
「すまない…セレン様が…」
アルトが絞り出すように声をだす
「大丈夫だよ、傷はそんなに深くないからね」
アルトに治療魔術をかけながらメリッサが言う
「おい…!これは…!?」
「どうやらセレンと2人で街を歩いていた所を襲われて、セレンが攫われたようです」
「…っ!追えば間に合うかもしれない…!!」
ラルクは剣を取り部屋から出ようとするが
「待てって!落ち着けよ!姫様がどこに連れてかれたかもわかんねんだ、追っても無駄だろ!?」
「っ……」
ライカの指摘に足が止まり体に立ち昇った熱がゆっくりと引いていく
「それに、アルトが怪我してんだ…ちっとは冷静になろうぜ?」
「わりぃなみんな…シルヴィア、まずどうすればいい?」
ラルクは深く息をついてからまた深く息を吸い冷たい空気を摂り入れた
「まずは情報収集です、こんな白昼堂々と街中で誘拐すればきっと目撃者がいます」
「アルト…!まだ無理しないで!」
メリッサの声が聞こえた方を向くとアルトが傷ついた体を起こそうとしていた
「セレン様を…さらった連中…左腕に…黒い腕輪をしていた…」
「ありがとアルト…ゆっくり休んで」
メリッサはアルトの体を無理やり寝かせて再び杖をかざす
「黒い腕輪って…大鴉の爪かよ…ったく、雑な仕事の仕方しやがって…!俺達特別師団に任せときな!直ぐに居場所割り出してやっからよ」
「それはいいけど大鴉の爪って何だ…?」
ラルクの耳に聞き慣れない単語が入ってきた
「ガルシア三大傭兵団のひとつです、傭兵団とは名ばかりですが…」
「暗殺、盗み、誘拐、頼まれれば何でもするその名の通り黒い噂の絶えない連中だよ…おまけに親玉のハーロットは相当な女好きときた…」
「でもそこはライカといい勝負だよねぇ」
メリッサがぽそりと言う
「俺は博愛主義者なの…!まぁ、セレンの誘拐は誰かの依頼ってんじゃなく、ハーロット個人の意志かもしんないぜ?」
しかし、考えようによってはそれは不自然だ
ラルク達がガルシアに来た事もセレンをオルドネスが保護している事も外部には漏れてない筈だ
「とにかく、王都に戻りこの事をガルシア王に報告しましょう」
「ちょっと待ってよ!アルトがまだ動けないよ!?」
メリッサがシルヴィアに訴えるが
「メリッサ私なら大丈夫だ…」
「でも…!」
メリッサが止めようとしたがアルトはベッドから少しふらつきながらも立ち上がってみせた
「…では行きましょう…」
シルヴィアもアルトの無言の主張に応じた
ミラクを出て急いだ結果、2日後の夜には王都レギオンに到着する事が出来た
しかし、セレンが誘拐されてどうなっているか分からない
急がなくては
ラルク達は走って玉座の間に急ぐと中から何やら何かが激しくぶつかり合う音が聞こえてくる
「ねぇライカ、もしかして…」
メリッサが苦笑いしながらライカの顔を見上げる
「奇遇だな、俺もメリッサと同じ予想してるわ…」
ライカが呆れたような顔で扉を開ける
すると、2人の大男が玉座の前で争っているのが見えた
ひとりは大斧を振るい、もうひとりは四肢を煌めかせ拳で振り下ろされる大斧を受け止める
そして、それを傍観する2人に負けず劣らずの明るく淡い色の髪の中年男ひとり
「帰ってきたか、肝試しは楽しかったか?」
なんてラルクの父グレンは何事もなかったようにラルク達に聞く
端的に何事にも動じない強さがあるのか、それとも玉座の前で2人が戦っているのに慣れすぎなのか
「何の騒ぎなんだ一体…?」
見た所一応そんな大した事で争っているようではないが
あの2人の闘いは迫力十分だ
グレンも混ぜたらもっと迫力が増すだろう
ただし、闘技場でやってくれ…
ラルクがそんな事を考えていると
「よぅラルク!帰って来やがったか!!まぁ聞け、オルドネスの野郎がな留守の間にこの俺様の黒獅子のアジトを荒らしやがったのよ!!」
野太くてドスの効いたゲルダの声が耳に入ってきた
「バカを言うなゲルダ、ガルシアの誇り高き我が同胞達がそんな真似はせん!それよりゲルダ、お前からセレン殿をさらったという書状が届いているのだが?」
もうひとりの大男オルドネスが低く威厳のある声で反応する
「…?書状ってこれの事かしら?でも、ガルシア王とゲルダさんは旧知の仲でお互いの書いた字くらい見た瞬間に解るのではないですか?」
アルトが床に落ちている紙を拾いあげた
確かにセレンを誘拐した事の旨が書かれているが
あまりにもゲルダが書きそうな字とはかけ離れているくらい綺麗な字で書かれている
他人から見てもわかる小細工で何故オルドネスがゲルダからの書状と勘違いしたのだろう
「あいつらはな、頭に血が昇るとああいう風になるんだ。特にゲルダとオルドネスの組み合わせだと最悪だ、いつも止めにはいる俺の身にもなって欲しいもんだな…」
「よくそれで国が今まで成り立って来ましたね」
呆れた顔でグレンは言っているが実際満更でもないのだろう
「ガルシア王、これが今回の調査報告書だ…それと、セレンをさらったのは黒獅子じゃなくて大鴉の爪らしい。セレン王女をさらった連中が黒い腕輪をしてたらしい」
「ハーハッハッハ!残念だったなオルドネスよ!」
「ゲルダ、真面目に聞け…」
グレンはゲルダの筋肉で盛り上がったなで肩を叩く
「それでセレンがさらわれたのは本当なんだな?」
グレンが真偽をラルク達に確認する
「はい…申し訳ありません、グレンさん…」
「起きてしまった事はしょうがない。相手はルシア王女だ、簡単に殺されてしまう事はないだろう、また俺たちの手で救い出せばいい」
「はい…」
アルトは自責の念に駆られながらまた頭を下げた
「ひとつ確認したいのですが、守るべきセレンをさらわれたという事は僕達の試練は失格でしょうか?」
「シルヴィア!今はんな事言ってる時じゃねぇだろ!」
ラルクに言われシルヴィアは謝ったが正直この状況でシルヴィアからその言葉が出てくるとは思わなかった
「心配するな貴殿らの手でセレン殿を救い出せば合格と見なそう」
「ありがとうございます…」
シルヴィアは自分の発言を特に気にするでもなく頭をさげた
「状況はわかった…すまなかったなゲルダ…しかし、我がガルシアの戦士達は留守を襲うような真似はせんぞ、ことに友をおそったりはな」
オルドネスはゲルダに頭を下げ玉座に腰掛ける
この姿が彼の王としての威厳が最も際立つ
「今の話しからすると黒獅子のアジトを襲ったのも大鴉の爪の仕業と分からないんですか?」
シルヴィアの鼻につく言い方でゲルダの顔が少し歪んだ
「どうしてそう言えるんだ坊主?証拠なんて奴ら残してかねぇぞ?ま、確かに奴らとは昔からソリがあわねぇから理由はねぇ訳じゃねぇが…」
「では逆に聞きますが、ガルシア軍が黒獅子のアジトを急襲する理由があると?こうしてお互いに濡れ衣を着せあってガルシア王が1番に信頼をおく勢力を潰し合わせるのが彼らの目的ではないでしょうか?」
「あくまで推測ですが、その説が有力ではないでしょうか?」
アルトもシルヴィアの意見に賛同する
「仮に大鴉が犯人だとしても、証拠が不十分ではないか?」
オルドネスは眉間にシワを寄せる
確かにその説もまた今の時点では有力だ
「だったら大将が探りいれればいいんでない?俺らで行ってくるぜ?」
ライカがそう言ってウインクしようとした瞬間玉座に慌ただしい足音が近づいて来た
「ガルシア王大変だ!軍の演習中に攻撃を受けた!!」
ひとりのガルシア軍の紋章をつけた戦士が報告した瞬間オルドネスの眉が少し動き
その場にいる全員に緊張が走る
「特別師団からの情報は!?」
ライカが聞くと戦士はライカに紙を渡した
「おい大将、シルヴィアの予想的中だ…あの鴉どもやりやがった…!」
ライカがオルドネスを見る眼は彼がいつもは見せない鋭いものだった
「急いで負傷者を衛生師団に回して!!」
メリッサはライカと共に玉座の間を後にした
「……黒獅子の牙の長ゲルダよ、ガルシア王の名の下に命ずる…我が同胞達を傷つけしハーロット率いる大鴉の爪を貴公の指揮の下討伐せよ…!」
オルドネスは静かだが凄みのある何人たりとも有無を言わせない威厳のある声でゲルダに命じた
「手前に言われなくてもそのつもりだ…」
ゲルダも大斧を右肩に担ぎ上げ玉座の間を後にした
そしてオルドネスは今度はグレンに向き直り
「信託の剣、団長グレンよ…貴公にもルシア王国王女、セレン=シルミド=ルシアの救出をガルシア王の名によって依頼する…!」
オルドネスは玉座から立ち上がりグレンに向かって頭を垂れる
一国の主である者の姿にラルクは鳥肌がたった
「信託の名の下に引き受けよう…」
グレンも同じく頭を下げ、アルトを振り返る
「アルト、お前は今回の作戦は外れていろ」
「…!?なぜですか?!セレン様の救出は親衛隊長である私の大切な使命…!」
自分のせいでセレンがさらわれたことによる自責の念で彼女ら不安で、焦っているのだろう
「怪我をしているだろ?見れば分かる…団長として怪我人を作戦に参加させる訳にはいかない、待機を命ずる」
グレンの命令にアルトは反論出来なかった
彼女自身、自分の体が傷ついていてまともに戦える状態ではないというのも承知しているだろうが
何より命令に背かないというのは騎士の性質上なのだろう




