第3章 ーBorder Keeper of Raven Lionー
それから2日後
ラルク達はようやくエルノア峠に差し掛かった
「ついちまったか…」
ため息をつくライカ
「ここを越えればガルシア領か…」
ラルクは峠を見上げる
「厳密に言えば半ば辺りから、ですがね」
シルヴィアが補足する
「ここはあんま通りたくないんだけどねぇ…」
ライカがまだ苦い顔をしている
「やっぱ山賊か?」
ラルク達にとっては山賊がそこまで脅威とは思えない
「いやただの山賊なら苦労しねぇって…」
「あまり会いたくありませんね…」
セレンにもライカの弱気がうつる
峠の中腹に差し掛かった頃ライカがそわそわしながら先頭のラルクの前に出る
「なぁ、さすがに道のど真ん中を堂々ってのはヤバイって!!」
「山賊ぐらいでなにビビってんだよ?」
「ここの山賊を知らないわけではないが、こそこそ隠れるのは好かないな」
ラルクに続けてアルトが反論する
「よっ!姉さん男前っ!…じゃなくてさ、とにかくここの山賊はヤバイんだって!!」
ライカの声の後にすかさず
「山賊ぅ?そいつは聞き捨てならねぇなぁ!!」
よく通る太い声が上から降ってきた
上を見上げると大斧を担いだ大男が切り立った崖の上に立っていた
「野郎共ぉ!こいつらを囲めぇ!久々の客人だぁ!!」
大男は声を張り上げ崖から飛びおりラルク達の前に立ちはだかる
「あちゃ~やっちまった…」
ライカが顔に手を当てる
体中に傷のある屈強そうな男達に周りを取り囲まれラルク達は戦闘隊形をとる
「小僧…ここを黒獅子のゲルダ様の縄張りと知って来たのか?」
ゲルダと名乗る大男はラルクより一回りも二回りも体が大きく
剛毛とも言うべき黒の髪とヒゲを蓄え派手な灰色の毛皮に体中に生々しい傷を持ち両刃の斧を携える姿は正に獅子と呼ぶに相応しい
「俺達はここを通ってガルシア王に会いに行きたいんだ、通してくれないか?」
ラルクはゲルダの威圧感に負けじと睨み返す
「フンッ…いいねぇ、血の気は盛んだが迷いの残る眼…若いねぇ…いいだろう!しかし小僧、ここを通りたかったら手前ぇの力を見せつけて行きやがれ!だがもし手前ぇに力が無いと見えたら…」
「見えたらなんだ…?」
ラルクは笑みを浮かべる大きな眼を睨む
「このご時世だ、いつルシアの奴らが攻めてくるかわからねぇ、もし手前ぇが負けたら体を八つ裂きにして見せしめにするだけよ!!」
「ラルク!こんな勝負受けるな!」
アルトが止めに入ろうとするが
「やめとけって、こうなったらにげらんね、やるしかねぇよ…」
ライカがアルトを制する
「わかった、この勝負受けてやる…」
ラルクは一歩前にでる
だが、恐怖が足の裏から震えとなって身体中を撫でまわす
負ければ確実に死が待っている
「ラルク…」
セレンが心配そうな顔で見つめる
「大丈夫だ、心配すんな」
無理に笑って見せるが本当は胃を掴まれているような感覚がしている
怖いんだ
ラルクは腰の鞘からゆっくり剣を引き抜くと
ゲルダと子分達から歓声が挙がり異様な雰囲気に呑まれそうになる
怖いがやるしかない
今はなぜかそう思えた
剣の柄を握り締め構えるとゲルダが楽しそうな笑みを浮かべる
「ほぅ…悪くない構えだな…久しぶりに楽しめそうだぜぇ!!!」
ゲルダはその巨体に似合わず一瞬で斧の間合いに入り斧を振りかぶる
ラルクは横にステップしてかわすが反撃が出ない
本物の獅子と対峙しているのかと錯覚する程の恐怖のせいだ
ゲルダはもう一振り斧を振り挙げラルクはそれを引き気味に受けると
剣が大きく弾かれ剣の刃が額の皮を裂く
「どうした小僧!そんなんじゃ手前ぇの首が飛ぶぞ!!」
「ッ…!そんなノロい攻撃じゃ首なんか飛ばねぇよ!」
ラルクは強がりながら追撃を受け流す
「ならこいつはどうだぁ!!」
ゲルダは飛びひいて距離をとるとまた突進して助走をつけ斧を振りかぶって飛び上がる
「だからそんなのあたんねぇよ!!」
ラルクはゲルダの飛び上がった真下に駆け込み滑りこみながらゲルダの斧をかわし背中側に回る
すかさずラルクは起き上がり横薙ぎに剣を振る
剣はゲルダの背中を捉えたように見えたが空を切った
ラルクの一振りは無理な体勢だったために振り返ったゲルダに足を払われ転倒した
そして通れた所に大斧が襲いかかる
かろうじて受け止めたが反動でまた自分の剣で喉を浅く裂いてしまった
「ラルク!?」
セレンの叫びにも似たような声が耳に届く事で今自分の置かれている状況を改めて理解した
剣を大斧で無理矢理押され後ほんの少しで喉が剣に触れ殺される
ものすごい力であと少ししか抵抗する力は残っていない
怖い
そう思った瞬間、ふっと剣の重みが抜けた
「小僧、俺に触れるとはなかなかやるじゃねぇか…」
ゲルダは肩に斧を抱えてラルクに背中を見せる
当然ラルクには理解出来ない
ゲルダの背中を見ると服が一部パックリ裂けている
「合格だ…小僧名前は?」
ニィっと笑いゲルダはラルクを助け起こす
「信託の剣のラルクだ…」
ラルクが名乗ると後に続いてセレン達が名乗る
「ほぉ…信託の…おいライカ!隠れてねぇで出て来やがれ!!」
ゲルダは岩陰に隠れているライカを怒鳴りつける
「よ、よぉ大将…」
ライカは腰を低くして出てくる
「国境沿いの様子を調べたらすぐ戻って来いつったのにどこで油売ってやがったんだ!?」
「まぁまぁ、途中でグレンさんに頼まれて姫様達を連れて来たんだよ…おかげで楽しめただろ?」
ライカがウィンクする
「まぁな、あいつもちゃんと息子を鍛えてるみてぇだな…この前会った時は赤ん坊だったのにな…」
「俺の事知ってるのか?それに親父の事も…ライカ!親父に頼まれたって…」
様々な疑問が一気に出て来て混乱する
「あれ?言ってなかったっけ?」
「そういう大事な事は早く言え!それと、ゲルダさん、グレンさんのことを知っているとは?」
アルトが聞く
「グレンの野郎とは昔からのくされ縁でな、赤ん坊の時のラルクに一度会ってるんだ…しかし親父そっくりだな、人を無闇に斬らないとことかな…」
「そうなのか?」
「あいつと俺は昔からよく喧嘩しててな、俺は斧でぶった斬ってやるつもりだったがあいつはいつもすかしてやがって隙があっても刃を当ててこねぇのよ…」
ゲルダは懐かしそうに話す
「まぁ手前ぇの場合は迷いってとこか?」
図星をつかれた
ゲルダの体を剣が捉えられなかったのもおそらく無意識の内の迷いだ
「あぁそうだ大将、ひとつ頼みたい事があるんだけど…」
ライカはゲルダに耳打ちをする
「わかった…いいだろう」
と返事を返しラルク達に向き直る
「ところで手前ぇらと会ったのも何かの縁だ今日は俺達の砦で休んでいけ」
とゲルダに提案されラルクは仲間を振り返る
「本当は急ぎたいがいいだろう」
とアルト
「黒獅子の砦ですか…背中に気をつけなければいけませんね」
皮肉っぽく言うシルヴィアを見てゲルダは豪快に笑う
「ちびっ子のくせに俺達の事よく知ってるじゃねえか!」
「ええ、荒くれ者の猛者達が集うガルシア三大傭兵団のひとつ黒獅子の牙、その悪名はエルノア峠を超えルシアにも普く轟いていますよ…」
シルヴィアは物怖じせずに話す
「ラルク、この人達ホントはいい人そうですけどやっぱり悪い人達何ですか?」
セレンがラルクに小声で聞く
「見た感じはおっかねぇ山賊に見えるけど、連中は自分達の正義に基づいて弱い立場の人間を守るいい奴らばっかだよ」
ラルクの代わりにライカが説明する
「よかったぁ…もし怖い人達だったら私達捕まって食べられちゃうかと…」
「それどこまでが冗談だ…?」
確かにライカの説明を聞くと皆強面だが極悪人という風には見えない
「野郎どもぉ!!酒の用意しろぉ!!今夜は無礼講だぁ!!!」
ゲルダが号令をかけると周りから一気に歓声が挙がる
やはり山賊かもしれない…




