入部
それから奏は毎日、朝・昼・放課後に音楽室に行くようになった。そこで気づいたのだが、どうやら放課後だけではなく朝・昼も弾き、しかも毎回弾いている曲が違っているようだった。
「毎日休み時間にどこへ行っているの?授業が終わるとすぐにどこか行っちゃうよね、奏って」
同じクラスの佐藤天音が話しかけてきた。彼女は奏の幼馴染である。奏と正反対で、運動大好きでクラスのリーダー的ポジション。さらに他クラスにも友達が多くとても活発な子だ。それでも2人は幼いころから仲良くしてきている。
「ちょっと音楽室に…ね」
奏はにごして答えた。あの人の話はまだ誰にも内緒にしておきたかったからだ。
「ふーん・・・」
天音は何か察したのかそれ以上追及してこなかった。
今日も奏は昼休みに音楽室のドアの側にちょこんと座ってお弁当を食べながら、こっそりピアノの音を聴いていたのだった。
「やっぱりすごいなぁ~」
そのときピアノの音が突然止まった。
「どうしたのかな?」
と首を傾げているとドアが開いた。
「「!!」」
出てきた人と目が合った。
「・・・。どちら様?それとも私に何か用?」
「い・・・いえ」
奏は慌てて口の中にある卵焼きを飲み込み、中から出てきた人を観察する。明るいところで彼女の顔を見るのは初めてだったがやっぱり整った顔立ちだった。ついでに上履きの色をみると黄色。どうやら2年生のようだった。(この学校は学年によって上履きの色が違うのだ)
「もしかして私の演奏、聴いていたの?」
「・・・はい」
「そう・・・」
そういうと先輩は奏のそばに座った。しゃがむことで綺麗な黒髪がさらさらと流れ、シャンプーの香りがしてきて、思わずどきっとしてしまった。そして同性ながら思わず惚れてしまいそうなほど、綺麗な人だった。
「なんで私のピアノを聴きに来るわけ?」
「・・・私、先輩のピアノが好きで、ここ数日聴きに来ていました」
「そんなに私のピアノが好きなの?」
「はい、好きです!!」
笑顔で奏は答えた。
「すごく、綺麗な弾き方で私は大好きですよ。ああいう風にピアノを弾いているのはいままで聴いたことがないです!!」
「そう・・・」
先輩はそういうとうつむいて少し黙り込んで何かを考え始めた。ずっと黙り込んでいるので、もしかしたら癪に障るようなことを言ったのかと不安になっていると先輩が顔をあげた。
「あなた一年生よね?部活決めたかしら?」
「いえ・・・特に何も決めていませんよ」
「それなら、是非音楽部に入って!!」
懇願してきた。
「・・・いきなり言われても」
「お願い。一生のお願い!!」
必死に訴えられた。
「・・・音楽部って何しているんですか?」
「歌を歌っているのよ。」
「部員は何人いますか?」
「・・・私だけなの」
そしてうつむいて黙り込んでしまった。そんな先輩の様子を見て、何か気のきいたことを言ってやったほうがいいと思ったが
「あ・・・えっと」
としか言えなかった。
「今年誰も入部しなかったら廃部になってしまうの。だからお願い!!」
奏はさっきも言った通りまだ特に部活を決めていないし、さらに入るかどうかも決めていなかった。しかし今にも泣き出しそうな先輩の様子を見ているとかわいそうになってきた。
「少し考えさせてください」
高校生活といえばやっぱり部活。大半をしめるそれを、簡単にきめてしまい、後で後悔はしたくなかった。入るか、入らないか。すごく迷う。もともとピアノをやっていたし音楽はどちらかといえば好きだ。
だから毎日活動しても飽きないだろう。しかし部員が少ないと活動ができないのではないだろうか?横目で先輩の様子をみると不安げに奏のことを見つめていた。その様子を見ているうちに決心が固まった。
「決まりました」
「…どうするの?」
「入部します。その代わり、先輩のピアノ、たくさん聴かせてください」
途端、先輩は奏に抱きついた。
「ありがとう!!これからもよろしくねっ」
「ちょ・・・先輩。く・・・苦しいですよ!」
こうして奏の入部が決まったのだった。