第八話:冷血人間
今回は少し少なめです、
俺は程よいまどろみの中を漂っていた。海の上に漂っているような…心地よい、ゆれ。暖かい日光を全身に浴び、大あくびをする。爽やかな風が吹き、優しく頬を撫でた。
ああ、気持ちいい。こんな状態がずっと続けばいいのに──。そう思って、伸びをした時、何か耳鳴りのようなものがした。
「……?」
何か、何だ──凄まじい速さで青い空から飛んでくる何かを見極めようと、身を乗り出した瞬間、激しい痛みが顔面に走った。
「痛っ!!」
思わず目を閉じると、バサッという何かが落下した音と、カチャカチャと、鉄製の何かが擦れる音がする空間にいた。
「……あ」
起き上がると、そこは昨日止まった宿で、枕元になにやら紙の塊が落ちて居た。唖然としてそれを見ると、『wind later』と書いた青い巻きで閉じられた新聞だった。
「お、来た来た。遅いから何かあったのかと思った。ヤマト、それを持ってきてくれ」
こちらを向いたクリスは、いつものようにコーヒーを飲んでいた。先程顔に当たったのは、この新聞だったのか。心地よい夢を邪魔されたことにひどく憤慨しながら、新聞をわし掴みにする。
「ほらよ!」
クリスに差し出すと、ブロンドの端整な顔立ちの男はひどく怪訝そうにした。
「……どうも」
それを見たケイトはまるで可哀想な子羊を見るような目つきでこちらを見た。
「何?朝から機嫌が悪いのね──寝起きは悪い方?」
「いいや!」
いまだ覚めやらぬ怒りを徐々に納めつつ、自分も空いた席に座る。目下の美味しそうなトーストにバターを塗りたくり、はたと気づいて脇においてあるお手拭に手を伸ばした。
「…どんな感じ?クリス」
コーンスープの入っている白いカップを唇に当てながら、ケイトはクリスを上目遣いで見た。彼女の茶色の髪の毛は柔らかくウェーブしていて、思わず触りたい衝動に駆られた。
「…何にも、特に変わったことはなかったようだ、良かった。俺達が昨日見つけられなかったMAは、まだ動いてないらしい──」
「そう、良かった!」
緊張感を漂わせていたケイトは、ニッコリと微笑み、カップをテーブルに置いた。
「…というかさ、クリス、その新聞何?さっき空から飛んできたように見えたんだけど」
質問すると、クリスは新聞をたたんでテーブルの上に置いた。そしてフォークをサラダに混じった赤いピーマンに突き刺し、それを口を運びながら──不機嫌そうに言った。
「…これはwind laterと言って、全世界に散らばって任務をしているハンターズ団員の生死や様子、さらにMAによって死傷された人の数、つまり裏情報、国家機密の情報が満載の新聞だ。一般人には見られないように、風を纏ってやってくる。目的の団員に届くまでは、ある特殊能力によって粒子状態にされているから、途中で飛行機や建物に当たったとしても通過する。便利な道具だろ?」
「……ああ、凄すぎる」
特殊能力。まさかそんなものが本当にこの世にあったとは……まだ火とか水とか、聞いた事のある現象ではないけれど、十分凄い代物だった。実用的。
「……今日もいい天気だね。MAを倒すには最高の青空」
ポツリと、そう漏らしたケイトに、思わず鳥肌が立った。この子は…隣に、肘がつくほど近くにいるこの女の子は、昨日獣をいとも簡単に殺した。それを思い出し、口の中で丸まっていたハムを飲み込む。
別に獣は、俺達に有害だったわけだから、人殺しとかそういうモノではないのに。やはり一つの命を奪うことを、嬉しそうに話す少女に、冷たい雫が心に落ちたような、そんな気分になった。
「……どうしたのヤマト?気分でも悪くなった?」
「、いや。なんでもないよ」
思わずフォークと皿がぶつかり、無機質な音を立てた。シュラの円らな瞳(黙っていればだが)がこちらを盗みて、クリスの食を進める手が止まった。
「……びびったのか?」
「何が」
口角を上げる仕草に、苛立ちながらまたフォークを動かす。やはりクリスとは合わない。何か──人を侮辱するような、どこかいつも嘲笑しているような、そんなカオで笑うのだ。
ハンターズに入ってから、二日経ったけど、やはり周りの人たちは冷血人間な気がしてならなかった。
…もっともそれは。
俺が、MAの事を知らなかったからであるけど。