第十八話:変化
特攻部隊。強大なMAが発生したとき、真っ先に現場へ向かい闘う部隊。つまり、一番──死に近い人々の集まり。
「アメリカのスラム街で、またMAらしき獣が数件目撃された。今回は政府からのじきじきに駆除要請だ」
ロイス隊長は空になったタバコの箱を握り潰して言った。隣に座っていたサリンが身を乗り出して大きな声を挙げた。
「でも!それなら別に特攻部隊の私達が行かなくてもいいんじゃ……」
静かな司令室は、皆押し黙ったせいで空気が重かった。最も、俺の心はそれよりも重かったけれど。乾いた心を潤す方法も見つからず、ただひたすら色のない世界を見ていた。
「……ところが。今回は今までとはちょいと訳が違う。どうやらスラム街まるまる、MAの巣窟になっちまってるらしい。緊急にスラム街から半径一kmの範囲を封鎖しているらしいが……それもどこまで持つのか。封鎖された周りに報道陣やらマスコミやら駆けつけてひどい騒ぎになってるらしい。政府はまだ、マスコミには発表させてないらしいがな……」
いつもはMAを殺せると聞くと、無邪気に喜ぶ仕草を見せていたケイトでさえ、隊長の話に顔を引き攣らせた。ダンは冗談じゃないとばかりに銀製のテーブルを叩いた。自慢の色男が、取り乱すのを見て俺は少しほくそえんだ。
「もちろん、我々と他の部隊も連れていくんですよね!?」
隊長は最後の一本を吸い終え、灰皿にねじり消すと足を組んだ。少し、気まずそうに視線をダンから反らし──苦々しそうに言った。
「……無論、俺たちだけだ。まず最初に…潜入し中の様子を探ってこいとの、命令だ」
それはつまり──。意図せず、思考が勝手に結論をはじき出した。俺はシュラの死から初めて、現実の世界の言葉に動揺した。心臓の鼓動が早くなる。
「…我々に犬死をしろというのですか?」
ケイトが言った。病み上がりにも関わらず、その声は確りとしていた。その目は、凛として隊長を一心に見据えていた。思わず、腑抜けになっていた自分の気持ちを見透かされた気になって、苦しかった。ケイトは、シュラの死を目の前で目撃したはずだ。なのに、なんで冷静でいられる?それが、不思議で、憎くて、たまらくなる。
隊長は苛苛としながらタバコを見つけるためポケットに手を突っ込んだ。男らしい喉仏が荒々しく上下する。
「違う。犬死じゃない、ただの調査だ。俺たちの実力ならば、並大抵のMAに殺されることは、ない!」
サリンが自らの肩を抱え少し震えているのに俺は気がついた。艶やかな黒髪がほつれ、色っぽく頬にかかっている。眉を寄せ、何かに耐える様な仕草を見せる彼女に──俺は見惚れた。部屋自体が薄暗いために、普段白い顔色が青白く見えてしまう。
「……ヤマト?」
ケイトの声がして、ゆっくりとサリンから視線を解く。ケイトは少し…傷ついた様な顔をしていた。肩ほどまでの茶色のウェーブ毛が柔らかそうで、その透き通った目は不安そうに揺れていて、薄っすらと紅色に色づく唇は──。
「…!」
思わず、自分を制した。これから死ぬ可能性のある、重要な任務の話をしているにも関わらず、自分は女に欲情していた。この場で、ケイトの華奢な体を組み敷いてしまいたい。医務室であったことの続きをしてしまいたくなる。
「さてと、時間の問題だからな。アメリカにすぐに向かう。ケイト」
隊長はタバコを買う小銭を確認しつつ、ケイトに目配せした。それを見たクリフがムッとした表情をするのを、俺は見逃さなかった。
「お前、熱はもう大丈夫か?」
ケイトは慌てて返事をする。
「あっ、はい!大丈夫です」
それを聞いたロイス隊長はにかりと、また男らしい笑みを浮かべ立ち上がった。それが合図かのように、皆立ち上がる。ダンは真っ青な顔でかたかたと震えていた。俺は不思議と、恐怖の沸いてこないことに驚いていた。前の自分なら。親父やシュラが襲われる前ならば、こんな任務絶対に出来なかった。でも、今なら──出来る。思い出すだけで、狂おしいほどに憎悪の感情渦巻くMAを殺す事が、俺の目的なのだから。
…血の匂いには、もう慣れてしまった──。