chapter4:名前も知らない彼に振り回されて
新入生の呼名も全クラスが終わり、長く面倒臭い、校長先生や他の方々の話となった。
もちろん、ちとせがそんな退屈な話を聞くはずもなく、今朝の出来事を思い返していた。
――君、おもしろいね。―――
――ちとせか…。―――
彼に呼ばれた時に感じた胸の奥に刺激を受けた様な感覚。心地よさ。
(……一体、何だったんだろう――…‥)
ちとせがこの感情の意味を知るはずもなく。
(そーいえば、名前…、聞いてなかったな…‥)
――それに俺、二年…‥―――
彼についてちとせが知っているのは、その見惚れるほどの姿と自分の名前を呼ぶ声と二年という事だけ――
(また、会えるかなっ///)
そんなちとせの想いも知らず、入学式は取りとなった。
「最後に吹奏楽部による演奏です。吹奏楽部のみなさん、お願いします。」
すると、演奏の準備を始めた吹奏楽部員の中から、一人のポニーテールの女子生徒が出てくる。
おそらく部長だろう。
新入生に向かってあいさつを始めた。
そして、演奏が始まった。
一曲目は、人気のあるテレビ番組の主題歌だった。
ここで、やっとちとせは自分の世界から帰ってきて顔をあげた。
今までのちとせなら演奏などろくに聞かなかっただろう。
特に音楽が好きなわけではない。
楽器といえば、鍵盤ハーモニカやリコーダー、小学校六年生の頃、純ちゃんや紫月に誘われてやっていたマーチングのトランペットくらいだ。それも、紫月の様にうまかったわけでもなく、純ちゃんの様に音符がスラスラ読めたわけではない。本当にいっぱいいっぱいで、下手すれば一学年、下の子の方がうまかったくらいだ。
そんなちとせにもわかるほど、吹奏楽部の演奏により、場の空気は一変した。
先程までの緊張に包まれた空気は無くなり、穏やかな空気が流れ始めた。
「あっ…」
思わず声をあげてしまった。吹奏楽部員の中に今朝会った、ちとせの心から離れない彼がいたのだ。
(出番ってこの事だったんだ…)
彼の楽しそうに演奏する姿に自然と顔が緩む。
(あの楽器なんていうんだろう…?アルトホルンに似てるなぁ)
楽しい時間というものはあっという間に過ぎるもので、吹奏楽部の演奏は終了し入学式は幕を閉じた。
この後、ちとせが担任の先生に怒られたのは言うまでもない。