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夢園

作者: 良暮

暖かくなり始めた4月。務めてきっかり一年、仕事を辞めてしまった私は橋の上にいる。

視界に広がる黒いじゅうたんは波打っていて、所々に街灯の白い光を映している。

右頬には強い風が打ち付ける。ポニーテールにまとめた髪の前髪が目に入りそうになって耳にかけた。

そこで一瞬こみ上げた苛立ちもすぐ虚しさに変わっていった。

もう何もかもどうでもいい。今両手を置いてる手すりに足をかけていっそ川にダイブしてやろうか。高さは10m弱。死ぬかもしれないし、死なないかもしれない。

でも何となく死ねないだろうな、なんて中学生みたいなことを考えている。

手を置いたまま両手をぐっと伸ばして夜空を見上げる。

赤と緑と白の光。数千メートル上空、星のない暗い夜をかける飛行機を想像してみた。

雲の間から見える遥か下の小さな無数の光。

その隙間からポツンと上を見ている私。

きっと誰にも気づいてもらえないな。

「かーえろ。」

悩んでることすらバカバカしく思えて、家に帰ることにした。

家に最寄りのコンビニで求人情報誌をもらわなきゃ、そう考えていた。

頭が熱い。女友達と久しぶりに会って飲んで愚痴って、泣いて笑って、駅で降りて5分のこの橋でふと足を止めてしまったのだ。

肩で揺れる明るい茶色のくるくると巻かれた髪は私をいまどきの女の子に見せてくれる。

でも昔から何にも進歩してないのだ。

23歳で上司と不倫、奥さんにバレて、不自然な人事異動の末気まずくなって自ら仕事を辞めるなんて。

ベタ過ぎて嫌になってしまった。

大して遊ばないまま女子大を卒業し、就職難もあり遠い親戚にギリギリで泣きついて何とか決まった職場だった。

元々人見知り気味だった私は、同期の女子社員達にはコネ入社が何となくバレていて仲良くしづらかった。

そんな時親身に話を聞いてくれたのが彼だったのである。

今思えばまんまと、カモにされてしまったのだ。

そこでポケットに何かが入っているのに気付いた。固くてごそごそしている。

白いパッケージには赤と緑の水玉模様がプリントされていた。中には黄色の飴が一個。

全く覚えがなかったが、だいぶ飲んでいたので誰かが入れてくれたのかもしれない。

ほとんど無意識に口に飴を入れていた。

舌の上で転がす。甘いだけのレモン味が口の中を満たしていく。

橋を渡った先の左手には公園があった。

昔はよく遊んだな、なんて考えてるうちに入口の柵をのりこえていた。

誰もいない公園はとてもとても静かだ。

中央には砂場、ななめ奥には赤いすべり台。もっと奥にも植えられた木々の間からいくつかの遊具が見える。川沿いに広がる大きい公園だった。

近くにあった自動販売機の隣のベンチに座った。

私は飴を舐めつつ何となく上機嫌だった。正面にあった時計は2時半を回っていた。

好きだった童謡が口をつくようにして出てきた。

広い公園に私の口ずさむリズムが途切れ途切れに響いていく。

そういえばすべり台が好きだった。

夏の暑い日、炎天下の中、今座っているベンチには母がいた。

私は花柄でノースリーブのワンピースで走り回り、夢中ですべり台を滑っては降り、滑っては降りていた。

口ずさみながらすべり台に近付いていく。

「こんなに小さかったかな」

遠くから見ていると分からなかったが、近くで見ると塗装が剥げているのが分かる。

色褪せる思い出。

「ゆりちゃん。」

呼ばれて振り向くと、小さな栗色の髪の男の子がいた。10才くらいだろうか。

きょとんとした二つの瞳がこちらを見上げている。

「どうしたの?」

頭がふわふわしているのか、冷静なのか分からなくなってきた。

「こっち来て。」

彼は有無を言わさず私の左手を右手で強く握った。

そのままずんずんと公園の奥に進んでいく。

されるがままに私も歩を進めていた。

白地に紺のボーダーの長そでTシャツ、紺のショートパンツ、レモン色のスニーカー。

よくいる小学生の恰好には違いない。

彼はこんな時間にどうしてこんな所に居るのだろう。

親はどうしているのだろう。

私をどこに連れて行くのだろう。

疑問には思いつつも頭が働かない。

どうせ10分前には捨ててしまおうかと考えていた人生だ、今は彼に委ねておこう。

もしこの先に知らない怖い人達がいても構わない。

腹を決めた私は未来を考えることを放棄して、空を見上げる。

彼に引かれる左手は脱力し、右手はベージュのトレンチコートのポケットに突っ込んだ。

飴とは逆のポケットにはケータイがあった。

取り出して確認するがメールは来てない。ただ電波が圏外だった。

不思議に思いつつも木のせいか天気のせいかメンテナンスとか、色々あるんだと納得させた。恋人を失ったばかりの私には連絡する相手もどうせいないのだ。

口の中でうすーくなった飴を噛んで割ろうとする。

ぱりっという音ともに特に薄かった部分が欠けて、なくなった。

その音に重なるようにバリリッと剥がれ落ちるような音が後方から聞こえた。

「えっ」

振り返ると景色の一か所が欠落している。巨大なカーテンがしかれたように白くなっていた。

あまりの光景に絶句した後で、もう一つの異変に気付く。

驚いて正面を確認しようとすると、男の子がいなかった。いつもの公園の闇がひろがっている。

当然握られていた手も離れている。

「嘘。」

酔って眠ってしまったのだろうか。それでこんな夢を見ているのか。

一体どこから。

「なんでこんなことに」

ぱりっ

ぱりり

思ったことを口にしてみたら、残っていた飴が音を立ててまた少し崩れた。

一瞬後にばりりりりりと巨大な紙の破れるとうな音が響きわたった。

それとともにまた世界が白に塗り替えられた。

仕組みに気付いて口の中が硬直する。

それでも甘くて平たい物体があと僅かで溶け切るのは目に見えていた。

肩をたたかれてはっとする。

髪が一段階明るくなっていたがやはり彼だった。

「ねぇ君は誰なの?」

真顔で聞く私に男の子はにんまりと笑った。

天使のような笑顔の真意が見えない。

自分の口を指さして、かちかちと歯をならす仕草をする。

噛めというのか。このまま白塗りに閉じ込められたら私はどうなるのだろう。

でも今は彼を信じるしかない。

彼の細い腕をそれぞれギュっと握り、瞳をのぞきこむ。それでも彼の表情に変化はなく、逆に何かを確かめるかのように目を合わされ、つい逸らしてしまった。

でも幼い彼には少なくとも迷いはなく、私の次の行動を待っている気がした。

決意を決め、一気に噛み砕く。

ぱりっと簡素な音がして、もうほとんど残っていなかった乾いた甘さが広がった。

さっきと同じようにばりばりと崩れるような音が始まった。

最初の崩壊を皮切りに、白は公園を侵食し続け、あっという間に残されたのは私と少年を取り囲む4畳半程度になってしまった。

大丈夫だよね、と目で訴えかけると彼は目を細めて優しい視線を送り、小さい子供にするように私の頭に手をのせた。

納得いかない思いを胸に、口にする前に水たまり程度の土が残っていた部分も失ってしまった。

辺りは真っ白な世界。

足がぐっと押しつけられるような感じがして、足元を見てはっとした。

足首までが白い床に浸かり、触れた部分は少しひんやりとしていた。

このままでは本当に呑み込まれてしまう。

足をばたつかせようとしたが言うことを聞かなかった。

必死で抜け出そうと冷静さを失いそうになった私を、彼がすっと抱きついてきた。

足が彼に当たってしまいそうになって思わず動きを止める。

彼の身長は私の胸ぐらいまでなので、抱きつくと丁度腰に手が回る。

彼の目は驚くほど平然としてて「大人しくしていろ」とでも言いたげだった。

そこで気が付いたが彼を見下ろすと、視界に入るはずの私の髪が変化を遂げていた。

「黒くなってる。」

口に出して確認してみる。

高校を卒業して以来、茶色に染めたままのはずだった髪が黒に戻っていた。

しかも巻いていたはずなのにストレートになっている。

もしかしてと思って頬に手を当てる、まつ毛も親指と人差し指でつまんでみた。

やっぱりだ。何もつかない。メイクも取れている。










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