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さかさまクロック  作者: 佐倉アヤキ
神都ファナティライスト
60/61

act.57 幕引き

 それは今から千年も昔の話。

 この世界は七つの国に分かたれていた。どうしてそんな話になったのかは明らかになっていないけれど、各国は我こそが世界の王者だと、互いに戦いを繰り広げていた。

 そんな無意味極まりない戦争を食い止めたのが、今は「世界創設者」と呼ばれる十数人の一団と、彼らを束ねるリーダー、聖女クレイリス。彼らは七つあった国をひとつの大国に纏め上げ、それから新たに神都・ファナティライストと呼ばれる都市を作り上げて、世界に平穏をもたらした。


 世界は平和になった。平和になったのだと、誰もがそう思っていた。


 けれどあるとき、世界創設者たちは忽然と姿を消すことになる。

 いかな目的か、「人工的な」不老不死の力を、世界に遺して。



それは今から千年も昔の話。

この世界は七つの国に分かたれていた。どうしてそんな話になったのかは明らかになっていないけれど、各国は我こそが世界の王者だと、互いに戦いを繰り広げていた。

そんな無意味極まりない戦争を食い止めたのが、今は「世界創設者」と呼ばれる十数人の一団と、彼らを束ねるリーダー、聖女クレイリス。彼らは七つあった国をひとつの大国に纏め上げ、それから新たに神都・ファナティライストと呼ばれる都市を作り上げて、世界に平穏をもたらした。


世界は平和になった。平和になったのだと、誰もがそう思っていた。


けれどあるとき、世界創設者たちは忽然と姿を消すことになる。

いかな目的か、「人工的な」不老不死の力を、世界に遺して。



 「そして!その力を示す赤色の証を『赤い印』といい、それを宿した人間は不老不死の身体と絶対無敵の魔力を持った『赤の巫子』となると言い伝えられています。巫子達は全部で十人いて、歴史の節目に現れては世界を平和へと導くといいます」


 歴史教師、メアル先生の声が広い教室に響いた。


 レクセ・ルイシルヴァ学園は、学園都市レクセディアの中でも一際大きな学校である。その四年生の発展クラスで、その授業は行なわれていた。


 生徒たちがメアル先生の解説に聞き入る中、一人の女生徒が手を上げた。

「メアル先生、赤い印ってどんなやつ?」

「いい質問ですね。では、ラファ君!答えてください。"赤い印"についての解説!」

「ええ?何で俺が。というか、『赤の巫子』なんてただの御伽噺だよ。そんな伝承信じるほうが馬鹿らしいって」


 メアル先生に指された茶髪に瑠璃色の瞳の少年は、彼女の講義を鼻で笑ってみせた。メアルは手にした指差し棒を今にも投げたそうにゆらゆら揺らしながら、苛々と言う。

「勿論、それはあなたがもう三回もこの授業を受けていて、ここにいる誰よりも巫子について詳しいからです!」

「ああ、ラファって去年再入学したんだっけ?」

一人の明るい男子生徒が茶化した。

 ラファはその話を出されるとちょっと赤くなる。案の定、そっぽ向いて「うるせえよ」とつぶやく彼を皆が笑った。と、ラファの右隣の席に座る男子が高々と手を上げた。

「だけど先生、ラファ君にそれを聞くの、間違ってますよ。彼って、根っからの非現実嫌いだもん。巫子の悪い面ばかり羅列していって、講義としては悪影響だと思います」

「チルタ!余計なこと言うなって」

「ふふ、ラファ、巫子のことに関しては相当詳しいから」

「レナも!」


 ラファの左隣の少女までもがくすくす笑うので、仏頂面でラファは機嫌を損ねた。メアル先生は彼に発言させることを諦めた。気を取り直して講義を続ける。

「はあ…もうよろしい。"赤い印"も全部で十種類あり、その印の位置はそれぞれ"目"、"骨"、"肩"…」



 終業のベルとともに、生徒たちが教室を飛び出していく。寮へと続く帰り道。ラファは淡い水色の便箋を開いて読んでいた。チルタがたずねる。

「誰からの手紙?もしかしてラブレター?」

「まさか!違うって。ラゼからだよ」

「…ああ、ゼルシャの」


 レナの笑顔がぴくりと動いたような気がするが、ラファはかまわず続けた。

「今は孤児集落にいるってさ。子供たちの世話しに」


 そしてかつての仲間の、チルタにとってはかつての敵の近況を読み上げるラファの横顔をぼんやりと見つめながら、ふとチルタが言った。

「ラファ君、背低くなった?」

「はあ?馬鹿、お前が伸びたんだろ。俺はもう成長期は終わったんだよ」

「ああ、そうか」


 チルタはちょっと寂しそうに笑った。ラファの姿は、十七歳の頃からなにひとつ変わらない。そろそろ二十歳になるにも関わらず、それにしては顔立ちがあどけなく、同い年の人間の中では体格も小柄すぎる。


 おそらくは、卒業までは学園にいられない。


 チルタのその考えを読んだかのように、ふとラファは視線を宙にさまよわせて、出し抜けに身を翻して駆け出した。

「え、ラファ?」

「悪いけど先戻っててくれ!寄り道してくる!」

「だけど、もうすぐ寮の帰宅時刻だよ?」

「代わりに帰宅延長届、出しといてくれよ。夕飯の時間には戻る!」

そうして駆けていくラファの後姿を見て、レナは呆け、チルタは小さく息をついた。



 その屋敷は、レクセディアのはずれにある。

 屋根の緑色は雨風にさらされてくすんでいたし、壁はところどころ崩れ落ちている。草花は屋敷の主がいないのをいいことにぐんぐんと伸びはびこって、見るからに幽霊屋敷、というような大きな館の雰囲気を更に際立たせていた。


 名づけて、「無人廃墟の館」。


 割れた窓から屋敷に侵入する。箪笥や椅子は倒れているし、床はほこりまみれ。天井近くには蜘蛛の巣のヴェールがかかり、廊下へと続く扉は、金具が片方外れて、不安定に半開きになっていた。

 西向きの窓。

 ラファの背から、名残惜しく輝くオレンジ色の光がいっぱいに入ってくる。


 ラファはその部屋の中で、唯一立ったままの箪笥の前に立った。この箪笥をまじまじと見るのは初めてだ。栗色の塗装はところどころ剥がれ落ちているが、取っ手の部分は銀製で、細かい模様が入っている。どうやらラトメ製の年代物らしい。


 箪笥の扉を開く。中には数枚のコートが掛かっていた。ここに自分と、もう一人少女が入っていたなんて、嘘のように中は狭かった。


 ぼんやりと箪笥の中身から目を離して、部屋の中を見回していると、ふと向かいの居間のほうから、床が軋むような高い音が響いた。ラファはほんの少し、肩を震わせた。


 テノールの…ああ、ちょっと以前より低くなっただろうか。明るい声が耳に入ってくる。

「おいマユキ、今更こんなところになんの用があるんだよ」

「いいでしょ別に!思い出したら急にまた来たくなっちゃったの!」


 もうひとつの声は懐かしい、少女の声。少し雰囲気がやわらかくなっただろうか。昔はもうちょっとひっくり返ることの多い高い声だった。


 ふたつの声はゆっくりとこちらの部屋へと向かっている。弾むように話しながら、ラファは箪笥の取っ手から手を離すことも忘れて、それらに聞き入った。


 少女の声が部屋の前で止まる。

「この部屋だよね?私とラファが、トレイズ達と初めて会った場所!懐かしい、なあ……?」


 半開きになった扉の隙間から、少女の小麦色の髪と瞳が見えた。彼女の目は、こちらを見てゆっくりと見開かれる。そんな少女を不審に思うように、彼女の前に一人の男性が立ち、扉を迷わず開け放つ。

 赤い錆のような色が混じった薄いブラウンの髪。グランセルドが持つ、きらめく金の瞳。

「おい、どうしたんだよマユキ。入らないのか?って…」


 時が、止まったかと思った。


 マユキは少し髪が伸びた。前は背中にかかるくらいだったそれは、今は腰まで流れていて。自分同様さして成長していないようだったが、それでも顔立ちはすっと大人びて、少女というよりは女性といったほうが似つかわしい。


 トレイズは少し、背が伸びた。肩も広くなり、以前よりもがっしりとした体躯。扉を開け放った手も少し大きくなった気がする。前よりも日に焼けたその顔は精悍そうで、金の瞳を小さく丸めてこちらを見ている。


 対するこちらは、何が変わっただろう。


 少女の唇が小さく言葉をつむいだ。泣き出してしまいそうに、瞳がうるんだ。


 物語はいつもここからはじまる。始まりも終わりも無慈悲なストーリー。戸惑いや迷い、悩みや葛藤の連続。泣いて、叫んで、怒って、それでも。


 ああ、何故だろう。今になって思い出すのは、確かに存在していた笑顔ばかりで。


――あなたにとってのしあわせは、なんですか


 ラファにとっての幸せは確かにあそこにあったのだ。無駄なことばかりではなかった。マユキだって、トレイズだって同じはずだった。目には見えない、口でもうまく説明できない。だけど。


――ラファ、あなたの行く先に、幸がありますように


 静かに、背を押された気がした。やさしく、やわらかく、ラファの幸せを祈るように。


 人生はひとつの物語で終わるほど短くはない。ラファはその振り色の瞳をひとつ瞬かせて、彼らに向けて一歩、足を踏み出した。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました!

これにて本編は終了となります。

あと一ページあとがきがあり、そこで裏話なども書く予定なので、興味など湧かれましたらどうぞご覧ください。

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