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さかさまクロック  作者: 佐倉アヤキ
神都ファナティライスト
59/61

act.56 拡散するセレナーデ

 「やあ、レナ。体調は大丈夫?」

「やだ、私もう病気は治ったのよ?元気に決まってるじゃない、チルタ」


 あれから、一夜明けて。チルタは月に惑わされて魔法にでもかかったように、見事に道化を演じてみせた。ルナに歩調を合わせるように。与えられた新たな筋書きに、見事に従ってみせた。

「納得がいかないって顔だね、ラファ」

幸せそうな二人を見ながら、神殿の廊下に立ち尽くしていたラファの背を、ギルビスが軽く小突いた。隣にはロビの姿もある。いつの間にこの二人は仲良くなったのか。ラファは妙な気分で並ぶ二人を見た。

「しかしまあ、ルナも役者だよね。レクセで会ったときもほぼ完璧に学生を演じてたし、巫子狩りより俳優を目指すべきだと僕は思うね。多分僕、彼女が黒髪じゃなきゃ敵だなんて気づかなかったと思うよ」

「ロビ、お前今日はトレイズと一緒に陛下と会議じゃないのかよ」

「そんなもの出るわけないでしょ。あの腐れ親父と同じ空間にいるなんて考えただけで耐えられないよ。それに、どうせファレイアさんがいるんだ、ろくな会議になんてなりゃしないさ」


 ロビはしれっと言い放つと肩をすくめた。あの高等祭司、以前ロビが話していた女官と同一人物だったそうな。シェーロラスディが、ロビのいい遊び役になると考えて、身分を偽らせてもぐりこませたらしいが、かの世界王は人選を誤ったことを、ラファは確信している。


 現実はどこまでも悲惨だった。あれからトレイズたちが神殿にやってきて、改めて話をした。そこでひとつの朗報があった。ピルが目を覚ましたらしい。


 しかしそれを語るトレイズの顔は暗かった。

「記憶を失くしてるんだ」

それを聞くユールの肩が、みるみるうちに落ちていくのをラファは見た。

「自分のことも、人のこともぜんぜん覚えてない。一般的な社会常識は身についてるから、生活には支障ないだろうけど、このまま学園に戻すのは無理だろうな」

「おそらく心因性の記憶障害だと思います。過去の自分と少しずつ接していけば、記憶は戻っていくケースは多いですが…」

説明するエルミは、途中気遣わしげにユールを見た。

「本人の意思次第です。現在、彼女は神護隊で保護しております」


 ユールの顔は蒼白だった。ルナが知らぬ振りを通している以上真偽は謎だが、ピルがルナに脅されて情報を渡していたのは事実だ。それはおそらく、ユールのことを引き合いに出されたから。彼女がユールに好意を持っているのは周知の事実だったし、きっと彼女はユールのためならばなんでもするだろう。

 なのに、結局ユールはピルを庇って怪我をして、連れ去られて、


 それをルナに話したところで、きっと彼女は大慌てで、「姉」の非礼を詫びるだけである。

「まあ、僕もあまり…というか、かなり釈然としないね」

ギルビスはルナとチルタを見ながらぼやいた。

「結局、僕たちの行動は全部無駄だったってことだろ?内輪で解決しちゃったわけだしさ。なんだか、リィナが死んだのも、無駄なことみたいで、僕は認められない」


 認めようと認めまいと、「あれ」が事実だけど。ため息をつくギルビス。ロビも同意見のようだった。…だが。

「私は、無駄じゃないって思うけど」

ラゼが金の瞳を細めてやってきた。

「だって、私たち、巫子にならなかったらどうなってたと思う?きっといろんなことが変わってて、その生活だって、きっと楽しいばっかりじゃなかったと思うの。それに、私たちだって出会えなかったじゃない。…それが全部、無駄だったなんて嫌だわ。

 確かに、辛いこといっぱいあったけど、私、みんなと仲間になれて、よかったと思うわ」


 そうして照れくさそうに笑ってみせるラゼ。ロビが半眼で彼女を見やった。

「……ポジティブだねえ」

「そこがラゼのいいところだろ」


 確かに、自分のこれまでの行動が無駄だったとは思いたくない。

 後悔することはいくらでもある。むしろ後悔することだらけだ。だけど、それらは結果的に、自分の糧となって残っている。


 問題は山積みだった。ピルのこと。ラトメのこと。チルタ達のこと。その中でラファ達にできることは多くない。世にあまた存在する物語のように、ひとつの問題が解決して大団円に笑って終われるほど、この世界は甘くはなかった。


「これから、ラファはどうするんだい?」

「お前らは?」

問い返すと、ロビは当然だとばかりにきょとんとして胸を張った。

「勿論ナエのところに帰るよ。こんなところには、一秒だって長くいたくはないね」

「私は、そうね…森を追放されちゃったから、しばらくマユキやトレイズについてラトメに行こうかな。雑用くらいなら、私でもできるでしょうし」

「ギルビスは?」

ギルビスはうんざりした口調で返した。

「うるさいのを待たせてるから村に帰るよ。まったく、結局役目を果たしてないなんて言ったら、あのエルフはどんな顔するやら」

「泣いて喜ぶだろ」

「フェイはね。でもソラは怒り狂って、『リィナの墓前で土下座しろ!』とでも箒振り回して追い掛け回されそうだ」


 ギルビスはちょっと笑った。けれどきっと、ソラは喜ぶだろう。ラファは思った。彼が村を出たときの顔、本当にひどかったのだから。

「で、ラファはどうするのさ?」

再度問うてきたロビに、ラファは口を開いた。視線をめぐらせると、一本奥の渡り廊下を、マユキとトレイズが並んで歩いているのに気がついた。トレイズがこちらに気づき、気まずそうに苦笑して小さく手を振ってきた。マユキはこちらを見向きもしなかった。

 ラファはロビに視線を戻した。

「約束を、果たしに行くよ」

次回最終話になります。

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