act.51 ギルビスの意見では
その後。
あてがわれた部屋に通されて、ラファはぼんやりとベッドに転がって、チルタの今後を思った。
例えば、彼が生き残ったとして。そのときこの世界はどうなるのだろう。逆に、彼が死んだとして。否、殺せるのだろうか、自分達に。フェルマータはもう牢から出てこないのに。
答えもないことをつらつらと考えて、気づけば彼の疲れた身体は、眠りの世界へと沈んでいった。
◆
「ギルビス君とユール君に、会う?」
そうチルタが切り出してきたのは翌日の昼だった。
そういえば、いろいろなことがありすぎてすっかり脇に追いやってしまっていたが、ギルビスとユールはファナティライストに連れ去られていたのだったか。
チルタは薄く笑った。
「二人ともこちらでは特に危害を加えてないよ。ルナも大した怪我をさせたわけでもないみたいだし。ただ、外にふらふら出すわけにもいかないからね。この神殿の一室に止まってもらってる」
すると二人は無事ということだ。ひとまずそれにほっとして、ラファはチルタの申し出を受けた。
ギルビスとユールは同じ部屋に寝泊りしているようだった。チルタと共に部屋に入ってきたラファを見て、ギルビスは表情を強張らせる。
「ラファ…」
「ギルビス、ユール」
それ以上会話を続けられずに口を噤んでしまうと、チルタが気を遣ったのか部屋から出て行った。途端、室内に広がる、沈黙。
まず口を開いたのは、ユールだった。
「お久しぶりです、ラファ先輩」
「あ、ああ…ユールも。怪我したって聞いてたから、よかった。無事で…」
「ということは、トレイズ達とは合流したってことでいいんだよね。あいつらとは…一緒じゃないみたいだけど」
ギルビスも、表情を硬くしたままだが声を上げて、ゆっくりとラファを椅子に座るよう促した。
「トレイズ達がどうしているのかは、知らない。ここへは俺1人で来たから」
「……」
「あっ、べ、別にチルタの側に寝返ったとか、そういうんじゃないからな!…といっても、なんだかいろいろあったから、何から説明していいのかわかんないけど…」
途方に暮れて頭をかくと、ギルビスは溜息を吐いた。
「はあ…まあ、いいよ。説明しなくても大体見当はつくしね」
「え?」
「シェーロラスディ陛下からお聞きしました。第九の巫子たるチルタは、八歳の頃に十七歳のラファ先輩と会ったことがあると」
ユールも後を続ける。ラファは呆気にとられて、彼の相変わらずぼんやりとした表情をまじまじと見た。ギルビスが肩をすくめた。
「当然、今から十年近くも前の時代に、十七歳のラファが存在しているわけがない。…あくまで、君が"ただの人間"なら、ね」
ギルビスはゆっくりと、その濃紺の瞳でラファを射抜いた。
「ラファ、過去の世界に行ってきたんだろ」
「…………それも、しばらくチルタの家に世話になってたよ」
白状すると、ギルビスは気が抜けたと言わんばかりに大きく伸びをした。
「これでようやく合点がいったというか…つまりは、チルタがラファだけを妙に意識してたのは、そういうことってわけだ。どうせラファのことだから、チルタに感情移入しちゃって殺すに殺せなくなっちゃったってところだろ」
二の句が継げずにいるラファをじとりと恨めしげに見たギルビスは、しかし視線を外して、窓の外に広がる庭の風景を見るともなしに見て、続ける。
「……といっても、殺そうにも殺せないけどね」
「そうだよな…なんとかして、巫子の力をなくせないのかな」
「なくせるよ」
「そうだよな…って、え?」
ギルビスはのんびりと足を組んだ。
「聞いたことない?"第九の巫子を殺さずに済む方法"」
「殺さずに…済む?なんだよ、それ!聞いたことねえよ!」
チルタを殺さなくても済む方法がある。じゃあ何故フェルマータはそれを教えなかった?自分が今まで悩んできたことは一体なんだったんだ?
爆発的にラファの中で怒りがはぜた。ギルビスはそんなラファを呆れたように見やる。
「やっぱり知らないよね。まあ、簡単には出来ないことだし、普通に第九の巫子を殺しちゃったほうが手っ取り早いんだから」
「どんな方法なんだ、それ!?」
「"諦めること"だよ」
ラファは訝しげに眉を寄せた。ギルビスは謳いあげるように解説した。
「"赤の巫子"が"赤い印"に、つまりは、世界創設者の意志だね。これに選ばれるというのは、ラファも身を持って知ってるよね?」
「えっと…そういえば"印"を継承したとき、"君は守りたいか"とかなんとか、言われたような…」
「そう、第二の巫子は"守り"を条件として選ばれる。何かを守りたい、そう強く願った者だ。こんな風に、赤の巫子になるためには一定の条件を満たさないといけない。例えば、僕は誰かを"救い"たいと強く願ったこととか、ね」
ギルビスはそして、自嘲的に視線を逸らした。彼には、救いたいと願ったものがある。そして、救えなかった大切なものも。
「その条件ってやつは、巫子の持つ能力にも左右している。第二の巫子が持つのは守護の、第三の巫子が持つのは治癒の…といった具合にね。つまり、赤い印の発生源は巫子自身の"思い"なんだ。だから、その思いが消えれば…」
「巫子の役目も…消える?」
ラファが、後に続いて呆然と呟いた。
そうだ。何故気づかなかったのだろう。レーチスが第九の巫子の役目から解放されていることに。
フェルマータが「レーチスは死んだ」と言ったにも関わらず、ひょっこりとラファの前に姿を現したレーチス。彼は、他の巫子によって殺されているはずなのに。
――この子が未来でどんな奴に育ってても文句言うなよ
「未来」。なんとなしに言ったレーチスの台詞。なんとなしに…未来が続いていくことを是とした、レーチスの、台詞。
第九の巫子の力は「破滅」。そして、彼の願いは…
「それで、第九の巫子の"条件"というのは、なんですか?」
ユールの問い。ギルビスは肩をすくめて答えた。
「世界への絶望…"世界の破滅"さ」
レナを助けたくて。ラファを助けたくて。レーチスを尊敬して。トレイズを憎んで。エルミリカを哀れんで。
それで得た巫子の力は、"壊す"ことしかできない。
「こわい」と、泣いたチルタ。この不条理な世界に、ラファは再び悔しさに涙したい衝動に駆られた。




