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さかさまクロック  作者: 佐倉アヤキ
学園都市レクセディアそして神聖都市ラトメディア
46/61

act.43 逃げたことへの代償

 ラトメディアは騒然としていた。民衆達からは口々に暴言が飛び交い、中には泣き喚く者、青ざめる者、いい気味だと叫んで、屈強な男達に叩きのめされる者…


 神聖都市ラトメディアの象徴であったフェルマータのいなくなったこの町では、全ての規律が失われていた。

「トレイズさん!」

怪我人の手当てに追われていたレインが、こちらに気がつき駆けてきた。きっとろくに寝ていないのだろう、民達に負けず劣らず顔色の悪い彼は、それでも笑顔を浮かべてトレイズ達を迎えた。

「お帰りなさいませトレイズさん、サザメ様。無事でよかった…」

「そんなことはいい、どういう状況なんだ、これは?」

「僕らにもよくわかってません…いや、多分、ほとんどの人は経緯もなにも分からずに、混乱しているんです。とにかく、フェルマータ様が、実は、先の殺人鬼エルフェオの反逆事件の主犯だったということが発覚したんです。広場で、貴宿塔長のエッフェルリスの目の前で、フェルマータ様ご自身が明言されたことですから、確かな情報だと…」

「なん…ですって…?」


 サザメがレインの肩に掴みかかり、甲高い声でわめいた。

「エルミ…エルミはどこにいるの!?」

「エルミ、ですか?」

レインは目を白黒させて、そして合点がいったとばかりに鋭い視線でサザメを射抜いた。

「エルミの責任じゃありません!」

「じゃあなんだっていうの?エルミが止めないからこんなことになったんでしょう!?」

「エルミは本来部外者のはずだ!なのに、貴方はいつも彼女に責任を押し付けようとする!」

「お、おい、サザメさん、レイン。一体どういうことなのか俺達にも説明してくれよ」


 トレイズが話に加わると、二人は何故か苦虫を噛み潰したような表情で互いに顔を背けた。それで気が付いたが、見るとレインの頬にも、殴られたときに出来る真っ赤な腫れがくっきりと浮き出ていた。

「わかることだけでいいんだ。一体フェル様は何をやって、それで今は何が起こっているのか」

「それは…」


 「それは、僕がお話しいたしましょう」

コツ、革靴の踵が鳴る音が大通りの奥から響いた。銀の髪、瑠璃の瞳。そして隣にはラファがいて。エルミはこの暴動の起こる街に似つかわしくない柔和な笑みを浮かべた。そしてまず、トレイズに一礼する。

「お帰りなさいませ、トレイズさん」

「あ、ああ…」

 あまりに悠長なその様子に面食らう一同。ラファがトレイズ達に駆け寄った。

「無事だったのか!良かった……あれ?」

そしてトレイズに負ぶわれたピルに首をかしげた。

「なんでピルがここに?…それに、ギルビスは?」



 「待てよ!ギルビスとユールが、ファナティライストに捕まったって…!」

ラトメディア神護隊本部。その一室で、レクセで起こった一連の出来事を聞いて、ラファは身を乗り出してトレイズに詰め寄った。

「そんな…そんなこと、マユキにどう説明してやれば…」

「そういえば、マユキの姿が見えないね。どうしたんだい?」

ロビが問うと、答えたのはエルミだった。

「マユキ様なら、エルディ君とクルドさんと一緒に神宿塔に行かれましたよ。その牢に、フェルマータ様がいらっしゃいますから」

「フェル」

サザメが俯いた。エルミが続けて語り始める。

「こちらの状況はご覧になったとおりです。殺人鬼として名高い、そしてフェルマータ様の伴侶であったエルフェオの事件…神官を幾人も切りつけ逃亡した事件で、エルフェオが冤罪だと判明し、今はフェルマータ様が主犯とされ、牢で監禁されています。民は混乱し、各地で暴動が頻発していて、ラトメは半ば内乱状態です」


 ゆったりと語り終えてから、エルミは口元に手を当てた。

「…ですが、まずいですね」

「なにが?」

「ユール様がファナティライストに捕まったことです。このままフェルマータ様が処刑されて"神の子"がいなくなれば、当然、ラトメは次の"神の子"を探すでしょう…つまり、フェルマータ様のご子息、マユキ様とユール様を、です」

「そうか」

ロビも気づいたらしい。珍しく眉を寄せて考え込んでいる。ラゼが困惑したような声を上げた。

「どういうこと?」

「ファナティライストに、ユールが"神の子"の継承権を持つことが知れれば、きっとあの神都は、彼を取引材料に使うだろう。ラトメはファナティライストと対立関係にあって、今はその戦力は同等だけど、ユールの存在は、人質になりうるってわけだ。僕たちだけじゃなく、ラトメ全体の、ね。…あるいは、ルナもそれが目的だったことも考えられる」


 一同は青ざめた。でも、とトレイズが口を開いた。

「でも、わからないだろ?今まで隠し通してこれたんだ。ユールがラトメの上流階級だって証拠なんて、」

「あるじゃない」

ラゼが震える声で言った。

「……"46の円占い"が」



 ラファ達の間に沈黙が流れている一方で、神宿塔の地下ではマユキ達が高く靴音を響かせて、細く暗い牢獄を歩いていた。入り組んだ廊下。ぴちゃん、どこからか水滴の落ちる音が聞こえる。

 隣でエルディが口を開いた。

「フェルマータ様は一番奥の部屋だそうです。本当は舞宿塔から行ったほうが近いんですけど、今の状況じゃ、僕たちが入れるのは神宿塔だけですから」

「ううん、大丈夫。ありがとう」

そう言いつつも、マユキは上着の合わせ目を手繰り寄せてその身にきつく巻きつけた。


 ラトメディアの牢は地下に木の根のように広がっており、出入り口は三尖塔の転移装置のみ。あちこちに守備兵がいて、訝るようにマユキ達を見ていた。フェルマータは、神宿塔から最も遠い牢にいる。

 クルドが溜息をついた。

「しかし、フェルマータ様になんのご用事ですか、マユキ様?いくら巫子とはいえ、会えるかどうかは難しいと思いますが」

「会えないなら会えないでいいの。私のわがままだし、それに…エルミに、会いに行くように言われたから」

「エルミに?」

エルディが、双子の妹とそっくりな表情をゆがめた。

「あいつ、また妙なこと考えてるんじゃ…」

「お前の弟だろう、エルディ。ちゃんと見張っていろ」

「それを言うならあんたの部下だろ、僕の責任じゃない」


 ぴちゃん。再び水音。地下深いここまでは、さすがに暴動の音は聞こえてはこない。

「ラファ達、大丈夫かな」

「どうせ殺しても死なないでしょうあの方は。それよりトレイズさんが戻ってきた時のほうが恐ろしい。あの人のことだから牢まで乗り込んで来かねない」

「うん。エルミには、なにか考えがあるみたいなんだけど」


 ノルッセルの"予知夢の君"エルミリカ・ノルッセル。彼女のこの未来が視えていたのかは甚だ疑問だが、しかし彼女の頭脳を持ってすれば、それを差し引いてもマユキに見えないものが見えているのだろう。

「本当にエルミの奴、何を考えているんだか」

クルドは盛大に溜息をついた。とはいえ今そんなことを話していても仕方がない。自分達には自分達の、やるべきことをやるだけだ。

 目の前に立ちはだかる牢番に視線を向けて、マユキ達はようやく足を止めた。


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