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さかさまクロック  作者: 佐倉アヤキ
学園都市レクセディアそして神聖都市ラトメディア
43/61

act.40 逃走劇

 メアル先生は、あちこちに武器が押し込められて、狭くなっている部屋の中央に仁王立ちをしていた。入り口前で立ち尽くすままの一行を見て、眼鏡の奥の瞳がきらりと光った。

「初めて見たときから、何かおかしいと思っていたの。知り合いをあまり作らないユール君やピル君が、こんなに大勢の推薦者を連れてくるんだもの」

ギルビスが舌打ちした。メアルは疲れた様子でくすりと笑う。

「お急ぎのところ申し訳ないけど、きちんと事情を話してくれるまでは離さないわ。…レクセ・ルイシルヴァ学園の司法は私達教師よ。迷うわけがないわね?」

「どうするんですか、トレイズさん」


 ユールが声を低くして問うと、トレイズは、一歩前に出て、胸に手を当てて、頭を下げた。

「俺はラトメディア神護隊長のトレイズといいます。"神の子"フェルマータ様の命で、"赤の巫子"捜索の任に就いていたのですが、ファナティライストの兵に追われ、この学園に、ユール達に協力してもらって、身を潜めていました」


 メアル先生の目が、ゆっくりと見開かれた。さすがに予想だにしていない言葉だったらしい。引き続いて、ピルが叫ぶ。

「あの、あのね、先生!ラファ先輩とマユキ先輩も"巫子"なの!行方不明になったあの日、先輩達は"赤い印"を継承して、ラトメに逃げたんだって!」

「……な、んですっ…て…?」

驚きうろたえるメアル先生に、トレイズはなおも頭を下げた。

「ラファとマユキを連れて行ったのは、俺です。あいつらも俺たちと一緒にレクセに戻ってきてたけど、こんな時に学園の処罰で時間を取られるわけにはいかなくて、学園には来ていません。あいつらは、一足先にラトメに戻りました」

「じゃ…じゃあ、じゃあ、あの子達は…あの子達が、巫子…?世界を救う、巫子……それじゃ、貴方達も」

「そうだよ、僕らは赤の巫子だ」


 ロビが肩をすくめて言った。トレイズは左手の手袋を外した。真っ赤に染まった左手に、メアル先生は息を呑んだ。その眼前に赤い印を向けたとトレイズは、声に不穏な香りを滲ませて言った。

「武器を引き渡してください、メアル先生。でなきゃ俺は、あなたを攻撃しなきゃならない」

「――!!」

「もっと、眠りの呪文とか使えたらよかったね」

「つくづくラファの有難さが身にしみるよ。僕以外の"印"の能力、全員攻撃的だから」


 和やかに話すラゼとギルビス。その穏やかな空気が、余計にメアルの心臓を震え上がらせた。安穏としたレクセの学園とは違う、殺伐とした世界にあのラファとマユキが身をおいているのかと思うと、メアルはぞっとした。まるで信じられなかったが、トレイズ達がこんなところで嘘をつくとも考えられない。

「ラファ君とマユキ君は、…無事なのね?」

「きっと今頃は、ラトメで俺達を待ってます」

「……」

メアル先生はうつむいて、脇に避けると、トレイズ達を奥へと通した。蒼白な表情だった。

「ありがとうございます、先生」

「ねえ」


自分達の武器を取り戻したトレイズ達に、メアルは静かに問うた。

「ラファ君はとんでもない現実主義よ。少なくとも彼がいなくなったあの日、ラファ君は巫子なんているはずないと言っていた。…そんな子に、巫子なんて務まるのかしら」

トレイズは振り返った。自信も満々に、言う。

「あいつは、すごくいい巫子だよ」



 学園を抜け出すのはそう難しいことではなかった。というのも、メアル先生が「ラファ君とマユキ君を守ってくれ」と懇願するとともに、警備員のついたルイシルヴァの裏門を教師の許可を出して開けてくれたのだ。トレイズ達は、昼間だというのにほの暗い小道を走った。

「なんだ、意外と楽に行けるじゃないか。ファナティライスト兵もいないみたいだし」

「……その楽さが、なんだか引っかかるけど」

 ロビがぼそりとつぶやくと、案の定。再び、前方に行く手を塞ぐ影があった。


 こつり。革靴の踵が鳴る。こつり。憎らしげにこちらを見る瞳。こつり。黄土色の髪が、ふわりと舞った。警戒心もあらわに一同が武器を身構えるが、ラゼだけは目を丸くした。

「あれっ、エピナ…?」


 エピナは手に、訓練用の刃のない長剣を持って、こちらをぎらりと睨みつけていた。殺気立った憎しみに駆られた瞳。身に覚えのない彼女の態度に、ラゼは戸惑った。

「エピナ、なんでここにいるの?」

「なんで…?ふふっ」

肩を震わせて、エピナはわらった。血走った目。その奥の奥にどこか狂気を感じて、一同は一歩後ずさった。

「それを、ラゼが聞くの?私のことずっとだましてて…私がラファとマユキのこと探してるって、知ってたくせに!!」


 一同は唖然としてエピナを見つめた。黙り込むラゼたちに、とうとうエピナは涙を浮かべ、自嘲的に笑った。

「そうなのね」

確信を帯びた口調。

「そうだったのね」

「エピナ…違うの!話を聞いて」

「何が違うっていうの!!」

甲高い声。途方に暮れて顔を見合わせる一行を見かねたユールが、一歩前に出た。

「エピナさん。マユキ姉さんたちは、別にさらわれたわけじゃないんです。自分達の意思で学園に戻ってきていなくて、だから」

「ユール君も騙されちゃだめよ!そうよ…マユキやラファを人質に取ってるんでしょう?そうに違いないわ!何も知らない学生のふりをして…ユール君とピルちゃんを離しなさい!」


 エピナは剣を降りかぶって、こちらへと駆けてきた。刃のない剣だ、斬れることはないが、しかし…一瞬立ち尽くしたトレイズ達。エピナが迫る。振るわれた刃。そして――

「そこまでだよ」

全く揺るぎのない声と同時、エピナの首筋に、正真正銘ぎらりと光る切っ先が当てられた。ロビの槍だった。勿論、触れれば切れる。

「ひっ」

エピナがその不穏なぎらつきにぎょっと目を剥いた。ラゼが金切り声を上げる。

「ロビ、やめて!」

「残念だけど、今回のラゼのお願いは聞けないなあ。言ったよね?僕、人を信じない奴って大嫌いなんだ。そういう奴は、お仕置きしなくちゃ」

とん、軽い音を立てて、立ちすくむエピナの首筋に槍の柄を叩き込むと。彼女はその場に、崩れ落ちた。ロビの一片の隙もない動きに、単なる学生の彼女が敵うはずもなかった。

「エピナ!」

ラゼが駆け寄るも、エピナは動かない。気を失って、剣も取り落としていた。


 「妙だね」

ギルビスが唸った。

「どうして彼女が、ラファとマユキが僕達とつながりがあるって、しかも、僕達が…正確にはトレイズが、だけど…彼等を連れて行ったって知ってるんだろう?」

「前に教室で話してたのを聞かれた、とか?」

「それはないわ!あの時エピナは教室にいなかったんだもの!」


 ラゼの台詞に、一同は訝しげに顔を見合わせた。ユールが、黙り込む一同の思いを口にした。

「誰か、手を引いているものがいるようですね。エピナさんに、姉さん達のことを吹き込んだ人間が」

「えっ!?」

ピルが目を丸くして震えた。

「それ…それって、スパイってこと?」

「その可能性が高いね。ファナティライストの側からも、僕らと同じように学園に入り込んでいる奴がいてもおかしくはないのさ」

ロビはなんてことはない風に言ったが、顔は真剣だった。

「考えても見れば、メアルとかいう先生の時もそうだ。いくら僕らが怪しいって言っても、今日、あの時間に僕らが武器庫に行くってどうしてわかった?鍵は昨日借りたんだ。わざわざ次の日の昼まで使わずにいたことを、あの先生が知るわけがない」

「……」


 再び沈黙に陥った一行。ラゼは意識のないエピナを見下ろした。一体誰が?

「…考えたってしょうがない。とにかく、これからもこうして教師や生徒が向かってくるかもしれないことを警戒しよう。行こうぜ」


 トレイズの言葉に、弾かれたように一同は動き出した。渋るラゼの腕は、ギルビスが引っ張って。ロビが最後尾を行く。ふと振り返り、倒れたエピナを見るともなしに見て。

「――最有力候補はあの黒髪の女だけど…ラゼには言うべきじゃないよね、うん」


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