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さかさまクロック  作者: 佐倉アヤキ
学園都市レクセディア
4/61

act.1 幕開け

それは今から千年も昔の話。

この世界は七つの国に分かたれていた。どうしてそんな話になったのかは明らかになっていないけれど、各国は我こそが世界の王者だと、互いに戦いを繰り広げていた。

そんな無意味極まりない戦争を食い止めたのが、今は「世界創設者」と呼ばれる十数人の一団と、彼らを束ねるリーダー、聖女クレイリス。彼らは七つあった国をひとつの大国に纏め上げ、それから新たに神都・ファナティライストと呼ばれる都市を作り上げて、世界に平穏をもたらした。


世界は平和になった。平和になったのだと、誰もがそう思っていた。


けれどあるとき、世界創設者たちは忽然と姿を消すことになる。

いかな目的か、「人工的な」不老不死の力を、世界に遺して。



「そして!その力を示す赤色の証を『赤い印』といい、それを宿した人間は不老不死の身体と絶対無敵の魔力を持った『赤の巫子』となると言い伝えられています。巫子達は全部で十人いて、歴史の節目に現れては世界を平和へと導くといいます」


歴史教師、メアル先生の声が広い教室に響いた。


レクセ・ルイシルヴァ学園は、学園都市レクセディアの中でも一際大きな学校である。その四年生の発展クラスで、その授業は行なわれていた。

しんとした教室内。皆の視線は黒板と、メアル先生にぼんやりと注がれている。壁を一枚挟んだ廊下を歩く生徒達の声がやけに耳につく中で、一人の少年が鼻で笑うように声を上げた。

「はっ、『赤の巫子』なんてただの御伽噺だよ。本当にそんなのいるわけないって……ってうわっ!!」


慌ててメアル先生から飛んできた指差し棒を避けたブラウンの髪に瑠璃色の瞳の少年は、その棒を難なく受け止めた彼の後ろの席の少女の姿を見とめてから、真っ青になってメアル先生に向かって噛み付いた。

「あ…危ねえだろメアル先生!」

「お黙りなさいラファ君!あなたは世界創設者がお創りになったこの世界を否定したのですよ?その恥を感じないのですか!?さあ、後ろのマユキ君に謝りなさい!『よけてごめんなさい』って!」

「その前に投げたことをアンタが謝れよ!」


指差し棒を右手でもてあそびながら、当の小麦色の髪の少女は険悪な雰囲気のラファとメアル先生に静かに言い放った。

「別に謝らなくても結構ですよ二人とも。その代わり…」

「その代わり?」

声を揃えて尋ねてきた二人に、生徒達の誰もが言いたくてたまらなかった台詞を、彼女はいとも簡単に言ってのけた。


「もう終了時間を十五分も過ぎた授業、いい加減に終わらせてください」


生徒達は、その通りだとばかりに一斉に力強く頷いた。



「ったく…本当に何考えてんだメアル先生は…」

「ラファってメアル先生と仲悪いよね」


夕方のレクセディアを、ラファとマユキは並んで歩いていた。メインストリートにはずらりと露店が並び、さまざまな品を売っているのは皆レクセの学生だ。この都市が「こどもの国」などと言われる所以は学生達が一般階層の人々の中心となっていることにある。

世界中の子供たちは、レクセで働いたり、勉強することに憧れてここにやってくる。生まれた頃からこの街に住むラファにとっては、この光景も見慣れたものだった。


そんなにぎわうストリートを曲がり、ひどく閑散とした脇道へと入って、マユキはぽつりと呟いた。


「……私はいると思うんだけどなあ、『赤の巫子』」

「そうかあ?」

「うん、ラトメの"神の子"だって巫子の一人だって言われてるし、ありえると思うんだよねえ」


そう目を輝かせてぼやいたマユキに、ラファは嘆息した。

彼女は、現実的な(マユキに言わせれば「堅物」な)ラファとは違って、かなり夢見がちな性格をしている。妖精だとか天使だとか神だとか、「現実味のないこと」が大好物で、学園で占いを営む弟と、共に語り合っては人の話も聞かないほどに盛り上がってしまう。


ラファからしてみれば「赤の巫子」なんて歴史書と絵本の物語としか思えない。第一「不老不死」なんて存在してたまるものか。しかもそれが十人も、など。神話の中では双子神エルの四つの光が不老不死の人間となったなどと言われているが、レクセにいてもそんな人間、一人も見たことが無い。この街は世界中からごまんと人が集まってくるし、実在するとしたら一人くらい、知り合いがいてもおかしくないだろうに。


だから、俺は「不老不死」なんて認めない。

それはラファの信条であり、信念だった。


するといつもと同じようにマユキは口を尖らせた。

「ラファってば、相変わらず堅物だよね」

悪かったな。



その屋敷は、レクセディアのはずれにある。

屋根の緑色は雨風にさらされてくすんでいたし、壁はところどころ崩れ落ちている。草花は屋敷の主がいないのをいいことにぐんぐんと伸びはびこって、見るからに幽霊屋敷、というような大きな館の雰囲気を更に際立たせていた。

名づけて、「無人廃墟の館」。

ルイシルヴァ学園の生徒達の中で駆け巡る噂は、いわゆるありがちな幽霊スポットとさして変わりないものばかり。ラファであれば一笑して次の瞬間には存在すら忘れてしまうところだが、(ラファにとっては)運が悪いことに話を聞きつけたのはマユキのほうだった。例によって「幽霊」という単語に反応した彼女に引っ張られて、今に至るというわけである。

「巫子の次は幽霊かよ……今日は厄日か」

「いかにも出そうな雰囲気じゃない?」

割れた窓から屋敷に侵入しながらマユキが嬉しそうに声を上げた。

ラファも続いて中へと身を滑り込ませると、なるほど確かに「いかにも」だ。

箪笥や椅子は倒れているし、床はホコリまみれ。天井近くにはクモの巣のヴェールがかかり、廊下へと続く扉は、金具が片方外れて不安定に半開きになっていた。大きな窓を飛び越えて部屋に着地すると、ふわりとホコリが舞い上がった。

見ると、床のいたるところに足跡がついている…

案外、マユキのような人間は多いらしい。ラファはげんなりと溜息を吐いた。


「幽霊が出るのはね、一階の居間らしいよ。ここの向かいの部屋で、日没ちょうどに」

どこで手に入れたのだろうか、屋敷の見取り図を見ながらマユキが言ったので、ラファは窓の外を振り返った。西向きの窓から、名残惜しく輝くオレンジ色の光がいっぱいにこちらへと注ぎ込んでくる。

「日没か…あと十分くらいか?」

「みたいだね。じゃあそれまで…」


屋敷の探検でもしようよ、そう言おうとしたのであろうマユキの台詞は、最後まで続かなかった。ラファ達のいる向かいの部屋から、床が軋むような高い音が響いたからだ。


外を見る。まだ陽は沈んでいない。


「まさか、先生かな?それとも幽霊の気が早いのかな?」

「馬鹿、そんな幽霊いるかよっ」

不安げに囁くマユキの腕をひっつかみ、ラファは考えるより先に唯一立ったままの箪笥の中へと押し込んで、自分もそこに飛び込むと、そっと扉を閉めた。

レクセディア学園の寮の門限は日没まで。この館に生徒達がたびたび入り込んでいるのを知って、先生達が見回りに来たのかもしれない。こんなところに忍び込んでいるのを見つかれば、規則の厳しいルイシルヴァでは間違いなく処罰が下されることだろう。


じっと息を殺して縮こまっていると、向かいの部屋の扉を開く音がした。

明るいテノールの男声が耳に入ってくる。

「……今日はちょっと早く来ちまったな」

「別にいいでしょう数分くらい。それよりこのワープゲート、なんとかならなかったんですか?出るたびにホコリまみれになって勘弁してほしいんですけど」

「しょうがないだろ、ここがいちばん目立たないんだ」


もうひとつのボーイソプラノの声が近づいてきた。続いてこの部屋の扉を開く音。

「……足跡が増えてますね」

どき、と心臓が高鳴る。マユキとそっと視線を交わす。

「もしかして、例の奴らかな?」

「わかりませんけど…そろそろだ、ってあの方も言ってましたしね」

「運がよければ今日でホコリともおさらばかもな」


テノールの声が近づいてきた。どうやら彼らは誰かを探しているらしい。

どうしよう、教師ではなさそうだ。でも生徒でもなさそうだ。もし見つかって学園に突き出されたら…


ラファは目をつぶった………誰か!


助けを求めてもしょうがないことはわかってる。

それでも彼は願わずにはいられなかった。

誰か俺達を助けて下さい、カミサマ!

神の存在を信じたのなんて、初めてかもしれない。


その時…

ラファの願いが届いたのか、青年の声が、聞こえてきた。


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