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さかさまクロック  作者: 佐倉アヤキ
学園都市レクセディアそして神聖都市ラトメディア
38/61

act.35 作戦会議

 ラゼはとても機嫌が良かった。


 入学してきた時期が重なったからだろうか、ラゼはルナと寮のルームメイトになった。ゼルシャにはエルフしかいなかったし、一緒に旅をしていたマユキには嫌われていたから、同世代の、しかも人間の女友達というのは初めてだった。


 ルナはとても頭が良かった。博識なのに、その知識を決してひけらかしたりしない。しかも努力家で、優しくて、かっこよくて。時折見せる笑顔が可愛くて。その美しい姿も、きりりと澄んだ雰囲気も、それらの魅入る要素に何一つ頓着していない彼女の気取らない態度も。まるで女の子の理想像だ。


 ルナと仲良く手を繋いで(ルナは苦笑していたが、纏わり付くラゼに悪い顔はしていなかった、と思う)教室の扉を開くと、ギルビスとロビが額をつき合わせてなにやら席で話し込んでいた。彼らも、特にギルビスのほうがロビを毛嫌いしていたというのに、いつの間にこんなに仲が良くなったのだか。疑問に思いつつも朗らかに挨拶したラゼと、隣に立つルナと、そして最後に二人の繋がれた手を見て、二人はちらと目を見合わせた。

「やあ、ラゼ、ルナ。仲良くなったんだ」

「ええ」

「うん!」

「……へえ」


 ギルビスはよかったね、と言って微笑んだが、ロビは口をつぐんだままルナの顔を凝視していた。首を傾げるルナ。

「…なにか?」

「ああ、いや。なんでもないよ。綺麗な黒髪だと思ってね、珍しい色だし」

「これ?」


 ルナは、ポニーテールにした黒髪をひと房取った。少し恥ずかしそうな笑みがとても可愛らしい。はにかんで言う。

「お母さん譲りなの。私の自慢の髪よ」

「…そう」

「いいなあ、ルナ。お手入れも何もしてないんでしょ?それなのにこんなにサラサラで、羨ましい」

「あら、ラゼの金髪も、私、素敵だと思う」

 ラゼは途端、頬を染めてうつむいた。嬉しさを顔に湛えたままギルビスたちと別れて自分の席に向かっていくラゼは、ルナの腕をくいくい引っ張って隣の席にいざなっていた。


 その様子を見て、ギルビスはロビに低く問うた。

「…どう見る?」

「いろんな意味で危ないかもね。ラゼも、あのルナって子も」

「あの様子じゃ、"付き合うな"とも言えないだろうし…」

困ったな、ぼやくギルビスに、しかしロビは肩をすくめた。

「ラゼだって馬鹿じゃないでしょ?ゼルシャに閉じ込められてたにしても、さ。自分でなんとかするって」

「ロビ、君、その無関心、治したら?」

「残念、生まれつきさ」

「嘘つけ」

軽く言い合う。ロビはにっこりと笑った。


 すると、教室の扉を勢いよく開けて、トレイズが戻ってきた。

「やあ、トレイズ。首尾はどうだい?」

「朗報だ」

ギルビスの、ロビとは逆隣に座って、トレイズは身を乗り出した。周囲に視線を飛ばしてから、声をひそめて言う。

「あいつら、ラファとマユキな、昨日の真夜中に脱出したらしい」

「随分早いな」

「あの二人にそんなに器用な真似ができるとは思わなかったね」

「二人とも、仮にも巫子だってことだ、ロビ。ユールの話だと、もうラトメにいるらしいから…国境を越えて転移を使ったんだろうな」

「なかなかやるじゃない、あの二人!」

ロビはからからと笑った。

「まあ、過去夢の君と次期"神の子"なんだ、このくらい余裕でしょ」

「まあね、過去夢の君と……え?」

「はあ?」

ギルビスとトレイズは一拍遅れて顔を上げた。訝しげにロビを見る。

「ちょっと待って、次期"神の子"って?」

「過去夢の君はラファだから、え、嘘だろ、マユキのこと言ってんのかよ」

「違うのかい?」

「違うもなにも、マユキから親の話なんて聞いたことないし、第一そんな人間がレクセで学生なんてやってるわけないだろ」

「でも、あの子フェルマータにそっくりだよ。あのいけ好かない女がにこにこ笑ってるのかと思って最初は鳥肌が立ったくらい。トレイズ、気づいてなかったの?」

「そりゃあ、髪の色は似てるけど…でもなあ」

「僕は、君達がインテレディアに来る前の話は知らないけど。でも、だとしたら大変かもね。ラファの…ノルッセル一族と、ラトメの一族って、確かものすごく仲が悪かったはずだし。マユキがラトメ一門の人間だったら、ラファと友達だなんて、親類が絶対に許さないだろ」

「ロゼリーは千年前に滅んでるんだし、もうそこまでうるさくは…第一、確証がないだろ?マユキが…まさか」

「どうだかね」


 ギルビス、トレイズ、ロビは男三人で黙りこくった。教室の奥から、ラゼの楽しげな笑い声が聞こえた。

 やがて、トレイズがため息をついた。

「フェル様に聞くことが増えたな」

「ユールにも聞いてみようか。あいつなら知ってそうだし」

「機会があったらね」

とりあえず、誰ともなく口にして、最後にロビが締めくくった。

「さっさと僕らも脱出しなきゃ」



 「えっ?あの二人、もうラトメにいるの?」

事情を説明すると、ラゼが素っ頓狂な声を上げるものだから、トレイズは慌ててその口をふさいだ。ラゼは一瞬だけ注目を集めた周囲を見て、くぐもった声で「ごめん」と謝った。

「よかったね。じゃあ、この調子で私達も…」

「この調子で、いければいいんだけどね」

「……どういうこと?」

ロビが嘆くような仕草を大仰にして言うので、ラゼは首をかしげ、隣のギルビスを見た。彼は何も言わず、しかし窓の外を顎でしゃくった。


 屋根の上。よく見るとぽつぽつと浮かぶ、黒い影。ラゼは息を呑んだ。

「巫子狩り…」

「幻術使って姿を消す手法もアリだけどね。ああして姿をさらしておけば、こっちは警戒してなかなか動けない。つまりは僕らがこの学園にいることはばれている。向こうも必死なんだよ」

「二人も、しかもチルタが一番欲しがってる、過去夢の君を取り逃したんだ。残りの四人だけは捕まえないと…ってな」

「なめられたもんだよねえ」

 にこにこ悠長に笑うロビ。膝には黒い本が開いて置いてある。どうやらこの話し合いの最中にも読書に勤しむようだ。

「この僕がいるということを忘れてるのかなあ彼ら?」

「自信、あるんだね」

「そりゃあもう。巫子狩りごとき格下に負けるほど落ちぶれちゃいないさ。仮にも僕、王子様だよ?そこらの奴らと比べれば、ファナティライストのやり方をよーく知ってるってわけ」

 ぱたん、黒い本を閉じて顔を上げ、トレイズを見上げた。

「さて、いつ行動しようか?」

「そうだな、ラファ達は深夜零時に出て行ったって話だから、その時間帯は警戒が厳しいだろうし、朝夕は大通りに人が多いから巻き込むかもしれない。…だから、授業中だな」

「今日、もう出ちゃうの?」


 少し寂しそうにラゼが言う。トレイズたちは気まずげに顔を見合わせた。彼女の境遇はギルビスとトレイズがその目で見た。地下牢に閉じ込められていた彼女の初めての友人と、たった一日で引き離すのは、どれだけ甘いと言われようとも、さすがに良心が痛むのだ。

 トレイズはやがて、あいまいな笑みを浮かべてラゼに言った。

「……準備も心構えも必要だろうし、明日にするか」

「そうだね。今日一杯は体を休めることに集中しよう」

「僕も構わないよ」

三人の優しい言葉に、ラゼは花開くような笑みを浮かべた。


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