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さかさまクロック  作者: 佐倉アヤキ
学園都市レクセディアそして神聖都市ラトメディア
33/61

act.30 そして物語ははじまりの舞台へ

「おえ…気持ち悪い」

 「まったく軟弱だなあトレイズは。あんまり暴れるから、座標がずれちゃったじゃないか」

「…あれ?ここは」

 ラファは辺りを見回した。

 目の前に広がるメインストリートにはずらりと露店が並び、様々な品物を売っている、学生服を身にまとう子供達。立ち並ぶ家々。夕暮れの一時。メインストリートの奥には、今もいくつもの学び舎が建っているのだろう。


 そこはレクセディア。

 ラファの、生まれ育った土地だった。


「レクセだ…」

レクセだ。懐かしいこの場所。もう戻ることはないと思っていた、この場所。マユキも呆然と、その場に立ち尽くしていた。


 「転移をやり直さなきゃいけないじゃないか。トレイズ、後でこのお返しはきっちりしてもらうからね!」

「やめてくれよ!」

は、と我に返って、ラファはトレイズたちを振り返った。鈍器で頭をぶん殴られたような衝撃だった。

そうだ。

自分は今、巫子なんだ。

戻れない。

戻れないんだ。

みんな、自分のいた場所を犠牲にしているんだ。

ギルビスも、ラゼも、ロビも、トレイズも、そしてマユキも。

みんな。

「…さっさと行こうぜ。転移をやり直せばいいんだろ?」

搾り出すように声を上げる。ロビはにこやかに笑った。

「うん。ほらトレイズ、しゃきっと立つ!また酔いたいのかい?」

「横暴だ…」

構わずロビは呪文を紡ぎだした。ラファは、もう一度レクセの町並みを振り返った。今度こそさよならだ。目に、この景色を焼き付けておかないと…


 その時。背後に感じた気配にいち早く気付いたのは、ラゼと、それからロビだった。

「マユキ、伏せて!」

未だ立ち呆けているマユキを、ラゼが押し倒した。一瞬遅れて、ダン!!と大きな爆発音。マユキの舞い上がった髪が数本、どこかへと吹っ飛ばされた。

「な、何!?」

「ラファ、結界を張ってくれるかい?」


 ロビが"黒い本"を取り出して叫んだ。ラファは訳が分からず、言われるがままに自分達の周りに結界を敷いた。すると直後、弾丸の嵐が、透明の壁に跳ね返って、足元に転がった。

「なんなんだ!?」

「どうも巫子狩りがいるようだね…ぜんぶ魔弾銃の弾だ」

ロビが、ひとつ弾丸を拾い上げて言った。と、ラゼがマユキを助け起こしながら、心配そうに問う。

「マユキ、ごめんなさい。大丈夫?」

「……うん」


 「でも、どこにもいないな…幻術でも使ってるのかもね」

ギルビスの言うとおりだった。周囲を見回しても、あの黒いローブの裾すらどこにも見当たらないばかりか、学生達は発砲音など聞こえなかったかのように、先ほどとなんら変わらぬ日常を築いていた。

「どういうこと…?」

「つまりは、このレクセ全体に幻術がかけてあるってことだね。この土地に一歩でも足を踏み入れれば、僕らはもうやつらの術中にはまってるって寸法さ。この分だと、転移に失敗したのも、途中で誰かに介入されて、座標を操作されたんだろう。…まったく、そんな魔道師がいるなんて聞いてないよ」

「ちょっと待て、そんなの無茶苦茶じゃねえか!」


 酔いも吹っ飛んだらしいトレイズが、ロビに詰め寄った。

 確かに、そんな広範囲に幻術をかけたり、人の転移の目的地を変えるだなんて、エルディも言っていなかった。幻術に関しては、第二の巫子…幻術を司るラファなら不可能ではないが、…あまり自信は無い。

「まあ、確かに無茶だけどね。僕は幻術は専門じゃないからなんともいえない…でも、困ったな」

全く困った様子も見せずに、呑気にロビは言った。

「これだとレクセから出られないじゃないか」

ロビの台詞の後半を遮って、再び魔弾銃の火を噴く音が、高く響いた。



 それからラファの幻術を駆使して、なんとかその場から逃げ出し、一同は人気の無い路地へと飛び込んだ。姿消しの幻術を解いて、ラファは言う。

「大通りに出たら弾丸の嵐か…どうするんだよ?」

「どうする、と言っても、俺はこの辺の地理はよくわかってないからなあ。ラファ、マユキ。お前達は知らないか?隠れ家になりそうなところだとか、レクセから出られる抜け道だとか…」

「隠れ家…」

ラファはマユキを見た。マユキもラファを見た。二人同時にトレイズを見る。

「それならあそこだな」

ラファは、路地の向こう側にある、大きな建物を指した。

「レクセ・ルイシルヴァ学園」

「あそこ、簡単に編入手続きができるんだよ。"旅人だ"って言えば、多分簡単に通してくれる。どんな人間でも基本的に受け入れてくれるの。それこそ殺人鬼でもなんでも、ね。その代わり、学生になったら先生に逆らっちゃいけないの。学園の処罰って、すっごく厳しいんだよ」

「だけど、あそこはレクセで一番国に守られてるから、巫子狩りもそうそう入ってはこれないと思う」

「学園か…」


 一同は路地の奥を見た。しばしの間。ギルビスが口を開いた。

「それしかないんじゃない?」

「だな。そうと決まったらさっさと行こうぜ」

「あ、でもちょっと待って」

ラファが止めた。神妙な表情で、マユキを見る。

「……俺達は、悪いけど行けない」

「どうして?」

「言っただろ?学園の処罰は厳しいんだ。俺達、無断外出に無断外泊…しかも魔術の無断使用に武器の所持。きつい拷問のあとに留年に、三ヶ月くらいの幽閉は軽いな」

「おい、ルイシルヴァ学園っていうのは本当に学校なのか?」

「言ってるでしょ?"学園の処罰は厳しい"の」

再三言うマユキ。ロビが唸った。

「うーん…処罰はまあいいとしても、三ヶ月も足止めを食らうのはご勘弁願いたいね」

「処罰だってよくねえよ!」

「でも、君達二人でどうするつもりだい?巫子狩りに許しでも請いに行くのかい?」


 マユキが黙り込んだ。確かに、あの弾丸の嵐からして、レクセに潜んでいる巫子狩りは大勢いるだろう。対するのが二人では、多勢に無勢、無茶もいいところだ。


 「……俺の、」

ラファが口を開いた。自分の心の中ではもう決めていることなのに、声に出して言うのはまだためらいがあった。

「俺の、家がある」

トレイズが唇を引き結んだ。

「俺の家には…チルタの言ったことが、本当なら、だけど…今は、誰もいないはずだ。あそこは住宅地で、人も沢山いるから、巫子狩りもそう簡単には騒ぎを起こせない。二人くらいなら、隠れていられるはずだ」

「ラファ、でも、お前…」

「俺、確かめたいんだ」


 ラファは思いがけず強い口調で吐き出した。トレイズは口をつぐむ。

「チルタが、本当に俺の父さんと母さんを、殺したのか」


 ラゼがはっと息を呑んだ。ギルビスの肩が跳ねた。ロビですら、笑みを消し去ってラファを見た。マユキが、首を横に振りながら声を上げる。

「……そんなの、聞いてないよ、ラファ」

「そりゃそうだ。誰にも言ってない」

「いつ!?いつ知ったの!?」

マユキが詰め寄ってきた。ラファは、努めて軽い調子で返した。


 「俺がラトメから逃げ出したときだよ。チルタに会ったって、言っただろ?そのときに言われたんだ」

「……っ」

ラファはマユキから視線を外して、トレイズを見上げた。

「なあ、いいだろ?無人廃墟の館も考えたけど…あそこは何度も生徒が入り込んでるから、多分教師が見張ってる。特に、俺とマユキの行方が分かる最後の場所だ。学園側からすれば、だけど。学園は、きっと俺達を探してると思う。手がかりになるような場所は、行っちゃ駄目だ。でも学園の入学手続きでは、自宅の住所とかは書いたりしないから、多分学園にも見つかることはないと思う」

「…」

「なあ、トレイズ。頼むよ」


 トレイズは途方に暮れた表情でラファを見下ろした。だが、彼と出会ってから、もう何ヶ月も経っているのだ。こういうとき、彼は必ず折れるということを知っている。

「…わかったよ。ただ、まずいと思ったら、すぐに逃げること。隙を見て、レクセから出られると思ったら、俺達を放っても行くんだ。その代わり、何があっても俺達は助けに行ってやれないからな」

「それって、ラトメに着くまで別行動ってこと?」

「当たり前だろ?連絡手段なんてないんだから。マユキもラファも、うちの一軍から戦う術を学んだんだから心配ないだろ。…行ってこいよ」

「やった!そうと決まったらすぐに行こうぜ、マユキ!」

「ちょっと待って」

ギルビスが呼び止めた。

「どうやったら学園に入学できるのか、教えてよ。推薦とかは必要じゃないの?」

「ああ」


 ラファが振り返った。

「俺達が戻ってきてることは、"あいつ"ならすぐに分かると思うんだけどな…」

「あいつ?」


 カツ。

 ラゼの問いに応えるように、学園の方向から足音が響いてきた。一同は息を詰め、得物に手を伸ばしながらそちらを見る。

「それは、もしかするとぼくのことですか、ラファ先輩」


 小麦色の、男にしては長めな、顎まで伸びた髪。眠そうな、半目の茶色い瞳。ルイシルヴァ学園の制服。両手になにやらボードのようなものを持って、小柄な少年はこちらへとやってきた。後を、一人の少女が追ってくる。栗色の髪の、同じくルイシルヴァの学生だった。

 マユキが別段驚いたわけでもなく声を上げる。

「ユール。それにピルも」

「やあ、姉さん。随分と長旅だったじゃないか」

「姉さんって、マユキの弟?」


 ユールはボードを折りたたんで小脇に抱えると、声を上げたトレイズを見上げた。彼の背丈は、トレイズの胸くらいまでしかなかった。

「そうですよ。ぼくはユール。マユキ姉さんの弟です」

「あたしはその友達のピル。あたしたち、ルイシルヴァ学園の三年生なの」

「どうも、姉さんのお友達が学園に入学したいみたいだから、手伝ってあげようと思って、来ちゃった」

「ユールはね、占いが得意なの。本当に予知でもしてるみたいに、絶対に外さないんだよ。ラファは信じないんだけどね」

「ラファ先輩は頭が固いから」

「喧嘩売ってるのか?」


 「予知」。しかし最近よく聞く言葉だ。ラファは嘆息した。

 昔は確かに、何か仕掛けでもあるのではないかと思っていたが、自分だって「過去夢」などという訳の分からないものを視るのだ。今更占いごときで驚きなどしない。


 「それで、君達はその占いとやらで、僕らの居場所を割り出したっていうのかい?」

「そうですよ。信じられませんか?」

小ばかにしたように、ユールがロビを見た。かの世界王子とも知らず、恐れ多いやつだ。

「とにかく、君達についていけばいいってことだよね?」

「安心して!あたし達、学園の中で役員とかやってるから、大抵のことは融通が利くの」

ピルに言われ、ラファとマユキを除いた面々は、不安そうに顔を見合わせたものの、渋々動き出した。

「じゃ、行ってくるよ。ラトメで会おう」

「ああ」

「気をつけてね」

「そっちも」

トレイズたちが立ち去って行くのを見送って、ラファはマユキに向き直った。

「俺達も行こう」


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