act.22 巫子争奪戦線
「わたくしの娘、ラゼを、どうか巫子狩りから守ってやっては下さいませんか、赤の巫子様」
レイセリアは、今にも泣き出しそうなか細い声で、すがるように言った。その姿は、ラゼにそっくりだと、そう思った。
「わたくしの娘は、第四の巫子です。きっとお役に立つことが出来るでしょう」
お願いです、お願いです。
何度も何度も頭を下げるレイセリアに、ラファ達は何も言えなくなってしまった。
「本当に彼女は、巫子、なんですね」
トレイズが、やがて口を開いた。
「はい」
「もう、ここへは帰さないかもしれませんよ」
あんな暗いところへ閉じ込めて。レイセリアを責めるようにして吐き出されたトレイズの台詞に、しかし目の前の女性は目を丸くした。
「暗いところ…?何の話ですか」
何のことだか分からない、そんな様子のレイセリアに、一同は眉を寄せた。ギルビスが、言う。
「隠し扉の奥で、ワンピース一枚で裸足だったけど」
「そんな!この屋敷には、隠し扉などありません。ラゼは自分の部屋に戻したとルセルが…ただ、ひどい高熱だから、私がうつらないようにとラゼが言ったと、」
そこまで言って、レイセリアは言葉を飲み込んだ。ラファ達も固まる。まさか。
「ラゼのところへ!案内して下さい!!」
◆
ひんやりとした床ですら暖かく思えるほど、ラゼは冷え切っていた。恐怖で足がすくみ、動けない。目の前のこの男は、こんなにも冷たい瞳をしていただろうか。
「ルセル、さん?」
男は微笑んでいた。ひどく酷薄な笑みだった。ラゼがなんとか足を引きずって後ずさると、ルセルはくすりと笑った。――嘲笑うかのように。
「ラゼ。外に出てもいいと、レイセリア様からお許しが出ましたよ」
ラゼは目を丸くした。
何故、今になって。
まさか、あの人たち…巫子の人たちが、レイセリアに何か口ぞえしてくれたのだろうか。
ルセルの冷えた視線なども忘れて、ラゼは彼に詰め寄り、服の裾を掴んだ。
「本当!?私、外に出られるの?レイセリア様に、会ってもいい?」
「残念ながら、それはできません」
ラゼの手から、力が抜けていった。その瞳の奥が暗くなるのを見て、ルセルの目がさらに細くなった。
「ラゼはこのまま、あなたを引き取ってくださる方に引き渡したあと、その足で村を出ていただきます。レイセリア様はあなたとはもう二度とお会いしたくないそうです」
「エリーニャは?エリーニャも、私とは会いたくないって言ったの?」
ラゼはうつむいた。今までよりも幾分か優しい口調で、ルセルは返した。
「はい」
「そう、…なの」
ラゼは、拳を握り締めた。
そうだ。
わたしは、邪魔者だ。
エルフでもない、この村に災厄を運んだ厄介者だ。
分かっていたことじゃないか。
引き取ってくれる人、多分あの人たちだろう。
一緒に行こうと、そう言ってくれて。
それをまさか「本当」にしてくれるなんて。
それだけで十分だ。それだけで、自分は十分果報者じゃないか。
ルセルが手を差し出した。
「さあ、行きましょうか。皆さんお待ちかねですよ」
「……はい」
そして、ラゼはルセルの手を…
「ラゼ!!!」
取ろうとして、響いてきた声に、止まった。ルセルの目が、見開かれる。
とん、という音と共に、ルセルの脇に一人の少女が駆けてきた。鞘に入ったままの剣を、左足を軸にして、身体ごとなぎ払うようにして振るう。ルセルは当然、飛びのいた。その隙に、ラファがルセルの背後に回りこんで、ラゼの手を取った。少女…マユキは、ルセルに剣を向けた。
沈黙を破ったのは、高く響く靴音と、怒りに満ちた声だった。
「ルセル……まさか、あなたがこんなことをしでかすとは思っても見ませんでした…!」
ギルビスとトレイズを両脇に伴って現れた、レイセリア。その目は厳しく、ルセルを失望の眼差しで見ていた。ラゼは訳が分からず、ルセルとレイセリア、ルセルに切っ先を向けるマユキ、そして自分を守るように立つラファとを見比べる。
「ど、どういうこと?」
「危なかったな、ラゼ。こいつ、お前を巫子狩りに引き渡すつもりだったんだよ」
「え?」
呆然と、ラゼはルセルを見た。ルセルは、その顔から笑みという笑みを吹き飛ばして、レイセリアをにらみつけた。
「レイセリア様、何故邪魔をなさるのですか?」
「何故…?何を言うのですか、ルセル。自分の娘が苦しむような場所に、みすみすとやる気はありません!」
まっすぐにルセルを見据えて、レイセリアは言い放った。そのすぐ後、弱弱しい声で、顔をゆがめて続ける。
「あなたは…あなただけは、人間を蔑みはしないと…そう、信じていたのに……」
ルセルはしかし、それを聞くなり嘲笑って鼻を鳴らした。
「人間など」
押し殺すような、声。
「我が父母を、そしてレイセリア様やサザメ様の父母を殺した悪しき人間など、愚か以外の何者でもない。なのに何故、あなたがたは自ら人間と関わろうとするのか。かつて人間を憎んでいたあなた方は、何処へ行ったのか。信じていたのは、私のほうです。裏切られたのは、私のほうだったのですよ、レイセリア様」
「ルセル、」
だから、とルセルは、マユキを突き飛ばし剣を引ったくり、ラファを蹴飛ばしてラゼを引き寄せると、剣を鞘から抜いて切っ先をラゼに向けた。
「ひ…っ」
「だからこいつさえいなくなれば、元のあなたに戻ってくれる!!私はそのために、こいつを巫子狩りに引き渡すのですよ」
そしてルセルは何事か呟くと、その場から消え去った。ラゼと共に。
「ラゼ!!」
「チッ、転移呪文か」
トレイズが舌打ちをして出口に目を走らせた。マユキとラファが立ち上がる。
「ご、ごめんね…」
「いってえ…あの野郎、思いっきり蹴りやがって…」
レイセリアが呆然と震えているのを見て取って、ギルビスがその手に触れた。
「あ…」
「ラゼのことは、僕らがなんとかします。あなたはここで…」
「そんな……いえ、ええ、そうですね。わたくしがいても、何にもなりませんものね…」
うつむくレイセリア。美しい顔が悲愴に歪む。きっと、本当は一緒に行きたいのだろう。見ず知らずの人間などに、自分の娘を任せたくないのだろう。たとえそれが、敬うべき「赤の巫子」だったとしても。
しかしレイセリアは、顔を上げると、何かを決心したような表情で、言った。
「ラゼを、ルセルから引き離したら…」
ぽつり、ぽつりと。言葉を選んで。
「ここに戻ることなく、この村から出て行ってください。ラゼを、つれて」
母として、村長として。
ラゼを守る為に。
村を守る為に。
目の前のこの女性は、選んだ。
…自らの望みを、犠牲にして。
「ラゼを、ゼルシャの村から追放します」




