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さかさまクロック  作者: 佐倉アヤキ
神聖都市ラトメディア
15/61

act.12 旅立ち

「ほら、もっとしっかり集中しないと失敗しますよ」

「してるよ」

「目は閉じる!…魔力の流れを身体で感じて…」

「わかってるってば!って…うわっ」

ぽん、と小気味いい音が響く。開いて突き出した手のひらの先から小さな爆発が起こり、ラファはびっくりして思わず尻餅をつく。それを見下ろしながら、無慈悲にもエルディが言う。同性から見ても美少年のため息はダメージが大きい。

「あなた、武術だけじゃなくて魔術も駄目ですよね」

「うるせえよ悪かったな!!」


あれから時はめまぐるしく過ぎ、ラファ達がラトメディアにやってきてから優に三ヶ月の時が過ぎていた。その間にマユキは剣を、ラファは魔術を、それぞれエルミとエルディから教わっているのだが。

「エルミってばすごいんだよ!今日買い物に付き合ってもらってたんだけど、エスコートは上手だし、私服のセンスもいいし…ほら見てこのネックレス!おごってもらっちゃった!さすが街の女の子の一番人気なだけあるね!」

日に日にマユキとエルミの仲が深まっていくのがなんとなく不安なラファだった。

この様子では「エルミが好きだ」と恋愛相談される日も遠くないだろう。そうなればいろんな意味で応援できない。女性としてマユキを意識したことはなかったが、性別を超えて気安い関係なのは彼女くらいのものだし、そうした彼女の女の子らしい一面を見るのは何となく嫌なのだ。


エルディはというと、予想に違わぬスパルタぶりで、ラファは毎日へとへとだった。仕事も後回しにして付き合ってくれているのだからと、最初は従順に従っていたラファだったが、流石に三ヶ月、毎日この生活が続くとなると話は別だ。文句のひとつも言いたくなる。


四つんばいになって息を整えていると、今いる中庭から見える渡り廊下から、クルドが出てきた。この青年は相変わらず涼やかだ。裏に一物抱えていそうな悪人顔だが、なんだかんだ言って彼は神護隊いちの常識人だし、細々としたところまで気を配れるクルドにラファは好感を持っていた。今も、汗をかいているラファにふかふかのタオルを手渡してくれた。用意周到である。

「ラファ様、トレイズさんがお呼びです。至急執務室へ」



「おう、来たかラファ!」

トレイズと、先に着いていたマユキは、優雅に午後のお茶会と洒落込んでいた。おろしたての白いカップに、やわらかい香りを放つハーブティーを注いで、クルドはマユキの隣に腰を下ろしたラファにそれを差し出した。

「どうぞ」

「あ、どうも」

「で、ラファも来たところで早速本題だが、どうやらチルタが本格的に動き出したらしい」

「!」

唐突な話題に、むせたお茶をなんとか喉に流し込み、ラファは言った。

「チ、チルタが!?」

「ああ、まだ奴の目的は分からねえけど、まず奴が狙うのは各地に散らばってる巫子だ。巫子が全員揃わなけりゃ、第九の巫子を滅ぼす儀式もできないからな。向こうには魔弾銃もあるし、ラトメの保護なしで生き残るのは難しい」

「チルタがファナティライストの高等祭司だからか」

「そういうこと。しかも奴はまだ17歳にして一丁前にファナティライストの軍を統率してる。まだ高等祭司になって二年かそこらで。相当手ごわい相手ってわけ。

そこで、だ。これから各地を回って、巫子を保護していく。それにお前達も同行してほしい。……頼めるか?」

ラファとマユキは顔を見合わせた。わざわざ口に出してどうするか相談する必要はなかった。二人は互いに、頷きあう。

「行くよ」

「勿論!」

「いい返事だ。クルド、地図を」

「はい」

クルドが机上に広げた大きな地図を覗き込む。トレイズが南側の一点を指した。

「ここがラトメの首都、フレイリア。今いる場所だ。そのすぐ近くにあるのがルシファの村で、そこから北東に上ったところがモール橋だ。地理は分かるな?…よし。

今居所が分かっている巫子は二人。まずはインテレディアのはずれの村に行って、第三の巫子を仲間にしよう」

「あと一人は?」

「あいつはシェイルにいるはずだから、インテレのあとで大丈夫」

そう言うトレイズは、もう一人の巫子と知り合いらしい。相当気安い関係のようで、トレイズの口調には親しみがこもっていたし、彼はちょっぴり意味深に苦笑していた。深く問おうかと口を開いたラファの隣で、トレイズではなく地図を見ていたマユキが別の話を振った。

「それで、インテレディアまでは転移で行くの?」

「いや、徒歩で」

「ええ、なんでだよ!?俺せっかく転移呪文マスターしたのに!」

するとトレイズは深い溜息をつき、げんなりとして言った。

「……俺、転移呪文苦手なんだよ」

「でも、レクセの無人廃墟の館には転移装置で来たんじゃないの?ほら、ワープゲートがどうとか言ってたじゃない」

「人がやる呪文がだめなんだ。どうも酔うというかなんと言うか…とにかくあまり好きじゃない」

「ちぇっ、やっとスパルタ修行の成果が出ると思ったのに」


すねたようにラファが言い、トレイズが苦笑すると、廊下からどたばたとけたたましい音が聞こえてきた。その音はこの部屋の前で止まって、そして。

「トレイズさん!!」

「お前達、廊下は走るな!」

「うるさいよクルド!トレイズさん、巫子集めの旅に出るってホントですか!?」

見るとその音の出所はエルディとレインだった。二人揃って息を切らし、顔を真っ赤にしている。彼らはクルドを押しのけて、トレイズへと詰め寄った。

「ああ、ほんとだよ」

「僕も連れて行ってください!」


全く同じタイミング叫んで、そして、二人はお互いを見た。

「君なんて一緒に行っても足手まといになるだけなんじゃない?レインは本部でエルミと留守番だよ」

「何言ってるんだよ、エルディこそ可愛い弟と留守番してなよ。僕が代わりに行って来てあげるからさ!」

するとぎゃいぎゃいと騒ぎ出すエルディとレインの脇から、兄と同僚を見事に無視してエルミが書類片手にやってきた。彼女はいつもどおり柔らかな微笑みを浮かべているだけだ。

「ラファ様にマユキ様、巫子探しの旅に出るんですって?」

「エルミ」

「気をつけて下さいね、ラファ様。チルタなんかにそそのかされたりしないように」

「しないよ!」

エルミはくすりと笑うと、書類をクルドに渡してトレイズに向き直った。

「行ってらっしゃいませトレイズさん。あいにくとまた女の子に呼び出されてて、

お見送りが出来ませんので今のうちに言っておきますね」

「お前ホントにモテるよなあ」

確かに顔よし武芸よし地位よし人当たりよしとくれば、憧れるのも無理はないだろうが、流石に性別の壁はあまりに高い。

「でも誰とも付き合う気はないんだろう?」

「ご期待にこたえられなくて申し訳ないんですけど、今のところ女の子には興味ありませんねえ」

クルドの質問にエルミは朗らかに答えた。そしてトレイズは、未だに口論しているエルディとレインをようやく止めにかかる。

「おーい二人とも、言っておくけど、今回は俺とラファとマユキの三人で行くからな」

「ええっ!?」

たちまちショックを受けた顔で声を上げたエルディとレインを尻目に、クルドが控えめに申し出た。いつもトレイズを諌めるときと同じように、やや渋い表情である。

「一人くらい、付き人をつけてもいいのでは?」

「大人数で行動しても目立つだけだしな。大丈夫だろ、ラファもマユキもこの三ヶ月、がんばってたしな」

トレイズはそしてぱちりとラファとマユキに向けてウインクした。ラファとマユキは再び顔を見合わせる。転移呪文をお披露目できないのは残念だが、トレイズが自分たちの努力を認めてくれたので、ラファは現金にも気分が浮上した。



「いよいよだねラファ!」

「だな」

わくわくした様子のマユキに対して、ラファはひどく緊張していた。

チルタの計画を阻むための旅。ということは、彼とまた会うこともあるかもしれない。いや、会うと考えたほうがいいだろう。どちらにせよ、自分はあの少年を阻むためにラトメに戻ったのだ。

次に会うとき、自分はどんな態度で、彼に立ち向かうのだろうか。そもそも……立ち向かえるのだろうか。

考え出すととても楽しい気持ちにはなれなくて、荷物をまとめながらはしゃぐマユキを横目で見ていると、殺風景なラファの部屋の扉がノックされた。

「はい?」

「ラファ様、…あ、マユキ様もこちらでしたか」

二つの銀色の頭が、扉のむこうからひょっこりと飛び出してきた。エルディとエルミだ。相変わらずそっくりな双子である。

エルミがにっこりと笑った。

「エルディ君がラファ様に会いたがってたから、連れてきました」

「違う!」

エルディが真っ赤になって妹に噛み付いた。彼がトレイズの絡んでいないところでそんな表情をするなんて、珍しいこともあるものだ。つくづく思うが、彼は妹に随分弱いらしい。この三ヶ月、案外粗野でデリカシーがなく毒舌なことが判明しているエルディは、しかしエルミにだけはとことん紳士的で甘い。いわゆるシスコンってやつかな、絶対に本人には言わないがラファはそう踏んでいた。

そのエルディがエルミを怒鳴りつけるのも初めて見るが、対する妹のほうは平然としている。ほらほらとなにやらエルディを促している。双子の兄はため息をついた。

「……これを」

「うん?」

エルディが手のひら大の麻袋を突き出してきた。受け取って中身を見ると、それは懐かし、レクセを出たあの時に、エルディがくれた錠剤だった。

「くれるのか?」

「まっ、また疲れただのなんだの言ってトレイズさんを困らせたら、貴方を教えた僕の面子がないでしょう!それだけです!」

「まったく素直じゃないなあ、エルディ君は」


けたけた笑うエルミに、また陶器のように白い肌を紅色に染めてエルディは怒った。ラファはエルディに笑いかける。彼の不器用な心遣いがありがたかった。

「ありがとな、エルディ」

「っ!!べ、別に…」

「じゃあ今度は僕の番ですね」

エルミは懐から銀の指輪を取り出すと、銀の腕時計をつけたラファの左手の、中指に通した。きらり、部屋の照明の光をうけて輝く。ラファは眼前にそれを持ち上げてまじまじと眺めた。

高価そうな指輪だ。鎖を模ったそれは、以前もらった腕時計と似たようなデザインで、それを問おうと顔を上げると、エルミは察して頷いた。

「レーチスが僕にとくれたものです。でも僕には必要のないものだから、ラファ様に差し上げます」

「いいのか?なんか高そうだけど」

「値段なんて!きっと、ラファ様がお持ちになられていたほうが役に立つでしょう」


するとマユキが膨れっ面で指輪を睨んだ。

「いいなあラファ…」

「マユキはもうネックレス買ってもらったんだろ?」

「あはは、じゃあ僕たちはこれで」

「チルタにズドンといかれないように」

「怖いこと言うなよエルディ!」


騒がしくエルディとエルミが出て行って、マユキは一息つくとラファに向き直った。

「エルミって、なんかラファに優しいよね。私、ちょっと妬いちゃうなあ。別に男の子同士だし、どうってことはないんだろうけど」

ラファは苦笑するしかなかった。



「ではラファ様、マユキ様。くれぐれもお気をつけください」

「トレイズさんっ、はやく帰ってきて下さいね!」

フレイリア入り口の門で、クルドとレインがそれぞれ言った。

麻袋を肩にかけたトレイズは、心配そうな表情のレインの頭に大きな手を置いて、にかりと笑って見せた。

「ああ、さっと行ってさっと帰ってくるさ。クルド、あとのことは頼んだ」

「承知いたしました」

クルドが一礼するのを見て、トレイズはラファとマユキのほうを向き、言った。

「んじゃ、行くか!インテレディアへ」

「おう」

「旅立ちだね!」


そして三人は、三本の塔が立ち並ぶラトメディアに背を向けて、一歩前へと、踏み出した。


余談ですがエルディ君はツンデレです。個人的にクルドはクーデレだといいとおもいます。なんか名前と語感が似てるから。

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