相互読みは義務ではない。でも、気遣いまで笑う必要はない ( ˘ω˘ )
WEB作家の世界では、ときどきこんな不満を見かける。
【自分はあの人の小説を読んだのに、あの人は自分の小説を読みに来てくれない】
たしかに、読んだからといって、相手にも読む義務が生まれるわけではない。
相互読みの約束をしたわけでもないのに、勝手に見返りを期待し、返ってこなかったからと恨むのは筋が違う。
読むかどうかは、あくまで相手の自由である。
ただし、だからといって、返報性そのものを馬鹿にしてよいわけでもないと思う。
自分の作品を読んでくれた人がいれば、少し相手のことを気に掛ける。感想をもらえば、お礼を返す。
時間があれば、その人の作品ものぞいてみる。
これは強制ではないし、義務でもない。
けれど、こうした小さな気遣いがあるから、WEB作家の交流は成り立っていると、私は思うのだ。
読んでくれた相手に対して、【見返りを期待する方がおかしい】と冷たく言い切ることも、理屈の上では可能だろう。
しかし、そんな態度ばかりが広がれば、やがて誰も他人の作品を読まなくなる。
感想を書いても返事がない。
応援しても気にも留められない。
それが当たり前になれば、最初は温かかった人も、だんだん手を引いていく。
結果として残るのは、誰も先に動かず、自分の作品だけを読んでほしい人ばかりの、妙に殺伐とした界隈なのである。
たしかに返報性は、請求書などではない。
読んだから読め、感想を書いたから、こちらにも感想を書け、と迫るものではない。
だが、返報性は人間関係を動かす潤滑油でもある。
少し返してもらえるかもしれないという期待があるから、人は誰かに親切にできるというのもあるのだ。
だから必要なのは、【見返りを強制しないこと】であって、【見返りを期待する気持ちまで嘲笑すること】ではない。
相互読みを当然視して恨むのは違う。
……けれど、読んでくれた人を少し気に掛ける文化まで否定すれば、WEB作家の世界は、作品以前に人間関係の荒野になってしまう。
義務ではないからこそ、きっと、返された小さな親切には価値があるのだ。
◇◇追加・余談◇◇
返報性は【返せと請求する権利】ではないけど、社会を回す潤滑油ではあると思う。
例えば、国などが本気で、
【親切に見返りを期待するな】
【恩を返さなくても普通】
【助けてもらっても気にする必要なし】
みたいに教えたら、親切な側もそのうち思い直して、助ける量を減らすだろう。
……すると、
【困っている人を見ても関わらない】
【落とし物を届けない】
【地域の手伝いをしない】
【他人を信用しない】
という方向へ進みやすいだろう。
そうなれば、日本が誇る清潔感や治安が崩壊しかねないと思うのだ (´・ω・`)
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