Episode.79 集結
二人は足早に外に出てきたが、そこで万寿は立ち止まる。
「ちょっと待ってください。この機械今使えなくなってますよね?」
「みたいだな」
「どうやってワープするんですか⁉︎」
慌てた様子の万寿に、ダンテはいたって冷静に答えた。
「んなの、無理やり入り込むに決まってんだろ」
「無理やりって……! 場所も方法も、皆目見当がつきませんが!」
「大丈夫。そろそろ迎えが来る」
「迎え……?」
すると先ほどのダンテが乗って来た大型バイクよりもはるかに不釣り合いな大きなリムジンカーが一台、田舎の砂利道を進んできた。舗装がなにひとつされていない湾曲した山道をよくも通り抜けて来たなと思うほどに、長いその車が向かってくる光景は実に異様であった。
「これは……?」
万寿と後から駆けつけてきた高堂が二人そろって中を覗きこんでいると、車の中から一人の男性が出てきて扉を開けてくれた。
「ダンテおぼっちゃま。どうぞ中へ」
「は?」
「へ?」
「おう」
三者三様の反応を示す空間。ダンテはずかずかと高級車の中に乗り込んでいて、戸惑う二人に声を張り上げる。
「さっさとしろー!」
「ぼ、僕……ですか?」
「さあ、饅頭おぼっちゃまも」
「まんじゅう坊ちゃま⁉︎」
高堂に耳元で鼓膜が張り裂けんばかりに叫ばれ、そんなはずはないと大きく両手を横に振っていた。
「僕知らないよ!」
「良いから早く乗れって!」
「まさかダンテさんがこんなお金持ちだったなんて……」
「はあ⁉︎ 何言ってんだよ! 俺のな訳ねーだろ!」
「だってダンテぼっちゃま……」
何が何だかわからない万寿に、扉を開けてくれた男性が促すように続けた。
「さあ、どうぞ。レイ様とモモ様がお待ちです」
「レイ様……。モモ様……?」
だがそれはより混乱を招く結果となり、万寿は未だ呆然と立ち尽くしている。結果ダンテに腕を引っ張られ、中へと引きずり込まれることとなった。
車の中で小競り合いをしている二人を見つめる高堂。すると男性は、高堂の背も押した。
「ぜひ高堂くんも」
「え? 俺も⁉︎」
高堂もまた扉の前で戸惑っていると、万寿と同じようにその腕を引っ張られた。
「一緒に来てよ!」
「さ、坂下……! お前……!」
見事、道連れに成功した万寿。直後扉は閉まり、既に車は走り出していた。
見慣れないリムジンの中をきょろきょろと眺めている万寿と高堂。言われた通りついて来たものの、何一ひとつ理解できずにいる。
「あの……。これは一体どういう状況ですか?」
困惑する二人に、ダンテは悠々とソファの上に足を持ち上げた。
「やっぱ金持ちっていいよなー」
帰って来たのは実に適当な感想であった。万寿は我慢ならず、思い浮かんだ疑問を次々と投げつける。
「レイ様とモモ様って、一体何者なんです? なんで僕達のことを? どこに向かっているんですか?」
早口にまくしたてる言葉に、ダンテは大きく足を組み直すとひとつひとつ、丁寧に答えをくれた。
「レイとモモってのは、イッチとニィニの本名だ」
「え⁉︎ ってことはこれはあの二人の……! とんでもないお金持ち……!」
「かつてリミットを受け入れるべきだって先導した政治家がいるって、リーダーが言ってただろ。その政治家ってのが、イッチとニィニの祖先にあたるんだよ」
「そうだったんだ……。知らなかった」
「クラフトに何かしらの事態が起こった場合、俺たちの身柄を確保し迅速にクラフト及び国の護衛に当たれるよう手配してくれんだ。家出る前に連絡しといて正解だったわ」
「僕その連絡先聞いてませんけど」
「知らされてるのは幹部だけだよ。第五部隊は全員招集されっから分かりにくいけど、実質の幹部は俺だ。クラフトにアクセスさえできれば、全員の位置情報も把握できるし対策もとれる」
「でもクラフトの方から入れないようにされちゃってるから……」
ハッと何かに気が付く高堂。なぜか目がきらめいている。
「まさか、ハッキング⁉︎」
「そうだ。言っただろ? 無理やり入り込むって。イッチとニィニはおそらくこの緊急事態を受けて既に行動を始めてる。俺の連絡にもすぐに対応したということは解析がかなり進んでいる状況だろうな。着いたらすぐにでもクラフトに殴りこむぞ」
「スパイ映画みたいでかっけー」
感動している高堂を横目に、万寿は首を傾げた。
「えっと、感動してるところ悪いんだけど、高堂も一緒に来た理由は……?」
「ここまで秘密教えといて放っておけねえだろ。リミットを毛嫌いしてる人間も多くいるのに、それこそイジメの対象にされるぞ」
「じゃあまさか記憶を……?」
「え! また記憶喪失……⁉︎」
二人が顔を見合わせていると、ダンテは遠くを見るような目で外を見た。
「いや――、そうはならねえよ」
「……ダンテさん?」
ダンテは車に揺られながら、それ以上は何も語ろうとはしなかった。
◆
それから数十分経っただろうか。一体どういう経路で来たのか全く理解できないが、外に出るとそこは既に大都会のど真ん中だった。
「どういう事……?」
「クラフトのワープ機能を一部提供してるってことだよ。じゃあ行くぞ」
ダンテの説明もそこそこに、執事があけてくれた家の門を早々にくぐった。目の前に聳え立つ大きな屋敷へと入って行く。まるでお城のような内装が続いている大きな廊下を過ぎると、セキュリティポリスらしき人が立つ扉の前にたどり着いた。彼はダンテと万寿を確認すると小さくお辞儀する。
「ダンテ様と饅頭様でございますね」
「二人はこの部屋の中だな」
「はい。どうぞ中へ――」
二人は部屋へと誘われるが、高堂はそこで入ることを遮られてしまった。
「え……?」
「現在緊急事態でありまして、一般人の立ち入りは――」
「良い、通せ」
そう一言告げたのはダンテだった。
「生き証人だ」
「……かしこまりました」
立ちふさがっていた男は、即座に高堂へ道を譲った。ダンテが残した言葉の意味を理解する間もなく、圧倒的な部屋の構造に意識を持って行かれてしまった二人。
「すげえ……」
まるでそこはクラフト内部全てのコンピュータを総動員したかのような重厚なテクノロジーで固められた部屋だった。歌舞伎顔の二人はとてつもない速さでキーボードをたたき、こちらを振り向くでもなく一言だけ告げた。
「もうすぐ出来るよ」
どうやらハッキングは順調らしい。
部屋の隅にはもうひとつ見慣れた顔があった。彼は猫型の耳を前後に動かしながら、手元では液体を小瓶へと移し替える繊細な作業を行っている。
「るい太さん……!」
「やあ、遅かったね」
万寿の声にるい太は顔をあげると、髭を揺らしながら微笑んだ。万寿はいそいそとるい太のところへと近づく。
「先に来てたんですね」
「偶然オープンキャンパスで都会の方に出ていてね。親も一緒だったからダンテからの連絡に出るのは遠慮してたんだけど、その後に緊急事態の伝達があって……。もう投げ出して来ちゃった」
どこか清々しい顔のるい太。ダンテはそれを微笑ましく聞きながら、ひとつの小瓶を持ち上げた。
「こんなところで研究か? ドカン! とかすんなよ?」
「しませんよ。調合したものを分けてるだけなんで」
るい太はそう言うと、小瓶のひとつを万寿に渡して来た。
「これは君の。この前調合した自然治癒能力を一時的に上昇させる薬だよ。飲んで三十分は効力が続くはず。必要時すぐに服用してね」
「はい……」
万寿はその小瓶を丁寧に受け取った。ダンテはすぐさま瓶の封を開けると、中身の匂いを嗅いでいる。
「うえっ……。これスゲー匂いすんぞ」
「ちょっとハーブ臭いけど美味しいよ」
「投与薬に清涼感求めんな」
そんなことを言いあっていると、イッチとニィニが同時に声を上げた。
「出来た!」
ダンテはすぐさまイッチの背後に回り込み、訳の分からない液晶画面を一緒に覗き込む。
「ワープは可能か?」
「うん! 今向こう側から制御をかけて来るものはないから、相手から操作される前にワープした方がいいと思う!」
「よし、じゃあまずは俺が行く。向こうはどんな状況か分からねえ。お前らを先に行かせるわけにはいかねえからな」
ダンテの言葉にイッチが頷いた。
「了解。安全を確認したら僕の、パソコンの上にある赤いボタンを押して。非常アラームの作動を確認後、僕達も向かう」
「了解」
ダンテはこの先にある脅威へと備え、封が開いたままの小瓶の中身を一気に体内に流し込んだ。
「うっ……。こりゃ経口用には向いてねえな」
その直後ダンテの能力が解放され、全身を固い皮膚が包み込む。大きな手のひらから小さな小瓶が床へと転がり落ちた。ぎょろっとした目玉が高堂を振り返る。
「そういや、名前聞いてなかったな」
「え……」
突然悪魔のような形相の男から声を掛けられ、動揺の隠せない高堂だったがなんとか言葉を紡ぐ。
「高堂、聡です」
「おお、聡か。お前に頼みがある」
「……はい」
「おそらくだがクラフトの建物内は、パラドックスとクラフトの内戦状態にある。相手はジョニィの体を乗っ取ったやつだ。ただものじゃねえ。正直この先クラフトも、リミットもどうなるか分からねえ。だからこそ、人間のお前に頼みたい」
「……」
「――俺らみたいな認められねえ生き物が、誰かのために生きてたってこと。忘れんなよ」
ダンテは涎を垂れ流しながらニヤリと笑うと、軽く手を挙げた。
「じゃあな」
ダンテのワープから視線を逸らすチームメイトとは相反して高堂はその姿を見つめ続けている。
なぜだか分からないが、もう二度と、会えない気がした。
「待って……! ダンテさん……!」
自然と高堂の瞳から涙がこぼれ落ちてきて、大きく瞬きをした時にはダンテの姿は完全に消えていた。




