Episode.52 BAKU編~生様~
「なんであいつを殺さなかった!」
その後その場から動けなくなったタンバとダンテは、駆けつけたリーダーによって保護された。ダンテの肉体の損傷は激しく、動くなと言われているのにタンバの顔を見るや否や飛びかかって行った。今はタンバへ馬乗りになり既に一発彼の顔にお見舞いしたところだ。
「アイツ、あんころの肉体ごと持って行きやがった!死んでもなお弄ばれて――。連れて帰ってやることさえできなかったじゃねえか!」
「……っ」
「何とか言えよ!」
「そこらへんにしておけ、ダンテ」
リーダーは本に視線を落したまま、落ち着いた口調でダンテに声をかけた。ダンテもまた傷口が開いたのか、タンバの横へ倒れるようにして転がった。その眼には涙があふれている。
「クソ――クソおおっ!」
悲痛な叫び声が部屋の中にこだました。殴られたことで流れ落ちる鼻血を、タンバはそっとぬぐって同じように天井を仰いでいた。
◇
「そこのバイク! 止まりなさい!」
ダンテは仲間たちを引き連れ、夜の街を暴走していた。激しいマフラー音と彼らを追いかけるサイレンの音が街中に響き渡る。刺繍入りの禍々しい羽織をなびかせながら、数人の男たちは風になっていた。
「このまま突っ切るぞ!」
ダンテはさらにスピードを上げた。その時、耳元で召集の電子音が鳴り響く。
「ったく、こんな時に――」
ダンテは通信を受けようとしたが、その手を止めた。少し先の街並みがやけに明るい事に気が付いたからだ。オレンジ色を照り返す建物の窓ガラス。黒煙がもくもくと上がり、異様な匂いが立ち込めていた。事故か……?
「おい! こっちに向かうぞ!」
ダンテはあえて火の手のあがる方へとハンドルを切ると、現場へと向かって行った。数台の車が立ち往生をしており、それ以上先には進めない。そこからでも確認できるほどに、火柱が高く上がっていた。ダンテはその場にバイクを乗り捨てると、迷うことなくその中へと走り込んで行った。
そこには大きなタンクローリーと一台の小さな原付バイクが転がっていた。どうやら正面衝突したらしい。その衝撃のままタンクローリーはハンドル操作を誤りガードレールに衝突、運が悪いことにそのままガードレールを突き破り横転し、漏れ出した燃料に引火してしまったのだ。漏れ出す燃料と建物が焼け落ちていく匂いに鼻を覆いながら、ダンテは当たりを見渡した。
「人がいる――!」
タンクローリーの近くから這いつくばって逃げようとしている男性を見つけた。ドン、と大きな爆発音が鳴り響く。このままでは火災に巻き込まれる。ダンテはすぐさま男性へと駆け寄った。
「運転手か⁉︎」
男は何度か頷いた。意思疎通は図れるようだ。ダンテは男性を抱き上げると、ひとまず安全な場所へと避難させた。ダンテ達を追いかけていた警官は慌てた様子で応援を呼んでいる。その場に立ち尽くしたままその様子を見ていた仲間たちに、ダンテは声を荒げた。
「なにぼさっと突っ立ってんだ! 動け!」
「っ!」
「お前らは他に逃げ遅れた人がいないか捜索しろ! 残りはこれ以上人が集まらねえように後方から来る車の交通整理だ! 渋滞が起きちまったら、消防も救急隊もここまで来るのに時間がかかる! 動かせられる車は動かして動線を確保しろ!」
「はい!」
彼らはダンテに言われた通り、各方向へと走って行った。Uターンできる車は安全に配慮しながら誘導し、運転手のいない車は手動で何とか動かした。彼らの風貌だけを見て街ゆく人は「お前たちが事故起こしたんだろうが」と暴言を吐き白い目を向けた。それでも彼らは大切な羽織を汚しながら、否定も肯定もせず、ただただ頭を下げ続けていた。
仲間が散って行った後、ダンテはふともうひとつ道路に転がっている原付バイクに目を留めた。バイクへ刺さったままになっているカギには、交通安全の小さなキーホルダーが付いている。
「あのキーホルダー……」
ダンテには見覚えがあった。半年前まで一緒にバイクを走らせていた友人。弟から修学旅行のお土産で貰ったのだと嬉しそうに見せてくれた。
「まさか――」
ダンテが目を凝らす。すると炎の先にもう一人誰かが倒れているのを見つけた。ダンテはすぐに近くにいた仲間を一人呼び寄せた。
「悪いが、このおっちゃんを頼む」
「三太さんは?」
「まだ人が取り残されてる。助けに行く」
「危険です! 燃料が漏れてます! もっと大きな爆発の恐れも――」
「だからって見殺しにしろって言うのかよ。俺は大丈夫だから。頼んだぜ」
ダンテはそう言うと運転手を仲間へと預けて炎の中へと飛び込んで行った。その先には一人の男性が倒れていた。安物のヘルメットは遥か遠くに吹き飛ばされている。
「おい! お前まさか――アイト!」
ダンテは彼をそう呼んで駆け寄った。彼の顔は半分以上損傷していたが、ダンテはそれがすぐに友人であることを確認した。
「アイト! しっかりしろ!」
「――さん、た?」
「おう! 安心しろ、救急隊がすぐに来る!」
「いや、多分もう……無理。痛いのかどうかも……よく分かんねえ」
「何言ってんだよ! まだそんだけ喋れてんだろ、諦めんな!」
「相変わらずお前は――。あのさ……」
「……」
「弟、家に残して来たんだ。仕事から帰るまで留守番頼んでて……。一人だから――行ってやって……」
「分かった! すぐに連れに行くから!」
「あとさ、俺いなくなったら、アイツ一人だからさ――。三太、まもってやってくんね?」
「馬鹿言えよ。お前が生きて自分で守れ」
「ごめん」
「……」
じわりと目頭を熱くするダンテ。涙が零れ落ちるのを必死にこらえるよう歯を食いしばって、何度か小刻みに頷いた。
「約束する」
「ありがと――三太に会えて、良かったよ……」
彼はそう言って、笑って死んだ。
◇
しばらくしてタンバは第二部隊へと移動になった。今回の件に責任を感じて移動したんだろうという人もいたが、真実は第二部隊確立のためリーダーより直々にタンバが推薦されたからであった。今後クラフト、そして戦闘組織をバックアップするためには多少なりともお金が必要だ。タンバはダンテにそのことは告げず、黙って第五部隊を後にした。
それから数か月、二人は顔を合わせても会話をしなかった。
ある日リーダーから招集がかかった日があった。幹部がそれぞれ散っていく中、ダンテは部屋を出てすぐのところで立ち止まる。その手には小さなキーホルダーが握られていた。タンバはそれに気が付いていたが、あえて何も告げずにその隣を歩いて通り過ぎようとする。だが、ダンテの呼びかけに止まらざるを得なかった。
「あの日、俺の友達が死んだ」
「……」
「あんころの兄貴でさ。弟を頼むって言われたばっかりだったんだ。なのにあんなことになって……。結局、守ってやれなかった。なあ、あの二人さ……、天国で、会えたかな」
「……そうですね。きっと……」
タンバは振り返ることなく、呟くように答えた。ダンテはキーホルダーをズボンのポケットに押し込んだ。
「お前はもう、戦闘組織には戻ってくんな」
「……ええ、そのつもりです」
「せいぜい第二組織で、平和ボケして暮らせや。後は俺が――片つけっから」
今度はダンテがタンバを追い越して歩いて行く。タンバはだんだんと離れて行く元相棒の背中を見つめていると、自然と彼の名を呼んでいた。
「ダンテ」
「……」
「あんころ君は、パラドックスの彼を助けて欲しいと言っていました。彼をパラドックスにしたのは自分のせいだと悔やんでいます。どうか、彼を救ってあげてください」
「……」
ダンテはタンバを振り返ると、視線を落としたまま続けた。
「俺はさ、やっぱりあんころを殺した奴の事は赦せねえよ。次会った時も容赦なく殴るし、激情にかられるかもしれねえ。でも、相手を殺したところで――解決する訳じゃねえよな。殺しちまったら、悔やむことも、赦すことも出来なくなる。だから……止めてくれて、ありがとな」
チラッとダンテがタンバを見た。その目を見た時、タンバは悲しそうに目を伏せる。
「争いから争いは生まれ、争いは続く。誰しも自分が決めた道は正しいと思っている。正しいから否定されれば抵抗するし、戦争だってする。だが争いは醜い。傷つけても傷つけられても、そこにある虚無感はぬぐい切れない。痛みが人を強くするとは言うが、そこに悲しみが連鎖するならば、やはり私は争いなどない方がいいと思う。間違いなど最初から、存在しないのだから」
タンバの言葉に、ダンテは真っ直ぐな言葉で答えた。
「相手を悲しませるためにする争いはただの戦争だ。分かり合うためにする、正しい争いの方法ってのがある。そこには勝ったから偉いとか、負けたから間違ってたとか、上も下もねえ。お互いを認めあえる争いだ。俺は頭がよくねえからうまく説明は出来ねえけど……それが、正しい争いの方法なんだと思う」
「それぞれが正しいと信じた道を進み、交わることなく生きていくことは出来ませんか?」
「あいにく俺たちは一人で生きている訳じゃねえ。生きている限り、自分以外の人間がそこに存在する限り、争いは終わらねえよ」
「……ならばやはり、私は人間であることを辞めたい」
「……やっぱくだんねえわ、お前」
ダンテはそう吐き捨てると、タンバに背を向けた。
「くだらねえ『能力』使ってねえで、悲しい時はテメーの気持ちで泣きやがれ。クソ野郎」
ダンテは振り返ることなく、その場を去って行った。




