Episode.50 BAKU編~正義~
「おや、ダンテはまだですか?」
「ダンテさんならさっきバイクで、パトカーに追いかけられてたよ」
「また人様に、迷惑をかけることを――」
タンバは長い前髪を掻き上げながらソファに座った。先に来ていた少年は、箱にぎちぎちに詰められたあんころ餅を美味しそうに口へと運んでいる。
「おや、今日は豪勢ですね。何か良いことでも?」
「うん。兄ちゃんが昨日給料日だったからって、買ってきてくれたんだ」
「いいお兄さんですね」
「へへっ。なあ、任務達成したらさ、俺たちも給料もらえるって本当⁉︎」
「ダンテから聞いたんですか? ええ、その通りですが」
「しかもパラドックスを捕獲出来たリミットには、ボーナスも出るんだよね⁉︎ それでさ、俺もちょっとはお金稼いで――」
「何か欲しいものでもあるんです?」
「兄ちゃんさ、新しいバイク欲しがってんだ。今は中古でボロボロの原付乗ってんだけど、金がないから我慢してんの。俺さ、バイクで街の中走ってる兄ちゃん好きだったから」
「ああ。確かダンテと君のお兄さんは、そういうつながりで知り合ったとか……」
「今はもう足洗ったけどさ。多分まだバイクには乗りたいんだと思う」
「安全に配慮して法には触れぬようきちんと注意しておいてくださいね」
「大丈夫だって! 間違ってたと思ったら、その時正せばいいんだらさ」
「やれやれ。世の中には間違えれば取り返しのつかないこともあるとをご存じで?」
あんころ餅を頬張る少年の笑顔は輝いていた。
『あんころ』。先日クラフトに入隊したばかりの新人だ。リミット能力は戦闘にはかなり不向きなものであったが、彼の強い希望で第五部隊へと配属されてきた。家は裕福ではなく兄との二人暮らし。父から酷い虐待を受け、兄と逃げるように家を出たと言っていた。ボーナスを狙える部隊ということもあり、危険を冒してでも戦闘組織を希望したのは少しでも家計のためを考えての事だろう。
「ですが君は次でまだ三度目の出動ですよ。前回と前々回は見ていただけですし、あまり無茶は――」
「分かってるって! 相変わらずタンバは口うるせーな」
「君の為を思って言っているんですよ……」
タンバが小さくため息をついた時、出動を知らせる電子音が鳴り響く。
「出たか!」
「こんな時に……。警察のお世話になってないで、さっさと合流してくれればいいですけどね」
二人は早々に椅子から立ち上がる。
「あ、待って!」
あんころは半分残したあんころ餅に、しっかりと蓋を閉じた。
「残りは兄ちゃんにっと……。よし、行こうぜ!」
我先にと走り出すあんころ。タンバはゆるりとした足取りで、そんな彼を追いかけて行った。
◇
現場に着いた二人。随分と荒れた廃墟の前だった。少し離れたところではサイレンの音がにぎやかに鳴り響いている。パラドックスによる事件多発でなければいいのだが。
「パラドックスはこの中か……」
「まだ相手がどのような能力を持っているかは、分かっていません。周囲には充分注意するように――」
とタンバが行っている傍からあんころは既に走り出していた。
「やれやれ。先が思いやられますね」
タンバは前髪をかき上げると、すぐに彼を追いかけて廃墟へと入って行った。
しばらく先へ進むと、そこは行き止まりだった。
「あれ? 道間違えたかな?」
「そんな広くない建物なのでしょう。ここから先が行き止まりということは、我々は袋の鼠だということ。不注意にあちこち触ったりしては――」
「うわあああ!」
「いけませんよ、と言おうとしたのですが」
ふさがった壁を力任せに押してみたあんころ。なんとその壁は老朽化していたのか彼の力のせいか簡単に崩れ、一人奥の部屋へと転がり込んでしまった。しかもその直後上から瓦礫が降り注ぎ、絵にかいたような状態で二人は分断されてしまう。
タンバは壁めがけ声を上げた。
「あんころ君、無事ですか?」
「うん! へーき!」
「敵がそちらにいるかもしれません。私が行くまでとにかくそこにじっとしておいてください」
「了解! 周辺捜索しとくから、早めにね!」
「じっとしておけと言ったのですが――全く。困りものですね、今回の新人は」
そう言いながらも彼の無邪気さに少し笑みを浮かべ、タンバは他に道がないか探し始めたのだった。
◇
「うわ。汚ったねー。靴ドロドロだよ。雨漏りでもしてんのかな」
あんころは瓦礫の山から早々に離れ、さらに奥へと進んでいた。そこは先ほどの建物とは別の作りになっており、随分と古ぼけていた。地面はひび割れたコンクリートがでこぼこに波打っており、天井からはひたひたと雫が降り注いでいる。
「辛気臭せーとこ。悪者が好みそうな場所だわ」
その時、自分以外に動く気配を感じた。あんころは思わず身構える。目の前を横切って行ったのは、一匹の野良猫だった。
「んだよ、猫かよ……」
ほっと胸をなでおろした時、猫が歩いて行った先から違う影が姿を現した。今度は猫ではない。一人の人間の影だ。
パラドックス――⁉︎
あんころはポケットから持参したサバイバルナイフを取り出す。まだ戦闘向きの能力は身に着けてはいない。とりあえず今できる簡単な肉弾戦でしか対応できないが、あんころは立ち向かう気満々だった。そこに姿を現したのは、黒いパーカーのフードを深くかぶった、あんころと同じくらいの黒髪の少年。
「レイヤ……?」
あんころは驚きながらも、すぐにそのナイフを背中へと隠した。レイヤと呼んだ彼は、あんころのクラスメイトの一人だったのだ。
「お、お前、こんなところで何やってんだよ。危ないよ? 家帰んな?」
「……そういう君こそ、ここで何してるの」
「俺は……あれだよ、そう、なんつーか、その……」
「人目に付かない場所で、またイジメ?」
「違げーって! んなことする訳ねーじゃん」
「……」
レイヤはじろっと、あんころを睨みつける。
「じゃあ、何」
「だから、そのー……えっと、人助け? みたいな」
「人助け? そのナイフで人を助けるの?」
「これは、護身用だって」
「それは君が使っていた、人を脅す道具だよ」
「だーかーら! 俺はもう虐めなんかしないって心に決めて――」
その時あんころの方に何かが飛んできた。思わずあんころはそのナイフでそれを叩き落とす。ふとそちらを見ると、先ほどの野良猫だった。あんころのナイフによってつけられたのか、身体に深い傷を負って横たわっている。
「お、俺じゃ――」
「俺じゃない? その猫を殺したのも――。僕をこんな風にしたのも」
レイヤはパーカーの帽子を取った。するとそこには、禍々しい角が三本生えていた。
「な、なんだよ、お前――、それ――」
「お前のせいだ。お前が僕を虐めたから――。殺そうと思っていた能力が開花してしまった!」
「能力って……。じゃあ、まさか――お前が……!」
レイヤは真っ赤な瞳であんころを睨みつけた。その黒髪は逆立っている。おもわずあんころはナイフを持ち直してレイヤへと向けていた。
「やっぱりそうだ。またそのナイフで僕を――!」
「ち、違う! 俺はもう――!」
「やらない? 正義の味方だから?」
「――っ!」
レイヤは冷ややかに笑った。
「ねえ、リミットになって『クラフト』に入りさえすればさ、どんないじめっ子でも正義のヒーローになれるわけ? 今までどれほど人を痛めつけて来ていたとしても、『クラフト』なら正義? じゃあ、いじめられていた僕は、悪だったってことだよね?」
「何言ってんだよ、お前……」
「だってそうだろ? 君が正義なら僕は悪だ。だから僕は、君の敵になった」
「違う。お前はパラドックスになるような人間じゃない……! リミットになったんだろ⁉︎ じゃあさ、クラフトに来いよ! これからは一緒に――」
「都合のいい事ばっかり言うなよ!」
レイヤの悲痛な叫びが、なにもない廃墟にこだました。
「リミットになんかなりたくなかった! こんな姿になって、まるでバケモノじゃないか……! それでも、それでももしかしたら、『クラフト』なら僕を救ってくれるんじゃないかと思ってた。そう思ってたのに!」
レイヤの脳裏に、教室の入り口で聞いた声が蘇った。
【俺さあ、リミットになってクラフトに入ったんだよね】
【へえ、すげえじゃん。新しいイジメの口実?】
【違げえよ、バーカ】
【じゃあお前、正義のヒーローじゃん】
コイツが、正義の、ヒーロー……?
レイヤはより憎しみに満ちた表情で、あんころを睨みつける。
「僕だって本当は、正義のヒーローになれるはずだったんだ! なのに、お前がクラフトにいるから! お前が先に選ばれてしまったから! だから僕はパラドックスになったんだ! 僕の敵はお前だったから! お前さえいなければ! お前さえ!」
「レイヤ……」
「……僕にとって、お前は悪だ。だから、僕がここにいることが正義なんだ。お前を殺す。そうすれば――僕が正義のヒーローだ」
「もうやめろよ。俺はお前と戦いたくない」
「信用できない」
レイヤは冷たく言い放った。あんころは自分の手にしっかりとにぎられている、サバイバルナイフを見下ろす。そしてそれをレイヤの方へと放り投げ、両手を上げた。
「俺は他に武器は持っていない。俺の能力も提示するよ。俺の能力は『触れたものの時間を加速させること』。ただし、人間相手には使えない」
あんころはそう言うと、コンクリートの間から生えていた雑草にそっと手を伸ばした。ぎゅっと押し付けた手のひらの間からするすると青々とした葉が伸び、黄色い花を咲かせた。
「これで証明できただろ。だからもう、これ以上争うのはやめにしよう」
「……やめないよ」
「……っ!」
「やめてって言っても、やめてくれなかった! お前だってそうだったじゃないか!」
「確かに俺はお前のことを虐めてたよ! みじめな自分が嫌いで、弱い心から逃げたくて、怯えるお前を見て優位に立った気でいた! でも間違ってた! 俺が全部間違ってたんだ!」
あんころは座り込むと、その額を地面へと擦り付けた。
「悪かった。本当に。こんなことをしたって、お前の傷ついた心は元には戻せない。でももう俺は、お前の事傷つけたくないんだ。だから俺は――お前とは戦わない」
「嘘だ」
「嘘じゃない! 俺はもう絶対に――お前を傷つけない!」
レイヤはあんころから渡されたサバイバルナイフを拾い上げると、あんころの方へと向けた。
「何度だってこのナイフを突きつけられた。毎晩夢に出てきてうなされた。朝も昼も夜も、いつだって僕はお前に犯されて生きてきた。この気持ちが、それだけで許されると思うのか」
「思わないよ。でも正直、過ぎてしまったことを悔やんでも元には戻せない。だから――せめてこれからは、間違いを間違いだと気が付けたんだから、正しい方を向いて生きていきたい」
レイヤはじりじりと、迫る足を止めた。
「なあ、お前は間違えないでくれ。誰かを傷つけたり悲しませたりするのって、一時的な優越感を得られるかもしれないけど、振り返ってみてもそこで笑ってるやつは誰もいねえ。人を傷つけたやつは絶対幸せになんかなれねえよ。だからお前は俺みたいにならないでくれ」
「……正義のヒーロー」
「――っ」
「お前は正義のヒーローなんだろ? それとも、僕が正義のヒーロー?」
「……っ」
あんころはまっすぐにレイヤを見た。
「お前が、正義のヒーローだよ」
そのナイフは、真っ直ぐあんころの額を貫いた。




