「私が間違っていました」
先日印象的な話を聞いたのでここに記しておく。
私が小学校来10年ほど通っているピアノ教室はいま30名ほどの生徒がいるが、その大半が小学生で、私含めわずかに高校生、大学生以上の人間で構成されている。
中学生が極端に少ないのは、多くの生徒が中学受験を理由に退会していくからだ。
今年度も10人ほど小5の生徒がいるが、その多くがやめてしまうとのこと。
しかし、中学受験を理由に退会するのは少し疑問が残る。というのも、小6に上がるのでやめる、というケースは多いのでとくに気にならないが、とある生徒は小5の夏の時点でやめてしまった。理由は塾側から、「本来なら小5に上がった時点で他の習い事をすべてやめないと他の塾生徒に後れをとってしまう」と唆されたかららしい。
中学受験をする子にとってその勉強の優先度が高いのはそうだと思うが、息抜きなしに2年間塾に通い詰めるとなると、相当な金と労力が親にかかると同時に、子供にふるストレスも大きくなることは明確だ。
ピアノの教師もその点を指摘し、「ピアノを弾かなくてもいいから息抜き程度に教室にいらっしゃい」と言った。しかし、塾側から警告された親はそれはそれで必死のため、子供の気持ちよりも結果のために簡単に信じ込んでしまう。親側は断固として譲らず、当然生徒も反抗できないまま、結果的に5月に退会してしまった。
その一年と半年後、その生徒は全てを投げ出した。ある日突然、張り詰めていたものが切れたように、勉強に向き合えなくなってしまった。親も塾側も手が付けられず、そのまま受験を諦め公立中学に入学し、不登校になってしまったらしい。そのことを聞いたピアノ教師はなんとかして元気付けようとあの手この手でコミュニケーションを図ったが、どうしても家から出られずじまいだったそうだ。
一度心が破綻した人間は、そう簡単に希望を取り戻せない。好きだったものも好きではなくなり、生きる気が起きずに時間を浪費していくほかなくなる。何かやりたいことが浮かばない限り永遠に。
現在彼女は中学3年生。今年で義務教育を修了するが、未だに状況は変わっていないらしい。
「私が間違っていました」と彼女の親は述べる。ピアノ教師と生徒の親は今でも偶に交流しているが、生徒の顔はあのとき以来見れていないらしい。
子を持つすべての親に覚えておいて欲しい。親は子供にとって最も身近な存在でありながら、強制力による支配服従関係が簡単に機能することを。ときには子供自身とその未来を脅かす最大の脅威になりうることを。
子供を自分の考えだけで強制していないか、あなたのしていることは本当に正義なのか、ただ自分を正当化しているだけではないか。今一度考えながら子どもと向き合ってみて欲しい。
「私が間違っていました」では済まされないのだから。




