第7話
投稿者:土方のわし 2026年6月10日
やったぜ。久々に笠岡という名の、瀬戸内の深淵まで突っ込んできたんじゃ。
梅雨の晴れ間という名の、刹那の出口を逃すまいと、現場監督が「残りを全部、喉の奥まで突うずるっ込め!」とスピードを上げとる。五十五歳の膝が、笠岡の土の上でじりじりと悲鳴を上げよるが、監督の「巻いていけ!」という怒声が、現場の空気を熱く、ドロドロにさせよるわ。
鼻をひくひくさせると、生コンの生臭い、白濁した匂いと、初夏の湿気がねっとりと混ざり合っとる。あぁ~~たまらねえぜ。
死ぬ気で「生」の仕事を終え、ようやくアパートという名の密室に帰り着いたら……。
太郎の奴、ティッシュという名の聖水を、箱ごとドバーっとぶちまけやがった。
ドアを舐めるように開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、無残に引きちぎられた「白い紙の山」という名の深淵。鼻をひくひくさせると、パルプの乾いた卑しい匂いと、太郎の「やったったぜ」と言わんばかりの、誇らしげな生の体臭が部屋中に充満しとる。
「……太郎、お前。ソファの出口を塞いだ次は、この白い吹雪か。もう、おえんわ」
太郎は悪びれもせず、わしの周りを鼻をひくひくさせながら、身悶えするように走り回りよる。
五十五歳の疲れ切った腰を、じりじりと曲げて、わしは一枚一枚、ティッシュという名の残骸を拾い集め始めたんじゃ。
そこへ、おっさんと兄ちゃん、金髪の二十五歳が酒という名の免罪符を持って乱入しよった。
「わ、わしさん! 部屋の中が真っ白、白濁した世界ですわ! 岡山の夏に雪が降ったんですか?」
「マジパねぇ! 太郎くん、クリエイティビティの出口が爆発しちゃった系っすね! バイブスぶち上がりっしょ!」
新人の一言が、わしの五十五歳の血管を、一ミリの隙もなくドバーっと浮き上がらせよったわ。
だが次の瞬間、新人が一番熱心に、舐めるようにティッシュを拾い始めよった。「俺、これ拾うの得意っす」と言いながら。何が、どんな盛り合いが得意なんじゃ、お前は。
還暦のおっさんが、ティッシュの山を踏んで卑しく滑りよった。
「……わしさん、床が紙という名の油で滑りますわ。出口が見えませんわ」
「おっさん、四の五の言わずに端から拾え。それがお前の現場じゃ」
「……はい。盛り合いますわ」
それからはもうめちゃくちゃや。みんなで白い吹雪を拾い集め、「追いゴミ袋」を押し入れの深淵から引きずり出してやったわ。
――もう一度、静寂という名の平穏な夜を喉の奥へ流し込みたい。
掃除が終わった後は、五人と一匹で、畳の上にワンカップという名の聖水を並べた。
「太郎、次は何の出口を齧るんじゃ」
太郎が、剥き出しになったソファの残骸を、じりじりと見つめおった。
「……そこはもう、食い尽くして出口はないぞ」
太郎はわしの膝の上に乗って、果てたように目を閉じよった。「やったったぜ」の体臭は、もう眠たげな、白濁した温もりに変わっとった。汚れ好きの奴め。
こんな変態親父とティッシュまみれ遊び、しないか。
あぁ~~早く掃除まみれになりたいのう。
岡山の木造アパート、散乱した紙クズを勝利の証として握りしめながら待っとるぞ。
――ダイソンをしこたま持って来てくれる奴、おらんかのう。
土方姿を脱ぎ捨てて、55歳のわしは2026年の夏、太郎のイタズラという名の暴力をドバーっと受け止めて生き抜くんじゃ。




