「婚約破棄された傷物令嬢ですが、なぜか隣国の氷の公爵に執着されています」
「アニエス・ベルタン! 貴様との婚約を破棄する!」
王立アカデミーの卒業パーティー。第一王子エドワールの怒声が、お祝いのムードを冷酷に切り裂いた。
彼の隣には、勝ち誇った笑みを浮かべる男爵令嬢のミーナが、これ見よがしにしがみついている。
「殿下、本気でいらっしゃいますか? 我が家がこの国の魔導結界を支えていることは、ご存じのはずですが」
私が冷静に問い返すと、エドワールは汚物を見るような目で私を指差した。
「ふん、代わりなどいくらでもいる! それよりも、その左頬の醜い傷だ! 横に並んでいるだけで吐き気がする。ミーナの透き通るような肌に比べて、貴様の面はまるで腐った果実だな!」
「うふふ、お可哀想なアニエス様。そんな化け物のようなお顔で、よく今まで殿下の隣にいられましたわね。鏡をご覧になったことはなくて?」
ミーナが口元を隠してクスクスと笑う。
この傷は数年前、暴走した魔獣から彼を――エドワールを――庇って負ったものだ。
傷跡が残ると主治医に告げられた時、彼は「僕のために付いた傷だ、一生大切にする」と涙を流して誓ったはずだった。
「……私の傷を、そのように仰るのですね。あなたを救うために付いた、この傷を」
「恩着せがましいんだよ! 貴様が勝手に前に出たんだろうが! そんな化け物を王妃にするなど、我が国の恥だ。さっさと失せろ、この『傷物』が!」
エドワールは手に持っていたワインを、私の足元に浴びせかけた。
周囲からは同情ではなく、嘲笑と蔑みの視線が突き刺さる。
私はゆっくりとドレスの裾を払い、冷徹な心で彼らを見据えた。
「……承知いたしました。では、今この瞬間をもって婚約は解消。私は実家ごと、この国から即刻退去させていただきます。後悔なさらないでくださいね」
「後悔? せいぜい清々するわ! さあミーナ、あんな不潔な女は放っておいて踊ろう」
二人が背を向けた、その時だった。
「――ほう。我が国の命の恩人を『化け物』と呼び、『不潔』だと切り捨てるか」
背筋が凍りつくような冷気が、会場全体を支配した。
入り口に立っていたのは、大陸随一の軍事国家・ラングレイ帝国の最高権力者、フェリクス公爵だ。
彼は皇帝の弟であり、その一言で一国の存亡が決まると恐れられる氷の公爵。
「こ、公爵閣下……!? な、なぜ予告もなく我が国へ……」
エドワールの顔から血の気が引き、ガタガタと膝を震わせ始めた。
「アニエス。数年前、君が命懸けで救ったのは、この国への留学を隠していた私だ。……この、手柄を横取りした卑怯な男ではない」
フェリクス様が私に歩み寄り、跪いて私の手に恭しく口づけを落とした。
「なっ……! そ、それは、アニエスが『僕を助けた』と嘘をついたからで……!」
「見苦しい。貴殿が彼女を脅し、結界の維持を強制していた証拠も握っている。……アニエス、行こう。君がいないこの国は、明日にも魔導結界が消滅し、魔獣の餌食となるだろうが……それは彼ら自らが招いた報いだ」
「はい、フェリクス様。喜んでお供いたしますわ」
私が彼の手を取ると、フェリクス様は私の腰を強く引き寄せ、エドワールを冷たく見下ろした。
「アニエス、君の傷は、私にとってはどんな宝石よりも気高く尊い証だ。……君を虐げたこの国には、相応の絶望を与えてやろう。一生、私の腕の中で愛される準備はできているか?」
「……はい」
背後でエドワールが「待ってくれ! 嘘だろ、アニエス!」と叫び、ミーナが「私の肌の方が綺麗なのに!」と見苦しく喚く声がしたが、振り返る価値もなかった。
その後。
アニエスを失った王国は、即座に魔導結界が崩壊。魔獣に襲われ、国力を失った末に帝国の属領へと成り下がった。
エドワールとミーナは、かつて自分が嘲笑った「傷物」以下として、物乞いにまで落ちぶれたという。
一方、私は。
「アニエス、君が愛おしすぎて、片時も離したくない。……このまま城に閉じ込めて、私だけのものにしてもいいだろうか?」
美しい氷の公爵様に、毎日狂おしいほどの情熱で愛でられる日々を過ごしている。
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