プロローグ
たとえば、駅前の広告に映る誰かの笑顔を見たときとか。
街中で流れるアイドルソングがふと耳に入ったとき。
あるいは、もう使われていない自分の名前を、偶然どこかで見かけたとき。
そういう瞬間に、胸の奥で小さく火が灯る。
痛みでも懐かしさでもない。ただ、そこに確かに「何かがあった」という気配だけが残る。
それは、後悔とは違う。喪失とも、たぶん少し違う。
でも、確かにその火は、いまも私の奥で揺れている。
私は、かつて「佐伯美晴」という名前で、アイドルをしていた。
グループ名は「Luminous」。
意味は、“光り輝くもの”。
誰が名付けたかはもう覚えていないけれど、当時はとても気に入っていた。
きっと、誰もが“光になれる”と信じていた。
──少なくとも、そう信じていたかった。
解散したのは、五年前の春。
理由はよくあるやつだった。方向性の違い、将来への不安、年齢、運営との溝。
そういう曖昧な言葉たちの下で、本当の理由は誰にも言えなかった。
たぶん今も言えないままだ。
でも、終わってしまったものは終わったのだと、ずっとそう思っていた。
だからこそ、あれから一度も、あの名前を検索したことはなかった。
咲のことも、冴のことも、紗月も、優音も。
誰一人、直接の連絡先は残っていない。
わざとそうした、という自覚すらある。
それなのに。
それなのに私は、今夜、スマホの画面にその名前を打ち込んでいた。
──「小早川 咲」
──「Luminous 解散理由」
検索候補に並ぶ文字列を見て、呼吸が浅くなる。
手が汗ばむのを感じながら、私はそっと画面を閉じた。
なにやってるんだろう、と思う。
もう終わったはずなのに。
でもきっと、火は消えてなかったんだ。
誰かが光になれたことを願っていたあの頃。
光の中心に行けるかもしれないと、半分夢を見ていたあの頃。
私は、光にはなれなかった。
それでも、あの場所のそばにいた時間だけは、確かにあった。
だから、もう一度だけ、あの光の背中を、確かめてみたい。




