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第七章:覚醒

ゴンドは西の空から最後の光が消える頃、廃墟の中を歩き続けていた。神殿の敷地を巡り、追跡の痕跡を探し、聖域の安全を確かめるつもりだったが、足は思うように動かなかった。


外壁沿いに進むはずが、崩れた石のアーチと草に覆われた中庭を抜け、気付けば複合施設の奥へと導かれていた。初めての場所なのに、どこか懐かしい道。石畳が一歩ごとに彼を引き寄せ、まるで古い石そのものが進むべき道を示しているようだった。


三つに分かれる通路の前で立ち止まり、本営の方を振り返る。壊れた石の迷路越しに、もはや焚き火の明かりは見えない。どれほど歩いたのか。月は思ったより高く昇り、偵察のつもりがいつの間にか別の目的にすり替わっていた。


胸の奥の温もりが、静かに脈打ち続けている。神殿に足を踏み入れてからずっと、特定の石や彫刻に反応していたが、今ははっきりとした意志で彼を導いていた。


ゴンドは風化した石壁に近づき、色褪せた彫刻を指でなぞった。壁一面に平和の象徴が刻まれている──何世紀もの風雨で磨かれた絡み合う円、祝福を求めて掲げられた手、跪いて祈る人影。ひとつの彫刻に触れると、湿った石の冷たさが指先に伝わる。胸の温もりがそれに応えるように脈打ち、今度はより強くなった。


前方に戸口が現れる。夕闇よりも濃い影が集まっている。意識の外で足が勝手に動き、神殿の奥深くへと続く磨り減った石段を下り始めた。降りるほどに空気は温かくなり、古びた香と、雨上がりの野の花のような甘い匂いが混じって漂ってくる。


石段は長い年月、無数の巡礼者に踏みしめられて滑らかになっている。壁には彫刻が並び、下るほどに模様は複雑さを増していく。アラニィの絡み合う円が何度も現れるが、ここでは他の象徴と結びついていた──光に向かって伸びる手、翼に変わる根、永遠の祝祭で踊る人影。


壁そのものが微かに光を放っているようにも感じた。あるいは闇に目が慣れただけかもしれない。深く進むほど、何かが強くなる──光でも温もりでもないが、視覚と感覚の両方に触れるもの。空気が古い魔法の残響で震えているようだった。


最奥の部屋に足を踏み入れた瞬間、息を呑んだ。


上の廃墟とは異なり、この部屋だけは無傷のままだった。石のベンチが簡素な祭壇を囲み、その表面には時や風雨の痕跡すらない。彫刻された柱が丸天井を支え、色褪せた壁画がかつての栄光をわずかに残している──癒しの場面、蘇る希望、闇を打ち払う光。ここに満ちる空気は、名付けようのない何かで震えていた。音でも感覚でもなく、肌に触れる微かな光のようなもの。


ゴンドは聖域をゆっくり歩き、足音が静かに響く。ベンチは祭壇の周りに同心円状に並び、かつては巡礼者たちが集い、賛美と嘆願の歌声が満ちていたのだろう。記憶が現実よりも鮮やかに感じられ、まるで石そのものが過去を覚えているかのようだった。


祭壇が磁石のように彼を引き寄せる。淡い大理石は、無数の敬虔な手で磨かれ、滑らかに光っていた。基部には象徴が彫られている──上で見た絡み合う円だが、ここでは独自の内なる光で脈打っているように見えた。あるいはただの幻想かもしれない。胸の温もりは一歩ごとに強まり、肋骨の奥で星のかけらが燃えているようだった。


ゴンドは祭壇の周りをゆっくり歩き、表面を覆う彫刻をひとつひとつ確かめる。ここにはアラニィの慈悲の場面が刻まれていた──病を癒し、悲しむ者を慰め、絶望する者に希望を与える女神。その技巧は見事で、ひとつひとつの人影に深い信仰と敬意が込められていた。


祭壇に触れたい衝動が、歩を進めるごとに強まる。手がほとんど無意識に伸び、冷たい石の寸前で止まった。空気の震えが増し、一瞬だけ、声が聞こえた気がした──言葉ではなく、歌の残響、希望と絶望が織り交ぜられた祈りの記憶。


「お前は何だ?」ゴンドは空の部屋に囁く。


沈黙が続き、闇の奥で水滴の遠い音だけが響いた。そのとき、まるで言葉が古い錠前を開く鍵となったかのように、胸の内に星の火が灯るような温もりが広がった。


手のひらが大理石に触れる。


世界が、光と音と感覚の奔流に呑み込まれた。


部屋は黄金の光に包まれ、すべての表面が日差しを受けて輝き出す。壁画が動きと色彩を取り戻し、白い法衣の司祭たちが空間を行き交い、病人や負傷者の世話をしている。祭壇は星明かりのように輝き、空気は調和の歌声で満たされた。


幻視の奔流の中、圧倒的な感覚の渦の中で、声が語りかける──聞こえるのではなく、骨と血に響く鐘のように感じられた。


「お前は進んで重荷を背負う、ゴンド。今度は希望を背負え。」


石に触れた手のひらが焼けるように熱くなり、思わず後ろによろめく。幻視は砕け散り、突然の闇の中で息を切らした。部屋はただ冷たい大理石と、消えかけた残響だけが残っていた。


だが、温もりは胸に残り、ワインのように広がる。声の記憶は薄れても、言葉だけは心に刻まれていた。


ゴンドは最も近いベンチに腰を下ろし、手の震えを抑えた。心臓が肋骨を打ち、部屋の冷たさにもかかわらず額に汗が滲む。疲労だ。指導の重圧、絶え間ない警戒、選択に委ねられた命の重み。極限まで追い詰められた兵士には、幻視など珍しくもない。


深呼吸し、手の震えを無理やり鎮める。やがて立ち上がると、足はしっかりと地を踏みしめ、久しぶりに力が戻った気がした。部屋は今や小さく、圧倒的な存在感も消え、そこに満ちていた力が自分の中に移ったようだった。


しばらく静寂の中に佇み、体験の余韻を味わう。


ゆっくりと石段を登る。一段ごとに、火と友情、責任と選択の世界へと戻っていく。


廃墟を抜けると本営が見えた。焚き火は弱く燃え、ほとんどの者が消えゆく火の周りで静かに眠っている。だが、シムだけは境界で待っていた。まるでゴンドが戻る時を知っていたかのように。


ゴンドが近づくと、司祭はわずかに頭を傾け、細かな兆しを読み取る男の目でじっと見つめた。シムの視線はゴンドの顔から手へ、そしてまた顔に戻り、治療師のような精密さで観察を重ねる。


数秒、言葉を探して目を伏せた後、ゴンドは口を開く。「廃墟は……広いな」声を試すように慎重に呟いた。いつもと同じ響きだが、何かが違うとシムの目が鋭くなる。


沈黙が流れる。司祭はゆっくりとうなずき、静かなまなざしで風化した指先を髭に滑らせた。「古い場所は、しばしば石や記憶以上のものを抱えている。かつて何であったかを、今も覚えているのだ。」その目は、以前にはなかったゴンドの表情──肩の構えや頭の傾きの微妙な変化──に留まった。


ゴンドは司祭の目を見返し、判断や期待を探る。だが、そこにあったのは忍耐強い理解だけ。まるでシムは地下で何が起きたかを知っていながら、ゴンドが自分の言葉で語るのを待っているかのようだ。司祭の手は脇で静止し、呼吸だけがわずかに深くなっていた──変化を感じ取っても、答えを求めない男の姿勢。


二人は心地よい沈黙の中に立ち、頭上の星の巡りを見上げた。周囲では避難者たちが古い壁の庇護の下で安らかに眠っている。ゴンドの胸の温もりは静かに脈打ち、内側で芽生えつつある何か──まだ名も意味もないもの──を感じていた。


その夜、ゴンドは眠れず、心の中で体験を何度も反芻した。時が経つほど、あの声は夢のように遠ざかり、心がそれを壁で囲ってしまうようだった。


廃墟のどこかで、風が壊れた石を抜けて嘆息し、笑い声のようなもの──あるいは自分自身の皮肉な可笑しさ──を運んできた。だが胸の温もりは絶えず脈打ち、闇の中の灯台のように、ゴンドは眠りに落ちる瞬間、微かに笑みを浮かべている自分に気づいた。


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