第3章
約束の時間に約束の場所についた。昭はバイクを止め、通りに人がいない事を確認してからリバーサイド九品寺というマンションのエントランスへ向かった。
リバーサイド九品寺は白川のそばにあるベージュの大判タイルを使ったどこか高級な雰囲気がする建物だった。エントランスは掃除が隅まで行き届いて、植え込みの低木も切り揃えられている。まさに昭には場違いな場所だった。エントランスのオートロックの端末に昭は七一二と番号を押し、呼び出しボタンを押した。
「ちょっと待て」
端末のスピーカーから男の低い声がするとエントランスホールの扉が開いた。昭はエントランスホールを通り、エレベーターに乗って七階に向かった。エレベーターがゆっくりと動き出すと体にかかる不快な重力を感じた。
七階には部屋は二つしかない。左手にある七一二号室のインターフォンを押すと、少しして花柄が付いたスモーキングジャケットを着た小太りの男が迎え入れてくれた。
「よく来てくれた」
男はそう言うと昭の肩をたたいた。その左手には高そうな金時計をしている。小太りの男は昭をリビングに通した。
リビングで最初に目についたのは大きなガラス窓だった。部屋を囲む一辺の壁がすべてガラス窓になっている。目線の高さに建物が何もなく、眼下にビルを見下ろせた。リビングの壁には白色の木材が使われ七十インチの8Kテレビが埋め込まれていて、それを囲むようにして本革のソファがL字に置かれている。
ソファにどっかりと座った瘦せぎすの男が振り返って昭を見てきた。瘦せぎすの男は厚手のパーカーを着ていて首元にどくろから羽の生えているタトゥーが入っている。昭を値踏みするためか顔をじっくりと見るとフンと鼻を鳴らして日本対韓国戦のサッカーに戻った。
リビングの奥にあるテーブルではネイビーのジャケットを着た男がスマートフォンを触っている。ネイビーのジャケットを着た男は頭の禿げた初老の男で、がっしりとした体つきをしている。名前は片山徹。昭がこの仕事をする事になったきっかけの人だ。昭は徹の経歴を聞いたことはないが話しぶりや仕草で自衛隊を思わせた。
見知った徹へ近づいた。すると昭が話しかけるより早く徹は昭に気づくと立ち上がって言った。
「昭、来てくれてよかったよ」
「こちらこそ誘ってくれてよかったですよ。」
徹は昭に椅子に座るように促しつつ目は昭の動きを常に追っていた。それは徹が長くこの仕事をしている事に起因する。徹は昭と違ってこの稼業の事について多くを知っていた。この稼業は反社会的であり、そこで出会う人間も反社会的なためその中で生きていくには慎重でいる事が重要だった。
「仕事をするのは僕たちと向こうの人の三人ですか」
「いや、あと一人いる。すまない、時間は守るよう厳しく言っておいたんだが。」
徹は顎をさすりながら言った。その声色には少しの怒りが含まれていたが昭は気づかなかった。
「今回は何をするんです?」
「それは後で話すよ」
徹は笑顔で昭に話したが、すぐに真顔に戻った。昭は徹と何かを話そうと思ったが何も思いつかなかった。
昭はマンションに入ってから居心地の悪さを感じていた。瘦せぎすの男は全く知らない男だし、片山さんの事は名前以外何も知らない。捕まるかもしれないのに見ず知らずの男に背中を預けないといけないなんて。だからと言って知ろうとするのは、裏稼業をしている以上深入りしすぎは酷いしっぺ返しを食う事になる。
昭はそんな事を考えていたが、それはエントランスからの呼び出し音に中断された。
小太りの男がエントランスの呼び出しに応答し、玄関に向かった。