第2章
昭は接続をオフにした。直ちに視界は真っ黒になり、昭は現実に戻ってきた。ナーヴを頭から取ると机に置いた。その銀色のヘルメットには数多くのケーブルが接続され、PCとつながっている。
ナーヴ。2063年にニューロリンク社が開発した非侵襲ブレイン・コンピュータ・インターフェイスである。ヘルメット状の内部には高性能センサーが配置されていて使用者の脳波を読み取る。ニューロリンク社の売り文句によれば、「ナーブは私たちをネットの世界へ連れて行ってくれる友人となるでしょう。ナーヴを装着すると思うだけでネットを操作する事が出来ます。まさに夢の中にいるように。」。
昭は立ち上がると、上着からセブンスターを取り、キッチンの換気扇の下でそれを吸った。脳内にはスコープを覗き込んで三人の敵を撃っている自分の姿がフラッシュバックしていた。
タバコを持った手は少し震え、汗をかいていた。昭は一口、二口タバコに口をつけるとそれを消してしまった。体はライフルを撃った衝撃を確かに覚えていた。それがたとえ電脳世界の事でも。
ナーヴを使えば電脳世界を現実のもののように感じる事が出来た。それはすべてが可能だった。家の中にいながら野球選手のバットの風を切る音を聞いたり、仮想空間で遠くの両親と会って話したり、夜の相手を探したり…。そういったナーヴの健全な使い方の他に殺し合いを行うような連中も少数ながらいた。昭は電脳世界でわざわざ殺し合いを行うようなサイコパスやアドレナリンジャンキーではなかったが、殺す事が仕事に繋がった。
昭はキッチンから首を伸ばすと、リビングに置いたデジタル時計を見た。デジタル時計は二十時二十四分を表示していた。約束の時間は迫っていたが、ナーヴでかいた汗を流すために昭はシャワーを浴びた。
昭は定職についていなかった。彼は大学を卒業していて、知能的に問題なかった。性格も多少問題があったが、それも社会と折り合いをつけて生活できる程度だった。問題は日本社会の方にあった。
日本社会は明らかな売り手市場だった。それは日本が行った制限のない外国人受け入れと年金受給の年齢引き上げによるものだった。その憂き目にあったのは若年層だった。資格や職歴もない彼らは日本が受け入れた外国人と再就職を望む高齢者との就職競争に負けに負け続ける事となった。就職できたとしても月収十一万円。安く使われるのがおちだった。政治家も彼らを見捨てることにした。彼らの人数は少なく、政治としての力を持っていない。それよりも受け入れた外国人の面倒を見た方が政治家にとって得になった。
昭が乗ったカワサキNinja630は国道28号線を西に向かった。時刻はすでに二十一時を回っていて町は暗く、静かだった。聞こえてくるのはNinja630のエンジン音だけ。昭はアクセルをひねって速度を出した。スピードメーターは四十を超えて、前から吹き付けてくる風は強くなった。昭は夜の暗みを丸く切り取ったようなヘッドライトのあかりを見つめながら考えていた。これから会う奴らはまともだろうか。