第1章
三人の兵士は雪の中を進んでいる。三人はスキーウェアを着込み、ニット帽を目深にかぶっている。そして子供の背丈ほどのバックを背負っている。胸の前にはライフルを斜め掛けしていた。彼らは足を雪にとられながら歩き、時々目を細めては気の影を見てそこに人がいないだろうかと警戒していた。イヴァンがこの地域に詳しいため二人より先行して雪の上をぐんぐんと歩いていた。残り二人レスターとアリスターは寒さに顔を赤くし白い息を吐いて、ついていくのがやっとといった様子だ。イヴァンが先に足跡を作り、後のレスターとアリスターはその足跡を踏んで進んでいく。
彼らがいるのはロシアの辺境の地であった。そこにはトウヒやモミといった針葉樹が生えている。後は雪。他に特筆すべき事はない場所だった。彼ら三人が来た理由は比較的安全に日用品を集める事ができるからだ。それにレスターとアリスターは銃を使った戦闘に慣れていない。そんな状態で激戦区に出れば結果は見えている。二人が立派な兵士になるまでは激戦区(少なくともそう思えるような場所)は避けていきたいというイヴァンの教育方針からだった。
イヴァンは歩きながら考えていた。二人を連れてくるのはまだ早かった。ただ雪道を歩くだけなのに、亀のように遅々として進まず、背負ったバックを大きく左右に振って時折うぅと呻き声を挙げながら歩いている。そして雪の積もった木が立てる音にびくついて手元のライフルに手を伸ばす。まるで大きな赤ん坊だ。しかも泣き出す代わりにライフルを向けてくる。敵ではなく自分に!そんな思いを抱えているもののレスターとアリスターが立派な兵士になる事をイヴァンは心から期待していた。だからこそ二人の事は大切にしなければ。イヴァンは雪道を歩きながら結論を出した。だから今はあの赤ん坊のおもりをしなければ。
その時、イヴァンの後方でドスンと大きな音がした。イヴァンは顔を後ろに向けて二人の状況を確認した。それはレスターが足を滑らせて頭から雪の中へ突っ込んだ音だった。レスターは顔を雪に埋もれながら「重い」と呻いていた。アリスターは雪とバックに潰され立てなくなってしまっているレスターのバックを引っ張って無理やり立たせた。アリスターはレスターに簡単に感謝を述べると髭に雪が付いたままイヴァンに謝罪した。
「すみません、滑ってしまって」
3人はかれこれ休みなしに歩き続けている。天気は晴れていて比較的に暖かい気温になったけれど、地面に降り積もった雪の表面が解けて滑りやすくなっている。何度か歩いている最中に滑りそうにもなった。イヴァンは滑らないために注意深く踵から歩くような歩き方をしていたがレスターとアリスターはそうではない。何度か滑り、その度に服を雪で濡らし、靴は雪が入り込んでしまって冷たくなってしまった。
「すこし休憩しよう」
イヴァンは振り返って言った。
そしてイヴァンは立ち止まり、休憩できそうなところを目で探した。周りは雪が降り積もっていたが少し歩いた先にあるトウヒの木は木々の枝がテントのように陰になって雪が積もっていなかった。あそこがよさそうだ。イヴァンが歩きだそうとしたときに彼の7時の方向にきらりと光るものを見つけた。深い木々の中にそれはあって一瞬の事だったためわからない事もありえたが彼はそれを直感で理解した。レンズが太陽を反射した光だ。イヴァンは体じゅうの毛が総毛立つのを感じた。スナイパー。そう叫んだイヴァンの声は銃声によってかき消された。
イヴァンの頭は全長5.8cmの弾丸によってはじけた。それはをイヴァンの右目の上を通り、頭の中を外へと押し出した。飛び出た右目と血と脳漿と脳は雪の上に落ちた。雪は飛び出てきた血を吸い込んで赤色を滲ませた。イヴァンの首は飛び出た弾丸の反動で左に倒れてしまいそうだったが、背負っていたバックに押しつぶされた。
レスターとアリスターは叫ぶよりも早くライフルを構えた。銃声から場所は彼らの後方から撃たれた事は理解していたが、正確な位置はわからない。早く身を隠して応戦しなくては。イヴァンに教えられた通りに反応しなくては。レスターは考えるよりも早く近くにある木へと動き出そうとした。バン。乾いた音がした。
レスターは胸を撃たれた。正確には右肺を。レスターは膝を折り、胸を押さえてあおむけに倒れこんだ。口元からは赤いあぶくがあふれ出し、両目は飛び出るほどに開かれていた。右肺に血がなだれ込み痙攣し始めた。レスターは撃たれた事が理解できていなかった。体は痛みを発し、体じゅうに酸素を送り込もうと心臓は破裂せんばかりに鼓動した。レスターは手に付けていた手袋をふるえる手で外し、右胸を触った。そこには生暖かい液体があふれ出し小さな穴が開いている事がわかった。撃たれたんだ。レスターは息を吐く代わりに喉をせりあがってくる血を吐き出しながら理解した。
アリスターは木に身を隠し、敵を伺った。
「レスター!」
アリスターは叫んだ。レスターからの返事はない。アリスターはライフルを構えて撃った。八発。
「レスター!」
再度アリスターは叫び、振り返った。レスターはあおむけになりながらも首を起こし、立ち上がろうとしていた。そうしようとするたびに口から赤い血の泡があふれ出していた。アリスターはイヴァンの方へ目をやった。イヴァンは頭の上半分がなくなって倒れている。イヴァンの顔はアリスターの方へ向いていて、その目はアリスターを見ているようだった。アリスターは絶叫した。