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時流の墨

作者: 事務屋青龍

 執筆にあたり生成AIを使用しています。

 昭和21年12月。

 東京・本郷の一角にある古びた書道教室に、一人の男が訪れた。出版社「新文化社」の社長・浦木練三である。応対したのは、白髪混じりの髪を後ろで束ね、古びた紋付き羽織を纏った書家・橋本孝元だった。


 浦木はにこやかに言った。

「新憲法の公布、実におめでたいことです。特に第9条、戦争放棄の誓い。なんと崇高なことか。明治憲法に記されていたら、日本もあんな戦争に走らずに済んだでしょう」

 誇らしげな口調だった。浦木の背後には戦後民主主義の空気が漂い、戦争を否定することが知識人としての証のようになっていた。


 だが、橋本は冷ややかな目で彼を見つめ、静かに言った。

「君も『またぎ』なんだな」


 その言葉に、浦木の笑顔が少し曇る。

「またぎ?」


 橋本は硯の縁に筆を置き、まっすぐ浦木を見据えた。

「狩人ではない。戦争の前後で立場を都合よく変える者のことだ」


 浦木の顔が強張った。

「橋本先生、それは心外です。私は……」


「では尋ねるが、君のところの雑誌は、戦時中どんな記事を載せていた?」


 浦木は一瞬口をつぐんだが、やがてしぶしぶ答えた。

「……『聖戦貫徹』『八紘一宇』……と、まあ、戦争を支持する記事を載せていました」


「そうだな。そして今はどうだ?『素晴らしき民主主義』『新生日本は不戦から』と、占領軍の提灯記事ばかりではないか」


 浦木はバツが悪そうにゴニョゴニョと口ごもる。

「……うちは出版社です。売れなきゃ話にならない。時流には敏感でないと……」


 その一言が、橋本の怒りに火をつけた。


「恥を知れ!」

 鋭い叱責が室内に響く。

「時流に乗ることが商売の理だと? 戦時中は国策に迎合し、戦後は民主主義にすり寄る。そこに何の矜持がある? 何の思想がある?」


 浦木はしどろもどろになりながらも、なんとか反論しようとした。

「しかし、先生だって……戦時中は翼賛的な書を書かれていたではありませんか!」


 橋本はふっと笑った。

「その通りだ。私は戦争に賛成ではなかったが、自分と家族を守るため、やむを得ず戦意高揚の書を書いた。戦後は『戦争協力者』と非難されたが、反論はしなかった。何を言っても見苦しい言い訳にしかならぬからな」


 浦木は口を開いたが、すぐに閉じた。彼はこの書家の覚悟を見誤っていた。戦時中も戦後も、橋本は一貫していた。時流に迎合せず、自分の信念を守り通した。そのことに気づいた瞬間、浦木の心に言い知れぬ敗北感が広がった。


「帰れ」

 橋本は低く言った。


 浦木は何も言えず、背を向けて部屋を出た。扉が閉まると、橋本はゆっくりと硯に向かい、静かに筆を執った。


 白い紙に、力強く書かれた四文字。


 「千古不易」。


 それは、時流に流されぬ信念を持つ者の言葉だった。


(了)

【参考資料】

小島尚樹『激論!コスパ病 日本人を豊かにする目からウロコの買い物の仕方』Kindle Direct Publishing

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