どこにも行けなかった---へ
渡る世間に鬼は無し。
「いやだ。もっと遊ぶの」
「ほら。もう帰るよ。すっかり暗くなってきちゃったから」
「まだー。遊びたい遊びたい。やだやだやだ。まだ帰りたくなーい」
公園でぐずる子供を宥める母親の声を聞きながら気づく。
帰る。一体どこへ?
家に。家?
家とは果たして何を指していたか?
家が1つに確定していたなら、2つであったなら、3つなら…23こなら…0こなら…
ロンドン橋が落ちた。
ニイタカヤマノボレ。
家が0こである必要なんてこれっぽっちもないだろう?迷子の条件は?道を欠いていること。無いなら作ればいい。橋が落ちたのなら架ければいい。パンがないならなんとやら。こんなことになるのなら、鬼に棲家を追われていた方が幾分とましだったに違いない。
ここを拠点とする。もうそれだけでいい。合図は山頂から花火が上がったら。イルカとアヒルのちょうど真ん中ぐらいの大きさの花火が。黄色い。黄色い。教会の手前の花壇に植えられているスイートピーよりも。ゴッホのひまわりよりも。真っ黄っ黄だ。全ての青色を忘れてしまうぐらいに。
焼け落ちていく。据えた匂いのする我が家が。木造の4分の1階建ての家屋が。ああ。これでついに7分の1階建てになってしまった。これではシンドバッドが出てこられないではないか。許せない。この左手に持っている燃え滓のマッチが憎い。誰だい火をつけたヤツは。亀の甲羅の仇。ユーラシア大陸へ島流しにしてやる。マッチポンプ。永久機関の出来上がり。なんとも安上がりだ。苦節274年の試みが全てパァーだ。あはははは。
屋根と屋根の間を縫うようにして人影が走り抜けていく。雲。そうだ。雲であるならば。なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。深夜の公園で1人ケタケタ笑い転げる。ブランコも呆れたようにキイキイと鳴っている。煌々とした明かりが漏れ出ているコンビニから客が出てくる。手には白いビニール袋。これから帰るのだろうか。家をどこかに置き忘れていないといいが。黒いキャンバスに黄色いクレヨンで、ぐしゃぐしゃと乱雑に書き殴る。額縁がガタガタと揺れる。形の良いラズベリーを。フクロウが浅い眠りにつくまでには。