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8.5話『指定区域外魔物召喚事件 side.Ⅰ①』

 ディビ国とアスファー王国の間に位置する砂の道(サント)

 燃料タンクがいくつも並んでいる。

 進入禁止の黄色い看板が大きく設置してあった。

 辺りは暗く深夜。遠い国の明かりが微かに見えるだけ。

 本当に人っ子一人いない砂漠みたいな場所だ。


 看板の前。異質な男女二人がいる。

 二人とも二十代前半だろうか、それ以上に若いようにも見える。

 女が手に持っている鎖は男の首輪に繋がっていて、互いに不服そうな表情だ。


「あーっちぃな……クッソ!」


 全身黒い服装の男は不満をもらし舌打ちする。

 ロングコートを脱げば良い気もするが脱ごうともしない。


「熱くしているのはお前(クズ)


 月と太陽の紋章が刺繍された白いローブマントの女は死んだ魚の目。隣にいた男を睨んだ。


「誰がクズだ! クソ女!」

「ふっ、語彙力皆無(バーーーカ)

「テメェ……ぜってぇ! 殺す!」

「本気? 私より弱いくせに」

「は? 誰に言ってんだコラ?」


 言い争う男女に迫り来る獣。

 だが、獣と呼ぶには腐敗しすぎている。

 普通の人間にはゾンビのようにおぞましく見えるだろう……にもかかわらず、男女はそれを気にもとめずに言い争いを続ける。


あなた(ゴミ)以外のなにものでもない」

「今すぐ肉片にしてやる!!!」

「口先だけの(わんちゃん)


 男は女に向かって手を伸ばす。その右手は獣の鉤爪のよう。それは目の前の肉を貫く。

 串刺したのは……女ではなく、すり替えられた腐敗した獣だ。

 獣はピクリと痙攣して、内臓を爆発させた。

 男は臓物まみれで見るにたえない。


「きたない」

「テメェ! ずりーぞ! 避けんな!」

「ふっ、雑魚(底辺)

「ざけんな!!」


 男は犬のように低く呻る。

 男女の喧嘩に割って入る獣の成れの果て達がぞろぞろと集まり始めた。

 百匹以上はいるであろう。


「邪魔すんな、クソどもが!!!」


 獣たちは男の眼光に怯んだ。

 腐敗し屍となった者達が恐れるものなどありはしないはずなのに。

 ガクガクと震える四つ足で、後ろに下がるのがやっとだ。


「落ちても、魔王の右腕(ヴィンレ・ギュ―フ)ね」

「お前が言うと全部貶し言葉に聞こえんな?」

「えぇ、事実。貶してるもの……ね、負け犬」


 イヤホンからザリザリと(アナウンス)が入る。

 男女は大人しくそれに聞き耳を立てた。


『緊急! 禁止区域に魔物が召喚されました。職員は直ちに排除するようにお願いします』


「遅い」

「クソ女、見ろ! あれ!」


 男が指を指した方向には空を泳ぐひげの長い魚が骨むき出しで現れた。

 魚は全長十メートルを越える。頭は人間を丸呑みしてしまいそうなほど大きい。

 魚の眼球がボトリと落ちる。

 野生の獣たちはそれに群がって貪り食うと、腐敗した獣になった。


「本体がこれ?」

「親玉ってやつだな」

「ね……」

「んだよ?」

「いくらあなた(ゴミ)だからって、あれは食べないで」

「誰が食うか! あんなもん!」


 食われかけの眼球がものすごい早さで転がり、男女に迫る。


「腐ったら殺してあげる」

「あーあー、手元が狂って殺しちまっても文句言うな! クソ女!」


 男が右腕を振り上げると、地面に異空間の穴がぱっくりと開く。


「指一本で終わらせてやるぜ?」


 中指を立てれば、同時に穴から巨大な篭手(ガントレット)が中指だけ現れ、眼球を串刺しした。

 男の背後にはもう魚の頭が迫っている。

 女は助ける素振りなどなく退屈そうに男が死ぬのを待っている。


「バカ正直に裏回ってくんな! 芸がねぇ!!!」


 男は余裕な笑みを浮かべた。

 背中から篭手(ガントレット)を出す。その姿は悪魔の翼を思わせる。

 篭手(ガントレット)は男の体の約三倍はあるだろう。

 迫り来る魚の頭蓋骨をいとも簡単に握り潰した。

 魚の骨が空から降る。

 地上にいた獣たちは静かにそれを受け入れている。

 まるで誰かに死を命じられたみたいにあっさり獣たちは液化した。


「足んねーな!」

排除完了(クリア)

「もっと楽しませろ!」

『残り一件……不明』

「あ? どうい……ッ!?」

「そう……あの通知、もう一体いるの……」


 地面が揺れる。

 巨大な植物の根っこが押し上げて、男の足下に巨大な亀裂が入った。


「は?」


 男は亀裂にのまれた。

 男に代わるように現れたのは小さな草だ。

 それは瞬く間に成長して、魚の亡骸も貫き、大樹となる。

 大樹はボコボコと泡を吹くように実を付けて弾けた。

 それに習うように次々と成長した木が実を付け、弾ける。

 弾けたものが粉々に大地に降り注ぐ。

 朝日が昇り始めて分かった。

 それは雪のようで一面は真っ白だ。


 突如、静けさが戻る。

 木の成長は一時的に止まった。

 しかし、男の姿はない。

 女は黒傘を差し、表情一つ変えずにいた。


「生きていたの……残念」

「テメェ……ふざけんな!」


 生き埋めになっていた男が苦しそうな息遣いで這い出てくる。

 女はそれを見下して冷笑する。


「お似合いね。いっそ、そのままでいたら?」

「んだと!!!」

「……見て、あれ……」

「あ?」


 女が指を指した方向を男は見た。

 燃料タンクの半径三メートルほどを残して、たくさんの木が生えている。

 木を目で追うと、いつの間にか隣国に迫る勢いで生い茂っていた。

 魚を倒すのに夢中になっていた二人は燃料タンクから離れた場所に立っている。


「……ゲッ! まずいぜ! 始末書確定じゃねぇか!!!」

「根を広げて、この一帯……国まで火の海にするつもり」


 女曰く、燃料タンクを爆破させた後、木に引火させて隣国にまで被害を広げられる。

 その考えに男は眉間にしわを寄せた。


「は? ヤロウ! この女と同じ思考してやがったらタダじゃおかねぇ!」

「頑張って」


 心が微塵もこもっていない女の適当な言葉に男は苛立つ。


「テメェ! なんもやってねぇクセに偉そうにしやがって!」

「なぜ? 私が雑魚を相手にしなければいけないの? これはあなたの仕事……雑魚(あなた)は雑魚同士、仲良く遊んでいればいいの」

「あ”?」


 至極当然のように淡々と言い放つ女と怒りに震える男。殺気に満ちたアイコンタクトを交わす。


「……いい加減、戯れ言に付き合うのも飽きた!!! 本気(マジ)の殺し合いしようぜ?」

「ふふっ、最初から私はなれ合うつもりなんて……ない。戯れ言にとどめたのはお前の方」

「言いやがったな? お前……。ここは

()()()()()()()()()よな?」


 男は念押して確認をとった。女は適当に返事をする。

 ここでの魔物召喚は禁止されているようだ。

 どうやらそれが重要らしい。


 しかし、再び地面が揺れ始めた。

 根が、木が、燃料タンク目掛け一斉に伸びる。

 男は舌打ちをした。

 女と喧嘩を続ければ始末書確定だ。

 思いとどまる他ない。

 こうなることを予測していたであろう女に再び腹を立てる。


「あークソッ! ヤケだ! 暴れてやる!!!」

「好きにすれば?」


 女は握っていた(たづな)を離す。

 すると、男の首輪が即座に砕け散り、背中から蝶の羽化のように黒い何かが這い出た。

 黒い何かは鎧を纏っていて、鎧の隙間から獣の牙と三日月の目がちらりと覗く。

 反対に夜が明けた。

 黒い男には神々しいほどの後光が姿を曖昧に見せる。

 男の影はその巨大さを物語っていた。


「ニッ! 久々の本気だ! 空気がうめぇな!!! あぁ、しかもいい眺めだぜ!」


 (巨人)は女を見下ろし、ニタリと笑った。

 だが女は動じない。

 約二十四倍以上はあるそれ(巨人)を一度も見ることなく涼しげな表情だ。


「早く」

「分かってんだっつの!!! クソ女!」


 地面をなでるように木を倒すが、巨人の手が止まった。


「あー? アッタマ回んねー!!! タンクごとやっちまいそうだぜ!!!」

「私が言ったこと……お前は聞き逃したの?」

「……ハッ! お望み通り! 好き勝手してやる!!!」


 トラクターの耕運さながら、巨人は根こそぎ木々を中央に集めていく。

 中央には傘を差した女が燃料タンクに腰掛けており、それめがけ生き埋めにしてやった。


 巨人の作業(地鳴り)が終わった頃、女はふと傘を回す。

 それだけで覆い被さっていた百本を超える木々が落ちた。

 木は女とタンクの周りを取り囲む柵と化す。


「んだよ! せっかく影をつくってやったつーのに!!!」


 巨人は不満そうな口調で言う。

 まるで子供みたいだ。


「まだ終わってない」

「はぁ???」


 女が下を指さすので、巨人が地下に耳を傾ければ……なるほど、脈音が聞こえるではないか。

 つまり、地中に核があるということだ。

 巨人はもう一つ気づいた。


「オレじゃ倒せねぇってことか???」

「……やっと気づいたの」

「クソ女! それを先に言え!」

「なぜ、私がお前の知能に合わせなければいけないの? 面倒」

「……二度手間じゃねぇか!!!」


 地割れと共に大樹が再び成長し始める。

 それだけではない、大樹に()()が起きていた。

 大樹の根がつるのように上へ伸びていく。巨人の足につたう。


「ゲッ!?」


 巨人は足を取られて倒れた。

 土煙が上がる……。

 女は不快さをあらわにして立ち上がった。

 続けて警告音が鳴る。


『世界質量オーバー。一人当たりの質量を遥かにオーバーしています。これより制限がかかります』

「はぁぁぁ!!! 今かよぉぉぉお!!!」


 巨人は倒れたまま情けない叫びを上げた。

 巨人の首に現れた輪が、元の人に姿に圧縮していく。


「あなたみたいに図体ばかり大きなゴミがいるせいね」

「あ”?」

「……使えない。私が手本を見せてあげる」


 女はそう言うと傘をくるりと回した。途端、大樹が次々と倒れ始める。

 純白の装丁、箔押しのタイトルは聖書……女が手にしているそれを開いて読み上げる。


「大地に芽吹くのは誰?」


 女の呼びかけに応じたのか、二葉が芽吹いた。


「恵みをもたらすのは天の水。すくい上げられたのは命」


 二葉は大樹ほどの大きさではないが、大地の栄養を吸い取り、大きな実を付けた。


「太陽はあなたの罪を……あぶり出す」


 大きな実の中には虹色に輝く、おそらく大樹の核であろうものが実の中に閉じ込められている。

 女が続きを読み上げるより早く、男が篭手(ガントレット)を出して実を握りつぶした。


「オレの勝ちーー!!!」

砂の道(サント)、排除完了(オールクリア)

「子供ね、手間が減っただけ」

「あ! ついやっちまった!!! クソ女に手を貸しちまうなんて!」



 同時刻六時半過ぎ。アスファー王国見張り台。

 軍服を着た男たちが足の踏み場もないくらい倒れている。

 そこに双眼鏡を覗く金髪の十代後半の少女(ギャル)が見えた光景に苦い顔をした。


「マジあり得ないんですけど! あんな化け物が出てくるとか聞いてない!」

「あの木みたいなのなんなの!? アタシらが召喚したやつよりつよつよじゃん!!!」

「ねぇ!? 聞いてる???」


 金髪少女(ギャル)の言葉に反応せず、双眼鏡をうっとり眺めて赤黒い髪の男がようやく口を開いた。


「いいなぁ……フッフフフ、おれも首輪かけられたい。でもあの目が堕ちるところもみたいでござるな~!!!」

「うっわっ! オタクきっしょ! 最悪なんだけど!!!」

「フッフッフッ……妄想が膨らみますな」


 赤毛の男は黒いローブを目深に被り、不気味に笑う。


「えっ、まって!?」

「んがっ!?」


 殺気に気づいたギャルは男の頭をひっこめさせる。

 トランクに無理矢理詰め込むみたいに容赦がない。


「はぁ!? あの女どこまで目がいいワケ!?」


 ギャルはもう一つの異変を感じた。

 下の方でモゾモゾと何かが動く感触がある。

 赤毛男の様子が変だ。


「そっそそそれより……おっ、ぱ……いがあ! あたっ……今日おれ死ぬのか???」

「マジきっしょっいんだけど!!!」


 ギャルが挙動不審の男を踏みつける。

 赤毛男は嬉しそうにギャルを見上げてこう言った。


「スーーーご褒美、チラは昇天ものでござるよーーー!!!」

「きもオタ死んどけっ!!!」


 ビンタの音がこだました。

②へ続く

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