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3話

『……間に合ってよ! お願い!』


 まだ耳に残っているーー、天城の神にもすがるような声が。


 (ーーあぁ、そうか……思い出した。)


 彼女の部屋で見たものが原因か、あの円状に並んだ文字列は魔法陣だ。

 確証はない……が、そうとしか思えない現象(魔法)だ。

 律は一度、仮定しておかないと現状を飲み込めないでいた。


 (天城はどこだ?)


 血の気が引いてきた。心臓もバクバクと聞こえる。

 いつだって最悪の展開ばかりが頭に浮かぶ。

 父に教わった武道の呼吸法を試してみるも、気持ちが落ち着くことはない。

 不安な気持ちが込み上げてきて吐きそうだ。


「天城……天城っ!!!」


 律は必死になって天城の名前を呼んだ。

 反応はない代わりに周囲からの視線を浴びるーー、気持ち悪い。

 あの日のコンクールと同じだ。

 周りを見渡しても()()はいない。

 代わりにいるのは頭に被り物をしたような二足歩行の者達。

 鳥やら、魚やら、動物やら……そういうコスプレの祭典が開かれているようだ。


 人混みを掻き分けても変わらない。

 あれから何時間探しただろう……見つからない。

 さっきから妙な音楽が鳴っている。

 音の方を見れば時計塔があった。

 それはからくり時計で、人形が楽器を吹きながら行進している。

 針は正午を指しているようだ。


「つっ!!?」


 ようやく足が痛いことに気がついた。

 気持ちは落ち着いたもののお腹が鳴った。

 律はリュックの中身を見るが筆記用具と茶封筒だけだ。

 食べれそうなものもお金もない。

 今日はあいにくスマホを忘れてしまっていた。


 海を横目に見ながら両側に市場がたくさん並ぶ大通りを歩く。

 市場に食べられそうなものはない。

 人と呼んでいいのか分からない生き物達はすれ違うたびに律を物珍しそうにみた。


「イラッシャイ! ソコの平面(ひらたいつら)のニイちゃん?」

「……僕、ですか?」


 話しかけてきたのは腹の肥えた鳥。

 屋台の天井からぶら下がっているかのようにクチバシがこちらに覗かせる。

 クチバシだけと会話しているようだ。

 頭は屋台の屋根ギリギリにあるのか、顔は見えない。

 顔が見えないだけで少し安心する。

 あるわけないけど人間の可能性が1%でも残されているだけで良かった。

 

 屋台の中を覗く。暗くてよく見えないが背が高い。

 前掛けをしていて人に近い腕を生やし、ナタを持っている。

 恐ろしい風貌だがなんとか言葉は分かった。

 もしかしたら、なにか元の世界に戻れるヒントが見つかるかも知れない。


「クッハッ! ソウソウ! ニイちゃんは旅人カ?」

「……僕みたいな顔は珍しいですか?」

「ココじゃネ! 隣国のアスファー王国でミタヨ。アトはニイちゃんも知ってルだろ、アノ有名人くらいダ」

「有名人?」

「コカカカカッ! ニイちゃん面白いネ。そんなのも知らないノ? 勇者ダヨ」

「勇者?」


 律は肥えた鳥の意外な言葉に驚いた。

 勇者がいるなら希望があるかも知れない。手がかりだけでも欲しいところだ。

 欲をいうと隣国アスファー王国がどの方角にあるのかも知りたい。

 しかし、肥えた鳥は律の考えを見透かしたようで不気味な笑みを浮かべる。


「カカカ……コノ先は有料ダヨ。ナンカ買ってイケ!」

「すみません、今はお金ないんだ。でもあともう一つだけ教えてくれませんか?」

「ハッ! タダ客は要らナイヨ! ヨソイキナ!!!」


 肥えた鳥は金にならない(りつ)に見向きもしなくなる。

 まな板に乗せた若鳥の首を目掛けて乱雑にナタを振り下ろす。

 同族のように見えるが容赦ない骨を砕く音。鮮血が飛び散る。若鳥の首から強引に内臓を引き抜き、捥ぐ。取れた内臓をドラム缶の蓋を開けて投げ入れる。

 開いたドラム缶からは衛生面がなってない生臭い匂いに鼻がもげそうだ。吐き気もする。

 諦めてこの場を離れることにした、その時だ。


「返せーー!!!」


 小さな子供の震えるような声。

 律は驚いてビクッとその声が聞こえる方にいても立ってもいられず足が動いた。


 路地の暗がり。

 フードを目深に被った小さな子供が、三倍以上の大きさの屈強な二人組に取られた銀のネックレスを必死に取り返そうとジャンプする。


「なんだ、ガキが大事にしてるもんは大したこたーねぇな」

「売ってもお金にならん、ゴミだわ! ギャハハ!」


 虎頭とカラス頭が口々に喋る。


「返せっ! 卑怯者どもっ!」


 カラス頭が手に持ったネックレスを虎頭にパスした。

 受け取ると虎頭は天高く手を上げ、ネックレスを届かないギリギリのところで上げ下げして面白がっていた……悪趣味にも程がある。


「おらどした? 今度はこっちだぜェェ?」

「ガハハハハ! ガンバレ、あとチョット! 惜しいナ!」

「うっ、うぅぅ……返せよ……!」


 少年の涙ぐみ、消え入りそうな声。

 律は屈強な二人組の背後、路地の奥に目を向けた。

 見たところ行き止まりのようにも思えるが道は右に続いている。

 他に道はない。気づかれる前に仕掛ける!

 律はネックレスを持っている約二メートル以上はある大柄な虎頭に近い壁を蹴った。視界のスレスレを大きな口に鋭い牙が過ぎる。だが臆することはない。その男のゴツい肩に律は軽々右足を着地させ、飛ぶ……男がクルクルと回すネックレス目掛け。

 律の手はしっかりとネックレスを掴んでいた。


「あ?」

「ガガガッン!?」


 ほんの数秒の出来事に二人組は唖然としたまま動かなくなった。

 子供が目を輝かせてこう言うまでは、


「兄ちゃん、カッケェ!!!」

「ごめんな! 後で返す!」


 律はフードを目深に被った少年とは反対の路地奥に向かって全速力で走った。

 追いつかれることを承知の上でだ。

 自分よりも遥かに大きい相手に勝ち目はない。

 カラス頭は律より少し大きくも似た体格。だが、問題は虎頭だ。こいつは別格過ぎた。

 約二メートルはある筋骨隆々の異常なほどに引き締まった肉体、無駄な脂肪は一切無いように見える。律の六倍はあるであろう筋肉質な腕。簡単に食いちぎられそうな肉食獣の鋭い牙まである。

 まず近接戦は無理だろう。

 わざわざ勝つ可能性の低い選択肢は選ばない方が身のためだ。

 ちなみにその選択肢は武術だ。

 世界各国の武術を研究するマニアの父から教わる機会もあったが使うことはないだろうと思って聞き流していたので、付け焼き刃程度の実力しかない。


 例えば、父から習った受け流しを真似たとする。

 今の律では相手の攻撃を良くて半分、三分の一以下に軽減できる程度だろう……こんなことがあるなら真面目に習っておけば良かった気さえする。

 それ以前にあのデカさでは骨が折れ、内臓が爆ぜるのは確定している。現実的ではない。

 ここで重症を負えばこの先、生き残れないだろう。であれば、逃げるが勝ちだ。


「なんだと!?」

「マテェェ!!!」


 二人組は律を追いかけてきた。

 想定の何倍も足の速く、このままだと追いつかれる。

 しかしそれは道なりに右に曲がればの話だ。

 この先どんな風に道が続いているのかも分からない。はたまた行き止まりかも知れない。土地勘は相手が上。なるべくフェアな戦いにするなら、こうするしかない。


『ピッ! これより戦闘となります。行動を選択してください。』


 囲うように建ち並ぶ建物は大きいもので約七メートルほど。

 見上げた律は右に曲がらず目の前の壁に目をやる。

 少し低い二階建ての古そうな石造りの家だ。

 石と石の間には目地があり、手と足がかかりそうで登れるかもしれない。

 周囲には欠けたレンガに麻袋とぼろぼろの木箱が散乱している。


「待ちやがれ!」


 悩んでいる暇はない。二人組の声を背に、壁の石に手をかける。

 左の少し新しめな煉瓦造りの家に左足をかけ、二階の窓枠に手を伸ばす。届いた。

 次に右足を石造りの方にかけて登っていく。


 一足遅く……虎頭の手はわずかに、律には届かなかった。

 二人組は律よりも体格が大きいので、壁に手と足をかけて登れないようだ。

 その間にも律は歩みを止めず、屋根上に飛び移る。


「クソォォーー!!!」

「オオオッ、落ち着けッテ!」

「コケにしやがって!!」


 羽のないカラス男がなだめるも、虎頭は目の前の律が登る建物を何度も何度も殴った。

 だが、なんの意味もない。

 二人組からはもう律の姿は見えなくなっていた。


 律はより高い建物の屋根に移り歩いて見渡した。

 大きな海が右手に、左には建物がずらっと並んでいて遠くに山が見える。正面には広大な草原が千メートル先にある。磯の香りがする。

 まだ二人組は律を探しているようだ。

 すぐ少年にネックレスを返したいところだが、少し時間をおくことにしよう。


『警告、戦闘中です。次の行動を選択してください。相手のステータスを見ますか?』

「は……い?」


 律の脳みそに直接語りかけてくるぞわぞわとした気持ち悪い感覚。耳を塞いでもなくならない。

 律はどういう仕組みなのか理解が追いつかないまま、音声は「はい」と認識して次に進めた。


『ステータスを比較、を表示します……』

『エラー、あなたのステータスが表示されません。コールセンターまでお問い合わせください。』

「はい???」


 音声は再び「はい」と認識。


『コールセンターに繋ぎます……しばらくお待ちください』

「ちょっと!? まっ……!」


 勝手に話が大きくなっていくのに律は焦るがもう遅い。

 コールセンターから即応答があった。


『はいはーい、こちら人類ステータス課です! お困りのこと全てを解決いたします。なんでもお任せください!』


 やけに元気のいいハイテンション女性の声が聞こえた。

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