14話
ハーヴェンに案内されたのは謁見の間。
だだっ広く長い、レッドカーペットの先には金と赤のきらびやかな椅子が一脚、玉座だ。
その人物が現れるより先にしゃがんで頭を下げる。
真っ赤なマントがすれ、椅子がきしむ音。
アスファー王国の陛下とは一体どんな人物だろうか?
確かめたくて顔を上げると瑠璃色の短い髪と同じ色の大粒の指輪。玉座には岩みたいに堅く威厳のある……ひげを蓄えた四十代後半の男がいた。
怖く感じるのは父のように眉間にシワの跡があるからだろうか。
「ほう、件の罪人はキミかね?」
「お父様、罪人という言い方はやめて! 彼は日本の恩人よ!」
恩人ではない、むしろ助けられたのは自分であると声を上げたかったが、アリシヤに制止されてしまった。
「なに? それは娘が世話になったな」
「……いえ……ぼっ……私の方こそ……」
こういう時はなんといえばいいのか?
友達の親に初めて挨拶する時はどんなことを言ってただろう……考えれば考えるほど分からなくなる。
律は頭をフル回転させ思い出したのは、母親が見ていた学園ドラマの情報だった。
「……娘さんとは長くお付き合いさせてもらっていて、とてもお世話になっております!」
「ちょっ!!! アンタ、それ意味わかって言ってんの?」
アリシヤが頬を赤く染め、焦っている様子。
どうしてゆでダコみたいになっているのかわからない。
「ん? 僕がなにかおかしいことが言ったのか?」
「誤解されるわよ……もう、どうなっても知らないわ」
「??」
「あら~! 二人とも微笑ましいわね!」
どこからともなくご満悦の王妃が現れた。
なぜにここまで笑顔なのだろうか?
「はい? 仲良くしていただいてます?」
「あらあら、それでうちの娘のどこが好きなの?」
「……すき???」
「ついでにキッカケも教えてくださらない?」
「えっ……と」
王妃の言う、隙? キッカケ……とは一体!?
律はアリシヤの赤い顔を見て思い出した。
「あぁ!」
「なっ! なによ!?」
身構えるアリシヤ。
律はおぼろげな記憶を整理しつつ、話を始める。
あれは中学の体育で……女子がバレーボール、男子は隣のコートでバスケしてたんだ。
まさに、スキがあった出来事だ!!!
「天城さんがサーブした流れ弾がネットを突き破り、僕の顔面にめり込んだ後に『そんなところにぼさっと突っ立っているアンタのが悪いわ。この程度のボール避けることさえできないの?』と言われたのが認知したキッカケでした」
「最悪じゃない、私……ていうか、それ隙違いだわ!」
「あらら、うちの娘がすみませんね」
話を聞いた王妃の目が一段と輝く。
もしかして、泣いているんじゃないか? 誤解を解かないと!
「いえ、最初は驚いたけどこの世界に来てからすごく納得することが多かったです。正直、変わっている人だなとは思っていたんですが、実は努力家なことを隠していたり、正義感が強くて、あと……負けず嫌いで、勝った時の笑顔がとても素敵で勝たせてあげたいなっておも……」
「ウンウン……」
「もうやめて!!!」
いいところだったのに天城の叫びが話を中断した。
せっかく王妃の誤解が解けるチャンスだったが仕方ない。
「……なんだ???」
「もー! 耐えらんないわ! 変な感じになるから、やめてよ!」
アリシヤが赤くなった頬を両手で隠し、不満そうに口をとがらせたのが見えた。
「どういう意味だ???」
「ふふふ、あなた達の関係がよく分かったわ。ありがとう! 緊張もほぐれてきたところじゃないかしら?」
「……!」
王妃は緊張していたことを察してくれていたのか! なんて優しい人なんだ。
しかし、隣の陛下はプルプルと震えている。
「……キミは、私から娘を奪うつもりかね?」
「はい? いえ、違います」
「娘は罪人にはやらんぞ!!!」
「お父様に決められる筋合いなんてないわ!!!」
「!?」
アリシヤと陛下がにらみ合っている。
どうしてこうなった!?
アリシヤを見るに、腕組みとあの見下すような目は『また罪人扱い??』と訴えているに違いない。
「私決めたの! 律を日本に帰すまで離れない!!!」
「なに!?」
「いいと思うわ! 素敵ね!」
「……ぬっ!」
王妃の賛同に陛下は開いた口が塞がらない。
さらにもう一人、意外な人物が声を上げた。
「私も、この男がこの世界から消えるという観点では賛成いたします」
なんともハーヴェンらしい敵意むき出しの意見だが、ありがたく思う。
このまま牢屋に閉じ込められていてはなにもできないし、進展もないまま時間を無駄にするだけだ。
陛下は味方がいなくなり、渋々口を開く。
「…………娘を守る覚悟がキミにあるのかね?」
「はい」
アリシヤを守るのは当然のことだ。
彼女の護衛を王妃と約束したのだから。
陛下も再確認するほど、重視しているのは伝わった。
「あっ、アンタ……よく恥ずかしげもなく言えるわね」
「どういう意味だ?」
「……ほんと、鈍いわ」
鈍いと言われても……。
アリシヤに指摘されたところなど、自分の言動を振り返るーー、
長くお付き合い、仲良く、すき、きっかけ……?
そして、陛下に『娘はやらん』と『守る覚悟』??
……で、恥ずかしいこと……???
「はっ!?」
律は気づいてしまった。
体温が上昇していくのを感じる。特に耳が熱い。
律は赤くなっているであろう顔を両手で押さえた。
「その様子じゃ、分かったみたいね」
「……うん。違……くて……そういう意味で言ったわけでは……」
気まずくて消え入る声。穴があったら入りたい。
まるで、結婚のご挨拶みたいじゃないか。
「ハイハイ、分かってるわ。悪いけれどいい気味ね……私だけなんて不公平だもの」
アリシヤが口を尖らせる。
なるほど、これは確かに。
「ぐぬぬ……真剣さは伝わったが……私は認めん!」
「あなた! つまらない意地なんて張らずに認めてあげて? あの二人を見てなにも思わない?」
王妃に諭され、陛下は娘に問う。
「……アリシヤよ、彼を日本に帰すというのは具体的に決めているのか?」
「まずは帝国の情報屋と図書館をあたってみるつもりよ」
「…………見つからなければ、どうする?」
「それは……行ってみないと分かんないわよ!」
口ごもるアリシヤに、陛下が『甘い!』と声を上げる。
大事な一人娘を案じているのだろう……当然のことだ。
……が、ハーヴェンが手を上げる。
「なんだね? ハーヴェンよ」
「陛下、心配事がおありでしょうか?」
陛下が静かに頷くので、ハーヴェンは続ける。
「……であれば、私が同行します」
「なんでアンタが来んのよ!」
「丁度、シリャリハ国へ使いを頼まれていたのです。途中までしか同行できず、心苦しいですがお嬢様はもう子供じゃないですから……ね?」
「私がついてこいってゴネたみたいにしないでもらえる? かしら?」
アリシヤの眉がピクリと動き、言葉に怒りが混じっている。
陛下はしばらく考え込んで、堅く閉ざしていた口を開いた。
「分かった、認めよう……」
「ほんと!?」
「勿論」
「そうと決まりましたら! 律さん、娘をよろしくお願いしますね」
「必ず守ります!」
「律とやら、君に言いたいことがある」
「はい?」
陛下になにを言われるのか、緊張してきた。
もしや、気づかないうちに粗相をしてしまったとか!?
「娘はやらんが、それ相応の結果を出しこの城に戻ることがあったならば……考えてやらんことはない」
「……え?」
「ふふふ、素直に実家だと思って帰って来なさいとか、寂しいと言えばいいじゃないの?」
「……ぐぬぬ」
「ありがとうございます!」
意外なものだった。
想像していたよりも優しい人なんだな。
「アリシヤよ、連絡は逐一入れるように!」
「ハイハイ、分かってるわよ! 子供じゃないんだから! 律! 早く行きましょう!」
「えっ、まっ……」
アリシヤに背中を押されるがまま、この場をあとにした。
城から出ると、見覚えのある広場に出た。
広場の時計は午後二時を指している。
「あのままでいいのか? 別れの挨拶とか……」
「いいの、いつものことよ! お父様は子離れできなくて困っちゃうわ!」
「そういうものなのか?」
もし何かあったら、なんて、ないけど……少し引っかかる。
アリシヤは身体を伸ばす。
「んー! やっと、外に出られた気分はどう?」
「そうだな、少しは気分転換になったと思うが……」
ハーヴェンの目線が痛い。殺気に当てられそうだ。
変に意識するのもどうかと思うので、スルーしておくか。
ここがエーフェナさん達の屋台を出した噴水広場か。
しかし、祭りの後は静かだな。
エーフェナさんとミキトさんは今頃どうしているだろうか?
あの五体の銅像を見ると思い出す。
「……あれはなんの像なんだろ?」
「あぁ、勇者一行のことかしら?」
「勇者?」
「この国の恩人、ジュウタロウって名前の勇者よ」
「なるほど」
異世界に来て初めて出会った屋台の肥えた鳥が言っていたけど、名前は初耳だ。
「四国神獣を従わせて、魔王を封印した伝説にございます」
ハーヴェンに『そんなこともご存知ない?』と睨まれる。
これはやはり、精神にダメージがある。
……が、四国神獣、魔王と気になる言葉だ。
魔王が封印されているということはこの世界はよくある勇者物語の完結後の世界ということだろうか。
「私達も、やっと旅のスタートラインに立てたのね」
「そうだな」
勇者物語が始まるわけではないが、ワクワクする。
海外旅行なんて数年ぶりだ。
「じゃ、出発っ……!」
「お待ちください。お嬢様!」
「なによ!?」
今にも飛び出しそうなアリシヤを止め、ハーヴェンが注意し始める。
「旅には危険が伴いますから、しっかりとルート選択をしなければなりません」
「めんどくさいわ、そんなの現地の詳しそうな人に聞けばいいじゃない?」
「これだから素人はいけません」
「アンタ馬鹿にしてる?」
「いいえ、お嬢様! 貴女の身を案じているのでございます! そして、貴方!」
「はい!?」
「私が付き添える限界まで、魔術をたたき込みますから良いですね?」
これはもしや、スパルタの片鱗が見えているのでは???
怖そうな気配しかない。
「返事は?」
「はっ、は……い」
「最低限、お嬢様の邪魔にならないようにはして差し上げますから」
耳元で恐ろしいことを囁かれて、背筋がぞくりとする。
これほど逃げ出してしまいたいと思ったのは、父の柔術スパルタ以来だ。
約一ヶ月ぶりです、龍昴です。
本編はこれからやっと外に出られるところで次回へ続きますが、次話は二ヶ月ほど休んだのちに投稿する予定です。
理由は結構前のあとがきで言っていた通り、直しが多い過去作を改稿して、毎日投稿みたいにしようと思ってます。
ラスト部分が雑だったので二ヶ月で終わるかどうか不明です……が、お楽しみに!
ではまた!