宇宙樹に鉛筆
私はエリオットという名の画家で、自然をテーマにした作品で一定の知名度を誇っていたが、最近になって創作のインスピレーションが枯渇してしまった。そんなある日、古くからの友人であり、ある大手航空機会社でエンジニアとして働くマイラから予期せぬ提案を受けた。彼女は、新型スペースシャトルのテスト飛行に一緒に参加しないかと誘ってきたのだ。
最初は戸惑いつつも、新たな体験が必要だと感じた私は、このチャンスを受け入れることにした。マイラと共に厳しい訓練を経て、数週間後には地球の大気を抜ける準備が整っていた。
打ち上げ当日、私たちは緊張と興奮が入り混じる中、スペースシャトルに乗り込み宇宙へと旅立った。地球を離れる瞬間の感覚は、まるで異世界へ踏み込む夢を見ているようだった。宇宙空間に出ると、地球の圧倒的な美しさに感動しながらも、私は新たな作品の構想を練り始めた。
宇宙滞在の最終日、私はスケッチブックと鉛筆を手に取り、宇宙から見た地球のスケッチを始めた。その時、マイラが声をかけてきた。「エリオット、こっちを見てほしいものがあるの。」
彼女が指さす窓の外には、まるで巨大な樹木が宇宙空間に存在しているかのように見える光景が広がっていた。その大樹は星々に向かって光り輝く無数の枝を伸ばしていた。
「あれは何だ?」と私が尋ねると、マイラは微笑みながら答えた。「それは、我々が進行中の宇宙植林計画の一環として創り出した光のイリュージョンよ。地球からの光と宇宙の物質が交わり、まるで大樹のように見えるの。」
この驚異の光景は私の心に深い感動を与え、地球に帰還後、私はその光の大樹をテーマにした一連の絵を描き始めた。これらの作品はすぐに大きな注目を集め、私のキャリアは新たな高みに達した。
しかし、真実は思いもよらぬ形で明らかにされた。ある日、マイラが私のアトリエを訪れ、真剣な面持ちで言った。「エリオット、実はあの光の大樹、本物だったの。最初はイリュージョンと思っていたけれど、実際には古代文明が宇宙に残した生命体だったんだ。」
私は驚愕し、一瞬の混乱を覚えたが、同時に新たなインスピレーションが湧き上がってきた。私は再びスペースシャトルに乗り込むことを決意し、今度はその神秘的な大樹をより詳細に、そしてその真実を描写するためのスケッチをするために再び宇宙へと向かった。
宇宙に再び足を踏み入れた私、エリオットは、一層の決意を胸に、神秘的な大樹を目指していた。マイラも同行し、彼女の専門知識がこの未知の生命体についての理解を深める手助けとなった。宇宙船の中で、私たちはその大樹がどのようにして宇宙の荒野に根を下ろしたのか、その起源について議論を重ねた。
「エリオット、あの大樹は、宇宙のエネルギーを吸収して生きているんだと思う。光合成とは異なる、星々からの放射エネルギーを利用する形式の生命体だ。」マイラが説明する。
私はその話を聞きながら、筆を取り、すでに心の中で形成されていた画をスケッチブックに落とし始めた。しかし、私たちが大樹に近づくにつれて、不安な予感が私を襲った。なぜなら、その大樹が放つ光が以前よりも強く、何かを告げているように見えたからだ。
宇宙船が大樹のそばに到着すると、私たちは宇宙服を着て、直接その生命体を調査するために外に出た。宇宙空間に漂いながら、私はその巨大な樹の枝に手を伸ばし、触れた瞬間、静かな宇宙に響くような声が私の心に響いた。
「エリオット…」声は響くが、どこからともなく聞こえる。まるで大樹自身が話しているかのようだった。
驚きと恐怖で身動きが取れなくなる中、マイラが私の手を取り、声をかけてくれた。「大丈夫、エリオット。ここは安全だから。」
その声に励まされ、私は再び大樹に触れ、今度はその声を聞いた。「私は遥か古代からここに存在している。地球に生命が誕生するはるか前からね。」
「なぜ、私たちに話しかけるの?」私が尋ねると、大樹は答えた。「私は長い間、誰かに自分の話を聞いてもらいたかった。そして、あなたが来ることを待っていたんだ。」
私はその言葉に心を打たれ、大樹が見せる光景に触発されて、描きたいと思ったすべての画を思い描いた。私たちは数日間そこに滞在し、大樹から話を聞き、その神秘に触れた。
しかし、地球に帰る準備をしているとき、マイラが突然、真剣な表情で言った。「エリオット、実は私には告げておかなければならないことがあるの。あの大樹、実は…」
「どうしたの? マイラ」と私は尋ねた。
「実はそれ、私たち人間が過去に試みた遺伝子実験の産物なの。古代文明とは関係なく、実は50年前に宇宙植林計画の一環として、遺伝子操作によって作られたものだったんだ。」
私はその事実に愕然とし、全てが繋がった。私たちが見た「古代の生命体」は、実は人類自身の手によって作られたものだったのだ。そして、その大樹は人類が自らの過ちを繰り返さないよう、記憶を保存し続けていたのだ。
私たちはその秘密を胸に地球に帰還した。私はその経験を通じて、自然と人間の関係、そして科学の進歩がもたらす倫理的な問題について、新たな作品を創造するインスピレーションを得た。私のアトリエで、宇宙の大樹が静かに光を放ちながら、私たちに語りかける未来の物語を、一枚のキャンバスに描き始めた。