9.夢
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夢を見ていた――目にしているものは夢だとわかった。
登場人物は父と母。
首から上がない。
それは、二人の顔を覚えていないからだ。
抱き上げられた、母に。
両親の穏やかで優しげな笑い声だけが鼓膜を響く。
作られた記憶。
脳が身勝手に再生する理想。
捨てられた子どもだった。「セス」という名の年老いた殺し屋に拾われ、「セス」と名付けられた。老人は言った、「俺の名をくれてやる」と。以来、老人は「名無し」と名乗った。名を失くしたまま、ある日、血を吐き、倒れ、そのまま死んだ。
一人になったとき、思った。
孤独を愛そう、と。
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目を開け、見たのは真っ白な天井だった。
きちんとした、いい病院にいるのだなとすぐにわかった。
身体中が痛む。
よく助かったものだ。
運がよかった――以外の理由なんてないだろう。
「よぉ、スリーピング・ビューティー」
知っている声――フランク。
顔を左に向けると、口元を笑みのかたちにした。
サングラス――ティアドロップが今日もよく似合う。
セスはかすれた声で「奴はどうなった?」と訊いた。
弱々しい声しか出なかった。
「動けなくなっているところを回収させてもらった。先方と小競り合いになりはしたが、まあ、それもこれも想定の範囲内のことだ。問題はない」
「なら、いい」と言い、セスは吐息をついた。
「さあ、これから戦争だ。なに。長引かんだろうさ。ウェイの小僧は今頃、震え上がっているだろうな」
セスは知りたかった。
その戦争に俺は必要か?
「任せる」それがフランクの答えだった。「いまのおまえに必要なものはなにか、よく考えてみるといい」
考えるのは苦手だと言うと、フランクは笑った。
「でも、決めきらなければならないということは、往々にしてあるものだ」
まあ、そうかもしれないな――と肯定するしかない。
考えてばかりだから疲れる、生きることがめんどくさくなる。
だが、決断すべき状況はたしかに必ず訪れる。
人生に絶望まではしていない以上、歩み続ける必要はあるだろう。
「おまえの生き様っていうのはまだまだ鮮明になっちゃいない。自分を彩る絵の具ってものは確かにあって、それを楽しみながら集め続けることが人生なんだって、俺は思ってる」
まったくもって、そのとおりだろう。
キザでクサい言い回しではあるものの、気の利いた考え方ではないか。
「とりあえずはウエストか?」
そうしようと思う。
「服を用意させよう」
そうしてくれ。
「あちらこちらと何か所か折れてる。無理はするな」
こう見えても、案外、せっかちなんだ。
痛む身体に鞭打つ格好で、上半身を起こした。
額に汗が浮かぶほどの苦行だった。
――ああ、そうだ。
セスは「ギィはどうするんだ?」と訊ねた。
「これまでのことは不問に付して雇ってやることも考えたが、ボスがえらくおかんむりでな。要するに、死ぬまで穴倉で拷問ってところだ。悪趣味だと思ういっぽうで、なにせ俺や俺たちはマフィアなんだからなとも思う」
マフィアの倫理。
殺し屋の論理。
世の中にはいろいろな価値観があって、その数だけヒトがいる。神と呼ばれる大きな誰かが空から手を伸ばして幾らかヒトを間引いてやれば、世界はもう少しすっきりするのかもしれない。




